異能殺しに嫁ぎます



――――幼き頃、花を見付けた。

『これは何て花?』
そう問えば母は目を吊り上げた。

「二度と聞かないで」
バチンと電撃が走る。静電気にしては強すぎる痺れ。
「……っ」
私は悲鳴すらあげられず痛みに耐えるしかない。
その拒絶の言葉は私が役立たずだったから。そう思っていたが、それだけではないとしたら。

「牡丹!さあ私と来るんだ!」
暮無当主の腕が伸びる。

「……っ」
嫌……っ!
抵抗したいのに、身体が動かない!

「嫌な匂いだ」
この声は……っ。

「霧散しろ」
突如爆風が暮無当主を吹き飛ばす。

「うぐぉっ!」
そして襖に激突し襖ごと倒れた。その衝撃で部屋に大量の赤い花びらが散らばった。

「……やば、悪化した」
刀を下ろし、ボリボリと頭をかくその姿に恐怖が和らぐ。

「何で逆に散らかしてんですか!」
「柘榴姉さんに言い付けますよ!」
さらには男衆からも抗議が飛んでくる。

「もう、見たわ」
「ぎくっ」
棕櫚がびくんとなる。

「牡丹ちゃん、平気?」
寄り添ってくれる柘榴さんが私の鼻と口元に布面を当ててくれる。
「原因は匂いかしら……布面に【封】を重ねがけするわ」
すると……。

「……すこし良くなりました」
散らばった花の匂いが薄くなり、棕櫚の存在と布面が恐怖を軽減してくれている。

「白鬼の方は平気か?」
棕櫚が白鬼さんの方向に掌を向ける。

「……主の神気を浴びたらましになりました」
「ならいい。お前は俺のもんなんだから、ほかのもんに従うな。いいな?」
白鬼さんに何だかぞんざいな……しかしながら棕櫚の言葉は白鬼さんのことをモノ扱いしているのではなく『眷属だから』大切と言う親心のようなものを感じる。

「……ムカつくが、分かった」
白鬼さんも無事に立ち上がる。

「けど、棕櫚はどうして」
「当然だろ?何たって嫁の危機だ」
そうだった。棕櫚はいつも私を大切な妻として扱ってくれて守ってくれる頼れる夫だ。

「くそ……っ、私にこんなことをしてただですむと!?」
その時起き上がった暮無当主が畳に散らばった花びらを見てニヤリと笑う。

「私に従うんだ、牡丹!そいつとは離縁し暮無に
戻ってくるんだ!」
嫌だ……そんなのっ!

「燃えよ」
その時、畳の上に広がる花びらだけが一瞬にして焼失する。

「何が起こって……」
「懐かしいものを見たな」
その声の主の姿に暮無当主が顔面蒼白になる。

「と……春宮、何故」
先程の異能は春宮のものだったんだ。しかしどうして春宮までここに……?

「幼馴染みが突然物忌みを理由に退出したので追い掛けて異能で封じろと言いに来たまでだ」
「すまんなぁ。何か付いてきた」
そう言うふたりもどこか息が合っている。

「だがしかし、帝の認めた婚姻を反故にし違法なものまで使おうとは。暮無当主。ただで済むとは思わぬことだ」
違法ってさっきの花びら……?

「ご……誤解でございます、春宮さま!私は兄を喪い傷心の中無理矢理嫁がされた娘を心配して、辛いのなら戻って来なさいと申したまで!」

「暮無璃寒を殺したのはお前だろう?」
白鬼さんの言葉に暮無当主が固まる。

「あの花びらで動きを封じて、息子が刺し殺されるのを笑いながら見ていた。違うか」
「……そ……そそんな残虐なことを。私は父親だぞ!」
否、父親ではなかった。

「目撃者ならいるもんでな」
ニヤリと口角を上げる棕櫚。
「そんはずはない!結界で見えないように……嵌めたのかっ!」
暮無当主が吠える。

「お前は何を勘違いしている?ひとりいるだろう?確実な目撃者が」
「知るか!そんなものは……第一証拠は……っ」
「ほかに手を下したものは捕らえてある」
春宮の言葉に暮無当主が絶句する。

