翌朝。
 鴇は腫れぼったい目で女学院へと登校した。
 教室に入るといの一番に弥生が近づいてきた。
 紫色の目を大きく見開き、艶やかな栗色の髪が揺れる。

「ちょっと! 何よその顔!」
「えっと……ちょっとね……」
「もう。授業なんて受けてる場合じゃないわね。行くわよ!」

 弥生に引き摺られるように教室を出れば、教師とすれ違う。
 だが鴇の顔を見て察したのか小言すら飛んでこなかった。
 中庭の長椅子に腰掛けると、弥生が目をつり上げる。

「それで? 月宮様が帰ってきたってもっぱら噂だったけど、それだけでそうなったの?」
「……樹様が、記憶喪失なの」
「え?」
「万葉が樹様の子を宿したって、彼に言ったらしくて」
「……なかなか面倒なことをしてくれたわね」
「それで、私の……お腹の子を奪うつもりだって……」
「鴇、それは……」
「わかってるの。結婚前にやってはいけないことをしたって」

 鴇は力なさげに告げる。
 弥生が下を向いた鴇の顔を両手で包み込み、上に向けた。
 温かな手が離れ、紫の瞳が力強く輝く。

「なに弱気になっているの。鴇はお母さんになるんでしょ。こんなことでめげちゃ駄目よ。月宮様の御子が奪われないよう、私がなんとかしてあげるわ」
「……弥生。私が先に頼もうと思っていたのに」
「いいのよ。私達、親友じゃない」

 力強く頷かれ、鴇は微笑んだ。

「ありがとう」

 そっと背中に置かれた手は、樹よりも小さかったが頼もしかった。