――――辺りは行き交う官吏ばかりだ。私たちはその中の一室へと招かれる。

「ようこそ、宮廷へ」
春宮がふんわりと微笑む。

「しっかし……牡丹まで一緒にとはどう言うことだ?暁」
私も棕櫚と白鬼さんについてここに来ることになろうとは。

「実はね、暮無の当主夫人の件だ」
いずれは避けて通れぬものだと思っていた。

「彼女は長男を喪い、夫と離縁し実家に戻った。彼女自身も異能使い。実家としては異能使いならば歓迎できると受け入れた」
「……その後どうなったのでしょうか」
「鈴蘭が帝の不興を買ったことで、その養母である彼女を家に置いておくことには消極的だ」
下手したら水守のように巻き添えを食いかねない。

「しかしながら彼女は心神喪失もしているようでね……。こちらも暮無のことを取り調べたいが進展がない。そこで牡丹ちゃんから何か起爆剤になるものを得られないかと思ってね」
それで私も呼ばれたのか。

「私はあのひとに嫌われていました。私の異能が大したことがなかったから、役立たずと。お兄ちゃんはそうでもなかったのでましでしたが……私への風当たりはひときわ強かったんです」
「役立たずねえ……そんなんだからお前の兄は隠したってのに。本物の牡丹も知らないなんてかわいそうなやつだな」
棕櫚がぽふっと頭に手を乗せてくれる。
「……っ」
棕櫚はいつも味方でいてくれて、こんな風に励ましてくれるのだ。だから私も前に進める。

「あの、できれば直接会えますか?」
「いいのかい?お世辞にも直接会って話せるような関係性には聞こえなかったけど」
「それでも確かめたいことがあります。棕櫚と白鬼さんにもついてきてもらいたいです」

「ああ、もちろんだ」
「同行しよう」
春宮が許可を出してくれて、私は彼女と邂逅した。ずいぶんとやつれているようだ。

「お久しぶりです」
私が声をかければ、そのひとはぐわりと顔をあげた途端私の顔を見て激怒する。

「牡丹……何で、何で生きてるのよ!」
そっか……宴の場では顔を合わせていないから。宴の時にはもうこの人は離縁し実家に帰っていた。しかしそんな彼女をわざわざ宴に連れてくるほど彼女の実家は愚かじゃなかったのだろう。

「あなたは異能殺しに殺されたはず!そして……私の璃寒が蘇る。蘇らなかったのはそう……あんたが生きているからよ!牡丹……あなたのせいよ!」
「……」
私のせいにするのはこちらもか。そもそも死者蘇生だなんて普通の人間に出来るものか。

「あなたのせいで璃寒は死んだのよ!」
それはある意味正しい。お兄ちゃんは私を守るために死んだのだ。けれど私はお兄ちゃんのためにも生きると決めた。

「あなたが代わりに死ねば良かったのよ!」
「おい……っ!」
たまらず白鬼さんが声をあらげる。

「ひぃ……っ、鬼っ」
あれだけ弱者を虐げておいて鬼は恐いのか。そうか、白鬼さんを鬼としてしか見ないのか。

「あなたはそんなに、璃寒が好きだったの?」
「当たり前じゃない!璃寒……璃寒!私の璃寒……それなのにあの子は私よりも、お前なんかを選んだ!」
それが私を嫌っていた真実か。

「ふざけんなよ、お前」
その時棕櫚が私の前に立つ。

「何なのよ、あんたは!」
「誰……?牡丹の夫だ」
「は……?そんなはずない。こんな役立たず……私から璃寒を奪った牡丹が、夫を……?」
「そうだ。すまんが牡丹は俺の妻として幸せにするつもりだ。あんたがいくら悪意を積み上げようが、手は出させない」

「何よ……幸せって……私は政略結婚で好きでもない男に嫁いだ!その上子どもは全員異能もまともに受け継がない役立たず!なのに牡丹が私よりも幸せになるなんておかしいでしょう!!」
「子どものせいにすんじゃねえよ。そもそもあんたがそんなんだから牡丹の兄は……」

「うるさいうるさいうるさい!私の璃寒を返してよ!!」
その瞬間、彼女の手から異能があふれでる。あれは……雷。

「牡丹、結界だ」
「……うん!」
結界を展開し、吸収。反射する。

「キャアァァッ!!!」
彼女は己の雷撃を受け悲鳴をあげる。しかしさすがは雷の異能を持つ女性。簡単には倒れない。水守は水使いなのに溺れるが彼女たちは感電しないのか。

「そんな……役立たずの牡丹が私の雷を防いだ?あり得ない……役立たず役立たず役立たず!」
そんなにも認めたくないのか。

「ひとつ教えてやろうか」
白鬼さんの鬼火が彼女を取り囲む。

「ひっ」

「……牡丹の兄は、牡丹を苦しめその雷の異能で脅してきた……そんなお前を決して許さないだろう。地獄の鬼と成り果ててでも……な」
「そんなこと……私の璃寒はそんなことっ」

「あなたは本当のお兄ちゃんを知らないんだよ」
いつも理想のお兄ちゃんを求め続けた。だから本当のお兄ちゃんが分からない。
見ようともしない。私の異能をその目で見てもなお自分の都合の悪いことは見ないことにする。

「黙りなさい!私の言うことが聞けないの!?」
彼女が再び電撃を放つ。また跳ね返しても同じ結果になる!どうすればいい?

「問題ない」
棕櫚が刀を鞘から抜き放つ。その瞬間。
「棕櫚!?」
バチバチと刀に電撃が集まるが、棕櫚は感電している訳じゃない。

「このまま返しても、雷の異能者には効かないのでな。ならば異能者でなくなればいい」
棕櫚がニヤリと笑う。

「覚えておけよ。これが本当の異能殺し。元来罪人と言うのは異能殺しに異能を殺されるものだ」
「ひぃっ、嫌よ。私は無実よ!死にたくない!それならあの子を殺して璃寒を返してよ!」
「はあ?ならお前自身が身を捧げろよ。地獄で再会できるかもしれないぞ?この俺自ら殺してやろう、その異能!」
棕櫚が彼女に刀を握っていない掌を向ける。

「やめなさいよおおぉっ!」
彼女が抵抗しようとするが鬼火がそれを阻む。

「封」
棕櫚がそう告げた途端、彼女の身体に電撃が走る。

「ついでに返してやろう。これも封印の力のひとつ18倍返し」
倍率がおかしい。
「今まで牡丹を苦しめてきた分だ」
18年分ってこと!?

「死にはしないさ」
その余裕はどこから。

「そのまま地獄に逃れられちゃあ意味がない」
その言葉通り、雷撃を返された彼女は倒れ付しながらも、指がぴくぴくと動いている。

「助けて……り、かん」
しかし散々暴れた挙げ句異能を奪われた彼女は力なく武官たちに拘束される。さすがに今回の騒動で取り調べで済むはずもない。牢屋に収監されるであろう。

「……冗談じゃない」
そんな中白鬼さんの呟きが虚しく響いた。