八子は駅から高校へ向けて歩く
駅からすぐの所に八子が通う高校と別の県立高校がある
一週間後に入学式があるせいか、騒がしいが五月蠅いほどではなかった
正門前のグラウンドでは、野球部がランニングをしている
フェンスに括りつけられた「新入部員募集」の看板が風ではためいている
八子は看板をちらりと見る
「部活か…」
八子は軽音楽部に入部するつもりであった
鶴美先輩が軽音楽部の部長をしているからだ
あれから練習を続け、さらに上手になった
本格的にバンド活動をしたいわけではないが、ともかく聴いてほしかった
◇
住宅地を蛇行するように歩く
しばらくすると大学が見える
正門は大学と共有であり、縦並びに配置されたプレートは、「大分県立音楽大学」と「上野ヶ丘音楽高等学校」とある
八子は敷地内に足を踏み入れる
大学の中にポツンとある高校は、まるでミニチュアセットだ
昇降口で靴を履き替えると、遠くから微かに楽器の音が聴こえる
八子は貼り紙を見てクラスを確認すると、入学式の為に敷かれた赤い絨毯の上を歩き教室へ向かった
教室は一番乗りであった
自分の席を探して椅子に座る
時計を見ると午前7時を過ぎたところだ
始業開始の8時20分までかなりの余裕がある
机に置かれたプリントの束に目を通す
遠くから聴こえる吹奏楽部の未完成な音をBGMに静かに時間が過ぎるのを待った
◇
入学式は大学のホールで行われた
学生オーケストラがエドワード・エルガーの「序奏とアレグロ」を演奏する
新入生は1クラスずつ入場し、座席の前に立ったら後ろを向き一礼し、着席する
体育館で軽く行進の練習をしたかいもあって、新入生は列を乱すことなく、綺麗に等間隔で階段を降りる
八子は3組だ。1クラス30名以下の為、すぐに八子達のクラスの番になった
3年生が2人、扉を開く
八子は視線だけを動かし辺りを見る
バルコニー席までぎっしりと人が詰まっている
まさか全員が新入生の家族ではないだろうし
本当に業界との繋がりが厚い学校なのかもしれない
八子が席に座り、十数分後、最後の4組が着席する
入場を終えても、演奏は続く
最後の一音、指揮者は指揮棒を振り下ろし、ポンと音が鳴る
司会は待っていましたというようにすぐに声を出す
「ただいまより第68期入学式を始めます」
指揮者は指揮台を降りて、新入生に優しく微笑みかける
演奏者も立ち上がり、真っ直ぐに前を見る
「一同、起立・・・礼」
八子は割れるばかりの拍手を背中に浴び、にわかに緊張し始めた
◇
入学式は滞りなく進行する
「これにて閉会致します」
これで終わらず、全校集会へと切り替わっていく
校長が壇上に上がり、再び挨拶を始める
「全校生徒の皆様入学式お疲れ様でした
まだ気を緩めるのは早いですが」
新生活の心得をひとしきり語ると、校長は満足気に壇上を降りる。そして、部活動紹介が始まる
「それでは男子サッカー部、女子サッカー同好会お願いします」
サッカー、バスケ、バトミントンと体育会系部活動の紹介が終わり、文化系部活動の紹介が始まる
合唱部、写真部、文芸部、茶華道部と、体育会系部活動を凌駕する量の部活が紹介される
「山口神楽継承会ありがとうございます
続いて琉球文化保存会です」
新入生のひそひそ声が聞こえる
「一体いつまで続けるんだろうね」
「次が吹奏楽部で、最後が軽音楽部だよね
あと1時間くらいかな」
「うわっ長過ぎ」
それから15分後、吹奏楽部の紹介とマーチングバンド形式でのパフォーマンスが行われた
学校行事でしか披露しないため、一ヶ月に満たない期間しか練習していないそうだが、それでも息の合ったパフォーマンスである
数曲披露した後、軽音楽部へとバトンが繋がれた
「準備のため少々お待ち下さい」
軽音楽部の部員達がセッティングを始める
