温かな日差しの中、鴇は大木の下で樹と寄り添い合う。
 風に揺られて散った桜の花びらが、ひらりと鴇の頭に乗った。
 鴇を見つめる浅葱色の瞳が、柔らかく細められる。
 樹は頭に乗った花びらを取り、それに口づけた。

「まるで桜の精だな」
「ふふっ、初めてお会いした時も同じことをおっしゃっていましたね」
「懐かしいな。俺の心はあの時から鴇のものだ」

 大きな手が頬に添えられ、鴇はその温かさにすり寄った。
 現実では味わうことができなくなったそれに、思わず涙が零れそうになる。

「樹様」
「ん?」
「お慕いしております」
「あぁ。俺もだ」

 額がこつりと合わさる。
 視界が樹でいっぱいになり、彼の黒髪が鴇の頬をくすぐった。
 鴇はくすぐったさにくすくすと小さな笑い声を零す。

「鴇」

 背筋をなぞられるような声色に、鴇は耳の先まで赤くなってしまう。
 恥ずかしさと、これから起こることを予想し、ますます心の底が熱くなった。
 覚悟を決めた鴇は、そっと目を閉じる。
 浅葱色の瞳が安心したように和み、唇を寄せ――

「母さま! 父さま!」

 ――寸でのところで止められた。
 鴇が目を開けると、残念だと言わんばかりの樹と目が合う。
 走ってきた小さな男の子は、鴇の胸へと飛び込んだ。
 ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、鴇は男の子の背を撫でる。
 ぱっと満面の笑みで顔を上げたその子は樹とそっくりだった。

「母さま。僕ね、異能が使えるようになったんだよ! 父さまからちゃんと受け継いだの!」
「受け継ぐ……?」
「あぁ。今朝、俺の異能……解呪の才がすべて受け継がれた。そんな心配そうな顔をするな。残りかすだが異能は使える。それに俺の異能はそれだけではないぞ。知っているだろ?」
「……そう、でしたね」
「鴇と力を合わせれば何でもできるからな」
「父さまだけじゃないからね! 僕とも一緒だよ!」

 二人に力いっぱい抱きしめられ、鴇の頬が緩んだ。
 樹と男の子の背に手を回し、抱きしめ返す。

「ずっと、ずっと一緒よ」
「もちろんだ」
「うん! 母さま、大好き!」