――――side:棕櫚
すうすうと寝息を立てる牡丹を確認し、棕櫚は眷属と落ち合う。
「安心しろ、牡丹は寝ている」
「ああ。知っている」
「覗くなよ、もう人妻なんだから」
「……」
「過保護だぞ」
「お前が言うか」
悪態を吐く白鬼に棕櫚は苦笑する。
「こっちだ」
棕櫚が入ったのはこの世のどこでもない、異界と呼ばれる場所だ。
「……夢幻門。夢の中か」
「アイツの中には入りたくないから、ここを借りれば充分だ。普通は夢の中から入るものだが、俺なら好きに開閉できるし眷属ならば入れられる」
「アイツもか」
そう白鬼が吐き捨てれば、その場にもうひとり現れる。牡丹によく似るが性別は男。その顔を見て白鬼が渋面を作る。
「その顔を今すぐやめろ」
「年長者に向かって態度がなっていないんじゃないのか?末っ子よ」
クスクスと口を三日月のようにして笑う様は本鬼から見ても決してしない表情である。
「元より私は姿を持たぬものだ。強いて言うのならばそのものの欲望こそが姿」
「ならばそれは誰の欲望だ」
「誰だろう。試してみたが違ったよ。彼女はそれを望むと思っていたのに」
「牡丹のことか。貴様……死んだ人間を望むと言うことがどう言うことか分かっているのか」
「お前がいくら経ってもその面を取らぬからだろう?だから遊ぶくらいは許されるじゃないか」
「ふざけんな!これは……牡丹が幸せになるためのものだ」
「兄の死に囚われずに我が主と幸せにか?」
「あの子はもうそれを乗り越えた。だから邪魔するな。あの子も死んだ俺など望まない」
「そうだなあ。あの子は望むと思っていたこれを望まなかった。望むのならば叶えてやっても良かった」
「そんなことをすれば牡丹の命が……っ」
「望むのはあの子ではないよ。適任がいるだろう?」
「まさか……あの女」
「あの女ならば七欲門できっと息子を望むだろう?その代償にあの女は地獄門に即座に引きずり込まれるだろう。代わりにあの子はまた出会える」
「馬鹿馬鹿しい!俺がここにいるのに、誰が俺になるつもりだ!まさか……お前が?」
「それも愉快愉快」
「何のためにそんなことをっ」
白鬼が憤り七欲に詰め寄ろうとするのを止めたのは棕櫚だった。
「七欲、お前はどうして牡丹に近付いた。お前は気まぐれでどうしようもないやつだが、ある行動だけは一貫している」
「我が主、それは?」
七欲は主がそれを言い当てるのを知っているようにケラケラと笑う。
「お前は俺に近付くもの、関わるもので相応しくないと見なしたものを七欲門に誘い入れ欲望を叶えて地獄門に落とす」
「我が主の御身のため、当然のこと」
クスクスと笑う七欲は悪びれた様子もない。
「実際失踪した花嫁の中には当主の花嫁の座を狙ったり、青霧のほかの花嫁や異能者を陥れようとする魂胆のものもあった」
「お前は欲望専門で何でも見通すからな」
そのものの真なる欲望を熟知しているわけである。
「欲に溺れて堕ちたのは自業自得」
「確かに情状酌量の余地のないものもいるが……牡丹は違ったはずだ」
「ああ彼女が求めたのは欲望ではない不思議なものだ。その欲を私に望まずに自ら手にすることを選んでしまったよ」
「ならば何故何度も牡丹に近付いた。俺が知らないとでも思ったか」
「それは我が主がその鬼を拾ったからだよ。鬼は妹を守るため、現世への未練と怨念で怨鬼になりかかっていたそれを主が拾うとは」
「俺は地上の人間の祈りを一番近くで聞く」
「その祈りを叶えるかは別」
「だが拾うと決めたのは俺だ。俺は欲しいと思ったから手に入れたまで。お前たちが何と言おうと手を出すなら神判門にケツ蹴り飛ばして放り込む」
「コワイコワイ。さすがにあそこだけは別格だからねえ」
恐いと言いながらも七欲はケラケラと笑うのみ。白鬼は布面の下で怪訝な表情を隠せない。
「でも安心するといい。彼女に七欲門は相応しくない。彼女は私が欲望を与えればきっと怒るだろうね」
「当然だろ」
白鬼が告げる。
「ふふっ。よく分かっている。それじゃあ話は纏まったろう?私は次なる獲物を探しに行くよ。ツケもあるしね」
「待て!その前にその顔をどうにかっ」
白鬼が言い切る前に七欲は姿を眩ませる。
「おい……アイツにあの姿をやめさせる方法はっ」
白鬼が布面の下で棕櫚を睨み付ける。
「飽きればやめるだろ」
「……っ」
白鬼が沈黙する。
それは現状不可と言う結論であった。