「それも目撃者が簡単だったな、暁」
「まあな」

「まさか裏切り者か!?誰が裏切った」

「だーかーら、お前たちの味方じゃねえっつの」
「気が付かないのか?どこまでも愚かな」
2人の言葉にもしやと思う。だとしたらまるで見てきたかのように事実を告げた彼はやはり……。

「帝は暮無鈴蘭がやらかしたことに対し徹底的に洗うおつもりだ。お前が暮無鈴蘭に唆され自らの子を殺したことに対してもな」
「ぜ……全部アレがやったことだ!私は何も悪くない!そもそも押し付けてきたのは帝の方じゃないか!」
「帝の意に反すると?」
「……それはっ」
「お前がどう思おうが帝の意に反したのは大罪だ。花の違法栽培も含めてたっぷりと尋問させてもらう」
すると武官たちが部屋に入ってきて暮無当主を引きずり出していく。まだ私の名前を叫びながら喚いていたが、どこまでも自分勝手なあのひとを助ける理由などない。

「牡丹、もう平気か?」
刀を納めた棕櫚が私を抱き締める。
「うん」
春宮が花びらを燃やしてくれたからかな。布面がなくても大丈夫だ。

「でもあの花びら、何?」
「あれは古来拷問や洗脳に使われてきたが、幼少期に摂取すると大人になっても効果が出てしまう。代々の帝は炎の異能で燃やしてきたが隠し持っていた異能家があったとは」
そっか……私もお兄ちゃんも覚えていないほど幼い頃にアレを摂取させられた。記憶にもない頃から支配するだなんて、そんな恐ろしいものは禁じて当たり前だ。

「多分、栽培しているはずです」
結界を張ると言う大義があるからこそ、その役目から逃げ出さないように縛り付ける。恐らく多くの一族のものたちが餌食になり、それを当主が代々管理して一族のものを従わせてきた。

「匂いが独特だから栽培などしていたらバレると思うが。結界の異能者だからこそ、隠してきたか」
もしかしたら私の反射の結界ように、匂いを隠す結界もあったのかもしれない。封印と結界は似ている。封印に出来たことなら結界でも出来るかもしれない。

「それらは改革とともに余すことなく燃やす」
春宮の決意は並々ならぬものだ。それだけ帝の一族で代々受け継いできた使命なのだろう。

「しかし、一度洗脳されたものたちはもう治らない」
私のように、あの花が有る限り苦しめられる。

「解決してやらんこともない」
「棕櫚?出来るのか」
「お前の問題も解決してやったろ」
春宮の問題って何だろう?しかし高貴な身分の御方に対して詮索するのはあまり褒められたことじゃない。

「……なら、どうすればいい」
「祈って願って信じるだけだ」
それって門を閉じた時にも言っていたような……?

「だがしかしお前たちも使命を忘れるな。努力を怠るのなら途端に生き神の奇跡は消え失せる」
「分かっている。任せてくれ。これは俺たちの使命の先の救いのためだ」

「生き神って……」
「天上の神とは異なり地上に足を下ろす。俺たち地上の人間の祈りを一番近くで聞いてくれる神だ。忘れてしまったか」
「ううん、白鬼さん。覚えているよ」
お兄ちゃんが教えてくれたから。

「そうだ……それから、牡丹の分だけは俺が祈ろう」
棕櫚が両掌をパンッと叩く。
「棕櫚……?」

「妻のためならば何てことない」
そう言うと身体の中に何か清らかなものが満ちていく。

「これは一体……」
あの不快な花の匂いの記憶も浄化していくように消えていく。支配から解き放たれる気がした。

「俺は……そう言う存在だ」