何分か経つと、部長の東雲鶴美(シノノメツルミ)がマイクを手に持ち説明を始めた
八子は知っている人が登壇し、安心する
「軽音楽部です
活動日は平日で、活動場所はレクリエーション室です
休日は各バンドごとに練習するか決めています
ご存知の方もいると思いますが、軽音楽部はコピー禁止で楽曲を制作し披露しています
いきなりは難しいと思いますが、我々上級生がサポートするので安心してください
全国大会はありませんが、例年、ホール公演とライブハウス公演をそれぞれ2回ずつ行っています
卒業までにインディーズ・メジャーデビューを果たすバンドもいます
3年間の活動は短いですが、なにかを残したい方はせひ入部してください」
「説明ありがとうございます
それではお待たせ致しました
軽音楽部による歓迎演奏です」
七人の生徒がぞろぞろとステージに上る
四人組ロックバンドにキーボード、トランペット、サックス、バスフルートが加わる編成だ
各々、チューニングを始める
「やばっ
アキノヨナガが来ると思っていたのに」
「こんな至近距離で観られるなんて幸せ」
色めき立つ生徒の声を耳にするも八子は気乗りしなかった
いまいちパッとしない組み合わせだと思う
ラーメン屋の店内にいる人を呼んできたようだ
制服の者もいれば、頭にタオルを巻いて体操着の者もいる
各々チューニングを終えると、小柄でリスのように眼光の鋭い女子生徒が出てきた
瞬間、会場内にいる誰もが、空気の変化を感じた
圧倒的存在感、リーダーとして無言の説得力があった
諫早奏(イサハヤカナデ)は冷たい声を出す
「-1(マイナー・ファースト)です
バンドメンバー紹介します
ドラム、五十嵐リッサ(イガラシリッサ)」
五十嵐リッサは4拍子のリズムを刻む
「ベース、斎藤蓮児(サイトウレンジ)」
斎藤蓮児はベシベシと低音を奏でる
「キーボード、田中美音(タナカミオ)」
田中美音はポロロンと軽やかな音を鳴らす
「トランペット、児玉星(コダマホシ)
サックス、金松遊学(カナマツユウガ)
バスフルート、日勤(ヒツトム)」
三人は踊るように音を転がす
「ギター・ボーカル、日比谷双馬(ヒビヤソウマ)」
日比谷双馬はクラシックな雰囲気を一気にロックへ変える
「私、同じくギター・ボーカル、諫早奏(いさはやかなで)です」
七人はアイコンタクトを取り、一度、音を区切る
奏はギターを肩に掛け、遅れてチューニングを始める
静寂が緊張感に変わる
リッサはタイミングを見図りスティックを鳴らす
一曲目はベースとドラムから始まる
奏は静かにAメロを歌い上げた
サビ手前、怒りが沸点に達したかのように奏はシャウトを響かせる
サビは大団円だ
キーボード以外の楽器が音を鳴らし、客席の高揚感は最高潮に達する
奏は腕をピッと伸ばし手で煽る
「立ち上がってもいいぜ。好きに踊りな新入生」
ここで生徒達は立ち上がり、曲に身を任せ揺れる
Cメロでキーボードが加わるとがらっと曲調が変わり、アウトロで再び、盛り上がりに達する
八人は視線を合わせると、強烈な一音を鳴らす
1曲目の余韻も作らず、2曲目が始まる
リッサはツーバスを惹き立てる様にさらに激しく両足を動かす
八子は先輩達の演奏をまるで足し算のようだと思う
縦ノリを重視するロックで音の横の広がりを意識するのは特徴的である
心地の良いグルーヴ感のある演奏が楽器本来の音を引き摺り出す
まるで音の粒が宝石のように輝くようだ
客席はしばらくのあいだ式典の雰囲気にないような酔狂にまみれた
-1は3曲を終えると袖に戻る
奏は新入生に愛想を振りまくこともなく、我先にと先頭を歩く
女子生徒は声を上げる
「奏先輩」
奏はスカートのポケットから先ほど使ったピックを取り出すと、客席へと投げた
