――――突然の救世主の声に人々が道を開け平伏する。
赤毛に黒い瞳。彼が腰掛けた席からも紛れもなく春宮御本人なのだと悟る。
「暮無鈴蘭。お前はいち貴族家の養女。今この場で、帝の臣下たちを従わせようとするのならば帝への謀反であると見なす」
しかし春宮は炎も鎮火してしまうような凍てつく声で告げる。
「……っ、そんな……わ、私はっ、お……お兄さまもご存知でしょう?私は帝の……」
「お前は暮無の養女。お前に兄と呼ばれる筋合いはない。それこそ不敬罪で投獄するべき行為だ。今のは聞かなかったことにしよう。去るがよい。もうじき帝がお越しになる」
「ならば私自ら帝に謁見をすればきっと理解してくださる……っ!」
「お前に帝に謁見する権利はない。暮無の養女」
「けれど私は時期当主の妻となる身ですわ!」
都合のいい時だけ暮無家を語るなんて狡すぎる。
「帝に謁見を許された当主ではない」
「ですがいずれは和臣さまが当主になる!」
自信満々の鈴蘭に対し、和臣は顔面蒼白だ。だってここには春宮がおり、鈴蘭は春宮に歯向かっているのだから。
たとえ鈴蘭の血筋が血筋でも帝の座を継げるのは男児のみだ。
「それが?」
その言葉は棕櫚によく似ていた。
「帝の定めた当主ではないのなら、議論の余地すらない」
それは何処までも正論だ。
「な……なら、茉莉花が……茉莉花はお姉さまが帝に謁見すべきと思うでしょう?」
「……えっ」
茉莉花内親王がガクガクと震える。茉莉花内親王も春宮に意見することの意味を分かっている。
彼女も鈴蘭を優先すべきか、春宮に従うべきかで揺れている。
「茉莉花にそれを判断する権利はない。まだ成人前の内親王だ。下がりなさい」
「そんな……なら私にはその権利がある!そうでしょう!?」
鈴蘭が周囲に訴えかけるが従うものは誰もいない。何故なら春宮が鈴蘭を贔屓せず、暮無の養女でしかないと断言したからだ。であればもう鈴蘭の『お父さま』への忖度をする必要はないのだ。
「認めませんわ!」
鈴蘭が春宮に迫り来る……っ!いけない……。
「結界を!」
結界が私たちを包む。
「上出来だ、牡丹」
棕櫚がいつの間にか春宮の前で刀を構えている。
「ど……どういうこと?結界……?そいつは結界すら張れない役立たずのはず!」
「そうではないことを今証明している」
「そんなはず……そんなはずは!」
「なるほど、見事だ」
鈴蘭の狼狽に対し春宮は冷静に告げ、そして家臣たちを見やる。
「いつまでそうしている。とっとと連れていけ」
『は……っ!』
春宮の言葉に警備たちが慌てて鈴蘭を拘束する。
「は……放しなさい!私を誰だと……っ」
それは先程春宮が断言したではないか。その言葉に警備たちが怯むわけがなかった。
「か、和臣!私を助けなさい!」
「……で、でも……っ」
和臣は狼狽えるだけだ。さすがに春宮の命に逆らう度胸はないようだ。
「茉莉花ァッ!お姉さまを助けなさい!」
鈴蘭は次に茉莉花内親王に怒鳴る。
「ひっ」
茉莉花内親王が脅える。
「茉莉花は下がらせなさい」
「はい!」
駆け付けた侍女たちが茉莉花内親王を急いで下がらせる。
「……くっ、許さない。覚えておきなさい!!」
鈴蘭はそう叫びながらも抵抗虚しく宴会場から引きずり出されていく。
――――そしてひとり呆然とする和臣にズカズカと歩み寄る男がいる。
「この馬鹿者がっ!」
「父う……ぐふっ」
和臣が殴り飛ばされた。家同士の話には私は加わる資格などなかったから彼の両親など知らないし、そもそも彼も私に会いに来ようともしなかった。義理の両親なんて結納の時に顔を見るかもしれない……その程度の認識だったと言うのにこんなところで出くわそうとは。
「水守当主」
「……春宮」
和臣の父親が春宮に平伏する。
「お前の倅は本来の直系の娘を捨て、養女である鈴蘭を取った。異能の力を次代に残すことの重要さを忘れたか」
もう暮無の直系の子女は私しかいない。その私を追い出すと言うことは直系の断絶である。
「その事に異議すら唱えずに倅の凶行を野放しにした。私は当主であり父親でもあるお前にも責任があると見なしている」
春宮が告げる。
「しかしあの娘と息子の婚約は帝も……」
「相応しくないとしたのだ」
「え……」
「帝は、自らも子を持つ親として。許嫁がいながら許嫁の義妹と浮気をし、許嫁としての義務も果たさなかった。そのようなものに彼女は相応しくない。それならば私の懐刀の方が伴侶として正しい責務を果たすであろうと」
『そう言うことだ、水守承臣』
その声は御簾の向こうから響く。いつの間に……っ。
『それから……余は汝の倅と養女鈴蘭に暮無の家を継ぐ資格は与えぬ。鈴蘭の成人・婚姻を待ってと思っていたが……すぐにでも荷物をまとめて暮無の家を出ていくといい。その後は直系は断絶。分家の中から優秀なものを輩出し新たな体制を作らせる』
つまり両親も当主ではなくなる。結界の異能は引き続き使わされそうだが……少なくとも暮無に寄生した異物は追い出される。それが何よりものお兄ちゃんへの手向けだ。
「そんな。しかしその娘……暮無牡丹に元通り倅と結婚させれば、家を継げるのではっ」
まだそんなことをさせるつもりなの!?
