――――ああ、もうすぐ私のものになるのね。
「全部、牡丹とお兄さまのせい。やっと牢屋から解放されたんだもの。この地獄ももうすぐ終わるわね」
鈴蘭は毒々しいほどの赤い花をうっとりと眺める。
「美しいわ。最初に教えてもらった時、これこそ私に相応しいと思った」
しかしこの花を暮無の外に持ち出すことは固く禁じられていた。ほかのことは何でもやって来た当主もそれだけはダメだと、花壇の結界を解かず宴の場にも持ち出させなかった。
「それに……とってもすてきな使い方がある」
それを知ったのは璃寒を殺した時。こんなことが出来るのならばもっと早く璃寒を従わせられたのにと激怒したがそれは当主にしか使えぬ技らしい。
「私が家を継げば手に入ったのに」
女は家を継げないから正確には婿をとってになるが鈴蘭の方が暮無の養女なのだから鈴蘭の方が手に入れる権利があると彼女は考えていた。
けれど今は青霧の当主を自分の物にすることが先決だ。
「あの男を手玉に取ってやったら牡丹はどんな顔をするかしら」
既に青霧当主に牡丹を連れ戻すよう指示した。牡丹が当主と離縁し戻ってくれば今度は鈴蘭が彼に嫁ぐ。
「当主は交代するのでしょう?なら牡丹は連れ戻されても当主夫人にはなれないわ」
鈴蘭の念願が叶うわけだ。
「それに門に手を出したのならもう長くない。だから牡丹に継承させるなんて無駄。この花で支配する力は私が継承するの」
だってこれは本家のための力。なら継承するのは鈴蘭の権利である。
「生き残るのは私よ」
ぐしゃりと潰された赤が鈴蘭の手を彩る。
「青霧の当主もお兄さまもこれで全員私のものに……っ」
――――パリンと何かが割れる音がした。
「燃えよ」
その声と共に花壇の赤い花が全て焼失し、鈴蘭が呆然と自分の掌をみつめ……我に返る。
「イヤアァァァァ――――ッ!!私の花が……これで全部私のものになるはずだったのに!」
鈴蘭は急いで振り返る。そこには花を燃やした炎の異能者と従者と見られる布面の男がいた。
「お兄さま……っ」
自分にはない、直系皇族にのみ受け継がれる炎の異能。
「そんものを愛でるとはやはりお前に兄と呼ばれる筋合いはない」
皇族が根絶を掲げて長い時をかけてきたものを、鈴蘭は愛で利用する気だった。
「その花はもうこの敷地には花びらひとつすらない」
代々の皇族の中でもそのような芸当が出来るものは春宮暁しか存在しなかった。ある意味……異質なもの。
「化け物」
鈴蘭の継げた呼び名に、暁が今さら反応することもなくただ冷たく鈴蘭を睥睨する。
「本当に……化け物ですわね」
「それが?」
思ったような感情のない反芻が鈴蘭をより追い詰める。
「みな、忘れてしまったのかしら。春宮が化け物であることを!」
鈴蘭は数多くある貴人たちが自分をあっさりと見限り暁に付いたことを忘れていなかった。
「だから私だけがお兄さまを愛してあげるはずだったでしょう?」
化け物と呼ばれたかわいそうな春宮。そんな春宮を唯一愛する妹姫。だからこそ春宮は妹姫の言うことならば何だって聞いてしまう。宮中すらも鈴蘭の手の内。
そうなるはずだったのに、暁の心は鈴蘭に向くことはなかった。
「お前は異能を持たぬから知らないのか」
悔しげな鈴蘭に暁が淡々と問う。牡丹たちを役立たずと罵った彼女には異能などない。あるのは高貴な血筋と彼女があると信じて疑わない『お父さま』の権力だったから。
「異能者なんてものは、全員化け物だ。しかし異形からただびとを守るからこそ人間とされるだけ」
異能を持たぬただびとは異能者がいなければ異形に蹂躙されるだけ。だからこそ異能者を同じ『人間』とし、異能を受け継ぐ皇族だからこそ異能者たちもついてくる。
「知らなかったのか」
「……っ」
『化け物だ』と告げれば兄が怯むと思っていた鈴蘭は絶句する。今までもそうだったじゃない。いや……それはほんの幼き日のひととき。いつしか鈴蘭の言葉は傀儡に帰した。
「だけどお兄さまは……誰彼構わず異能を暴走させた!私は知ってるのよ!」
私の方がよりあなたの弱みを知っている!鈴蘭は臆すことなく追い詰める。
「だから青霧のものたちが繰り返し封じてくれた」
それでも抑えられたのは三日、一日、半日とどんどん短くなった。
「お前だけが俺を愛する……か。だが青霧の彼らがいるから、その理論は破綻だな」
「私だってその一人になるのよ!牡丹は青霧棕櫚と離縁する。そして私が青霧棕櫚の妻になるのだから!」
「はあ?」
そう声を漏らしたのは暁ではなく布面の男の方だ。
「何よ、あなた。生意気にも私とお兄さまの話にケチをつける気?たかだか従者は黙っていてちょうだい」
「春宮の従者がたかだか従者なわけねえだろ」
男が布面を上げて素顔を見せればさすがの鈴蘭も顔面蒼白になる。
「誰が牡丹と離縁するって?無理矢理押し掛けてきた暮無当主は牢屋にぶちこんだ!牡丹と離縁なんてしねえし……お前が俺と結婚する?ふざけんな。死んでもやだね」
「何ですって!?あの花の力があればお前など簡単にっ」
「棕櫚にそれは無理だ」
「当然」
鈴蘭が首を傾げる。
「それにあの技は二度と使えぬよう、他者に話さぬよう封じた」
牢屋にぶちこむ前にささっとやる青霧も抜かりない。
「花に囚われたものたちも解放するさ。お前がアレの力を得ることなどない」
「そんな……そんなバカな!私の計画があぁぁっ」
鈴蘭が半狂乱で暁に迫るのを、棕櫚は軽々と突き飛ばす。
「きゃっ」
「触れんなよ、俺のもんに」
「お前、白鬼のことも含めて独占欲が強すぎないか」
「だから牡丹も絶対渡さんぞ」
「だろうな。さて、俺の掃除は終わった。後は……」
その場に複数の足音が聞こえ、暁は棕櫚を連れその場を後にする。
帝の命で突入した武官たちにより鈴蘭は確保され、取り押さえられながらふと気が付いた。
「全部……青霧棕櫚のせいじゃない」
暁に愛想を振り撒いても相手にされず、いつの間にかその側には布面の男がいた。いつもいつも暁の傍らを確保し幼馴染みを語り、鈴蘭のものを奪ってきたのは。
そして牡丹も鈴蘭の思い通りにはならずあの男の手の内にある。
「青霧棕櫚オオオォッ」
あれはずっと青霧棕櫚だったのだ。いつも暁の隣にいる鬱陶しい従者。
春宮なのだから仕方がないと思っていたが、そもそも鈴蘭が受けるはずだった愛を横取りしたのは青霧棕櫚だった。
その事実に鈴蘭は新たな復讐対象を胸に刻み付ける。
「夫婦纏めて……地獄に叩き落としてやる!!!」

