――――貴族ですら許可がなければ顔など見ることは稀、庶民ならばなおのこと。しかしながら周囲が自然と圧倒されるのはやはり持つべきものを持っているからだろう。

「さて、茉莉花が露店の髪飾りを望んでいるのだったな。ならば皇族の経費として、堂々と予算を申請するがいい。尤も商品を占有し他の客が買えなくなるなどと言う行為は許可しない。むしろそのようなことをするのならば予算減額、罰や市井への補てんに当てる費用を私財から差し押さえよう」
「そんな……っ、姫さまはお気に入りの髪飾りをなくされて傷心なのです!」
あの時私に冤罪を着せた髪飾りか。

「だからと言って、市井の生活の糧も考えずにただで踏み倒すとは何事か」
「ですから姫さまが気に入れば報酬をと」
「今まで報酬に当てる予算申請はなかったが?」
春宮がにこりと笑う。
あれはあれで迫力がある。

「これが初めてではないだろう?市井では悲鳴が上がっているぞ」
まさか方々で同じことを!?

「ここで私が現認した以上は現行犯だ」
「そんな……っ、何故あなたさまが、直接っ」

「これが確実だろう?それにとある従者のお陰で市井は歩き慣れている」
その従者って確実に棕櫚だよね。棕櫚は誰のことかと涼しい顔をしているが。

「だからこそ、このような横暴は許してはおけない」
普段から見てきているからこそだよね。

「お前たちが今まで買い占めたものについては、茉莉花の私財から代金と補償を払わせる。いいな?」
「そんな……っ、横暴です!」
「横暴はお前たちだ」
その言葉に周囲からも春宮を援護する声が響く。

「宮中に帰るといい。帰れば早速差し押さえとしようか」
姫さまの私財からすればたいした代金にはならなさそうだが……重要なのは補償である。それからこの場では明言しなかったが、罰金として私財のさらなる没収や予算の減額もしそうである。

春宮が告げれば、こっそり護衛を担っていたと見られる私服武官たちが侍女を連行していき周囲からは拍手や歓声が起こる。

「随分と騒がしくしてしまったな。詫びに私もひとつ買っていこうか」
「あえ……あ……春宮、さま!?」
店主は緊張と恐縮で手一杯だ。

「なら俺もひとつ買っていこうか。代金の払い方も手解きしたものな」
「そうだった」
そうやって笑い合う2人はどこかいたずらっぽくもある。あ……そう言えば青霧のひとたちもそうであった。

「牡丹、どれがいい?」
「私?」
「当然。牡丹への贈り物だからな。好みが知りたい」
「うーんと……」
目に留まったのはよくある桜の花模様の髪飾りだ。よくある……とは言え私は買ってもらうことなどなかったから。

「これはどうかな」
「牡丹によく似合いそうだ」
「……っ」
いざ似合う……と言われると嬉しいもので。何だか照れ恥ずかしい。代金を払えば、髪飾りを棕櫚が自ら着けてくれる。

「ほら、似合う」
「ありがとう」
棕櫚にそう言ってもらえると何だか自分に自身が持てるものだ。

微笑ましくなりながらも、春宮を見れば考えあぐねている。

「お前は誰に贈るんだ?暁」
「分かってるくせに、棕櫚は」
春宮は苦笑する。
春宮には許嫁はいないはずだが……どなたか意中の方がいらっしゃるのだろうか。

「女性はどんなものを好むのか」
「それよりも彼女が、だろ?ひとつ確実に喜ぶものがあるぞ」
「え、どれ?」
「これ」
棕櫚が手に取ったのは……牡丹?

「牡丹が好きなの?」
同じ名前だからこそ何だか親近感が湧く。

「確実に」
「なら、それにする」
春宮自ら代金を払ったことで店主はさらに恐縮する。
店主に礼を言って店を後にすれば、店主からさらに感謝されてしまった。

従者たちと宮廷に戻る春宮を見送って私たちも帰路へ着く。

「済まん、遅くなった」
「ただいま戻りました」

「あらあら、いいのよ。それにしても……似合ってるわよ、牡丹ちゃん」
「……っ!」
出迎えてくれた柘榴さんに告げられ、改めて棕櫚からの贈り物を着けていることを自覚し嬉しくなってしまう。

その後は仕込みを済ませた柘榴さんたちとお土産の金平糖を食した。

「……甘くて、美味しい」
「だろ?」
柘榴さんたちも喜んでくれて、それから……。

「白鬼さんも」

「……いただこう」
相変わらず布面の下は見えないが、その裏で金平糖を食している音が聞こえる。

「美味しい?」
「ああ。あと……髪飾り、似合ってる」
「ありがとう」
こんな穏やかな時間が訪れる日が来るなんて。この奇跡をくれたのは誰なのだろうか。しかしひとりだけ心当たりがなくもない。


――――その後のことである。
柘榴さんの髪に咲く牡丹の髪飾りを見て、ハッとしてしまった。

「どうしたの?牡丹ちゃん」
「その……髪飾り、すてきだなって」
「ふふっ。これ、贈り物なのよ」
それってやっぱり春宮から?

「内緒よ」
柘榴さんは春宮が選んでいたその場に私がいたのを知ってか知らずか、いたずらっぽく微笑んだ。

しかしその……柘榴さんも牡丹の花が好きであることは何だかとっても嬉しいかも。