――――何もかもが上手く行くはずだったのに。

「何なのよこの鉄格子!」
鈴蘭は苦虫を噛み潰す。

「せっかく暮無の異能を利用して入り込んだのに。後少しであの家のもの全て私のものになるはずだった。それなのに何でよ!」
当主夫妻や使用人、分家のやつらも鈴蘭の言うことを聞いたが、お気に入りにしようとしていた嫡男はまるで思い通りに動かなかった。

「私にはこの美貌があるのに」
この美貌で全てを虜にできるはずだった。高貴な血筋も合わせれば自分に従わないものなどいるはずもなかった。

だから頃合いだと思って璃寒を始末させて和臣を次期当主に、私が当主夫人になるはずだった。
牡丹は適当な家に嫁にでも行かせればいい。腹いせに不幸な目に遭うであろう家に。
だから花嫁が相次いで失踪してると聞く異能殺しにしたのに何で当主の嫁になって生きているのよ。さらに春宮の側にいるだなんて聞いてない!
よりにもよって一番思い通りにならない男の元に。

「牡丹め……あの女が一番むかつくのよ!」
自分が一番になるはずだったのに、あの家には長女がいた。思い通りに行かないお気に入りに優しくされていい気になっている女。たいした異能も持たない役立たずだったはずなのに。今日見たあの結界は何……?

「牡丹があんな異能を持っているなんてあり得ないわ。だとしたらまさかあの時の門?」
牡丹まで巡り合ったと言うの?

「だとしたらアイツもどうせ抗えないわ」
双子の兄の死に脅え尽くしたあの様子。受け取った異能の対価と共に朽ち果てるしかない。

「だから勝つのは私よ。許嫁の和臣も奪ってやった。代わりも手に入れた」
茉莉花もすっかり私のことを信じて……愚かな子。

準備は整った。手筈通りに進めればお兄さまも私を見てくれるわ。思えばお兄さまはいつだって私のおねだりを聞いてはくれず、美しさを手に入れた私にも無関心だった。
だから私も妹を甘やかしてくれるお兄さまが欲しかったのに、かつてのお気に入り……璃寒はまるで言うことを聞かなかった。
ムカつく……。

「やっぱりムカつくわ、牡丹」
私の欲しいものを渡さないムカつく女。さらにはお兄さままで手中に収めるとかどう言うことなの!?

「あの女ばかり私の欲しいものを奪っていく」
鈴蘭の中にどす黒い憎悪が蠢く。

「でも……茉莉花もやっと12歳になった」
だからもう遊戯は終わり。和臣とは楽しかったけど、ここでさよならね。

「これからは私が内親王。姫と呼ばれるの」
私は穢れから逃げ切った。ゆえに宮中に戻ることができる。『お父さま』に伝えれば和臣との縁談を赦してくださり、さらには宴への参加も許可してくださった。

「そして贅沢しながら優雅に暮らすのよ」
およそ5年、とても長かった。けれどこれでやっと解放される。

後は殿方だ。ま、和臣は用なしだから、ほかのもっといい男をお父さまにおねだりするの。そうね……ちょっと私に対する言葉遣いがなってないけれど、あの男。青霧の当主なんてどうかしら。顔はきれいだから手に入れて従順にしてやればいい。

「だって牡丹も失踪していないし」
もう失踪しないのなら好都合。今度はお父さまにアレをおねだりすればいい。お兄さまの懐刀?私の思い通りにならないお兄さま。ならソレから私のものにすればいい。

「それに……」
また牡丹の苦しむ顔が見られる。あの生意気な男が従順になる。私の計画は完璧よ。

「牡丹は取って置きのアレに気が付いていないわ。自分の兄の死の真相に、誰が関わっているのかも……」
鈴蘭は袂から取り出した小さな髪飾りを手にニィと口角を吊り上げた。