「それに出来損ないと言われた異能も……機能している!」
水守当主が私を睨み付ける。結界は既に解除しているが、反射結界で睨み付けごと跳ね返したいほど不愉快だ。しかしその視線を遮ったのは棕櫚だ。すでに刀は鞘に納めているが、相変わらず逞しく、そして力強い。
「ふざけんな!浮気したお前の息子と今さら結婚させるだと?お前の息子に当主の座を与えるためだけに……?牡丹は俺の妻だ。誰にもやらない!」
「棕櫚……っ」
そう言ってくれることがこの上なく嬉しい。私は棕櫚と結婚できて本当に良かった。
「だが異能の力を受け継ぐのは大事なこと……っ」
「それを潰したのは……てめぇとその息子だろ!親なら反省しろ!責任を取れ!それができねえってんなら……」
棕櫚が水守当主に歩み寄る。
『相変わらず良い刀だ、暁』
帝はいきなり何を?それに暁さまって確か春宮の御名では。
「ええ、自慢の刀です」
春宮がそう答えれば、棕櫚がするりと刀身を抜き去る。今の御二方のやり取りってもしかして、帝のおわす前で刀を抜いてもいいと言う合図!?
「さて、水守の当主にガキ。お前たちが喧嘩を売ったのが誰だか分かっているのか」
棕櫚の側には布面の柘榴さんたちも集まる。
「異能殺しだ」
その瞬間柘榴さんたちも封印を放つ構えを取る。
「私を封じれば、水の異能がっ」
『長男がいるだろう。親と弟の尻拭いのために奔走すれば良い』
確かにあそこには水守を継ぐべき長男がいるはずだ。
「うわあぁぁぁぁっ!ぼくの異能に手も足も出ない弱者のくせに!」
その時、いつの間に移動していたのか横から和臣が水竜を放ってくる……!
「牡丹!」
「大丈夫、白鬼さん。……結界!もうあなたには負けない!」
棕櫚からたくさんの勇気をもらったから……私も彼のように強く生きたいと願った。
「吸収!」
吸収される異能の力。その感触はいささか不快なもの。だから、その分……倍にして返す!
「反射!」
反射し和臣に戻る水竜は元の大きさの2倍。和臣は水竜に呑まれていく。
「うぶっ、おぼれ……っ、だずげ……っ」
「助けて?今もあの時もあなたがやったことでしょ?」
――――棕櫚の言葉を借りるなら。
『ふざけんな!』
白鬼さんとほぼ同時に口を出る。
そして水竜から解放されて崩れ去ろうとする和臣の頬を白鬼さんが殴り飛ばした。
「上出来だ」
棕櫚がこちらを振り返りニィッと笑う。そして……。
「さて、異能殺しの時間だな」
「ひぃ……ひいぃ……」
脅える当主の元に気絶した和臣も投げられながら並べられる。
「お前らの異能を特重封じしてやる。お前ら準備はいいか?」
『オォーッ!!!』
そして棕櫚は切っ先を、柘榴さんたちは掌を一斉に彼らに突出す。
『『『【封】!!!』』』
「ひいいぃっ!!ぐぼぼ……」
当主は自らの異能に呑まれるように和臣は泡を吹き気絶した。
「封印成功だな」
この異能の封印こそが異能殺しの異名のゆえんだったわけだ。
『さて。宴の余興は終わりだ、片付けよ』
そして和臣たちは警備によって叩き出されて行った。
『今宵は暁の懐刀の婚姻を祝して乾杯しようではないか』
帝の言うことは絶対。みなどうにか居ずまいをただし盃を掲げる。私は果汁水だが。
『暁』
「はい。ではみな。我が懐刀の婚姻を祝して……乾杯」
春宮の音頭に答えない理由はなく、みな『乾杯』を告げた。