偶然にも声を出した生徒の前に転がった
「きゃぁー推しからのファンサ
絶対私のこと見てくれた」
そんなことはない
だが、恋は盲目
彼女はピックを敬々しく手に取ると、近くにいた生徒に自慢した
「これ市役所に持って行ったら婚姻届のハンコ代わりになるかしら」
◇
入場から約2時間半後、待ちかねた退場の時間になる
「これにて、全校集会を終わります
一同起立・・・礼
新入生退場」
再び、学生オーケストラの演奏が始まる
退場曲はヨハネス・ブラームスの「悲劇的序曲」
新入生はほとほとに疲れた顔で階段を上がっていく
駅からすぐの所に八子が通う高校と別の県立高校がある
一週間後に入学式があるせいか、騒がしいが五月蠅いほどではなかった
正門前のグラウンドでは、野球部がランニングをしている
フェンスに括りつけられた「新入部員募集」の看板が風ではためいている
八子は看板をちらりと見る
「部活か…」
八子は軽音楽部に入部するつもりであった
鶴美先輩が軽音楽部の部長をしているからだ
あれから練習を続け、さらに上手になった
本格的にバンド活動をしたいわけではないが、ともかく聴いてほしかった
◇
住宅地を蛇行するように歩く
しばらくすると大学が見える
正門は大学と共有であり、縦並びに配置されたプレートは、「大分県立音楽大学」と「上野ヶ丘音楽高等学校」とある
八子は敷地内に足を踏み入れる
大学の中にポツンとある高校は、まるでミニチュアセットだ
昇降口で靴を履き替えると、遠くから微かに楽器の音が聴こえる
八子は貼り紙を見てクラスを確認すると、入学式の為に敷かれた赤い絨毯の上を歩き教室へ向かった
教室は一番乗りであった
自分の席を探して椅子に座る
時計を見ると午前7時を過ぎたところだ
始業開始の8時20分までかなりの余裕がある
机に置かれたプリントの束に目を通す
遠くから聴こえる吹奏楽部の未完成な音をBGMに静かに時間が過ぎるのを待った
◇
入学式は大学のホールで行われた
学生オーケストラがエドワード・エルガーの「序奏とアレグロ」を演奏する
新入生は1クラスずつ入場し、座席の前に立ったら後ろを向き一礼し、着席する
体育館で軽く行進の練習をしたかいもあって、新入生は列を乱すことなく、綺麗に等間隔で階段を降りる
八子は3組だ。1クラス30名以下の為、すぐに八子達のクラスの番になった
3年生が2人、扉を開く
八子は視線だけを動かし辺りを見る
バルコニー席までぎっしりと人が詰まっている
まさか全員が新入生の家族ではないだろうし
本当に業界との繋がりが厚い学校なのかもしれない
八子が席に座り、十数分後、最後の4組が着席する
入場を終えても、演奏は続く
最後の一音、指揮者は指揮棒を振り下ろし、ポンと音が鳴る
司会は待っていましたというようにすぐに声を出す
「ただいまより第68期入学式を始めます」
指揮者は指揮台を降りて、新入生に優しく微笑みかける
演奏者も立ち上がり、真っ直ぐに前を見る
「一同、起立・・・礼」
八子は割れるばかりの拍手を背中に浴び、にわかに緊張し始めた
◇
入学式は滞りなく進行する
「これにて閉会致します」
これで終わらず、全校集会へと切り替わっていく
校長が壇上に上がり、再び挨拶を始める
「全校生徒の皆様入学式お疲れ様でした
まだ気を緩めるのは早いですが」
新生活の心得をひとしきり語ると、校長は満足気に壇上を降りる。そして、部活動紹介が始まる
「それでは男子サッカー部、女子サッカー同好会お願いします」
サッカー、バスケ、バトミントンと体育会系部活動の紹介が終わり、文化系部活動の紹介が始まる
合唱部、写真部、文芸部、茶華道部と、体育会系部活動を凌駕する量の部活が紹介される
「山口神楽継承会ありがとうございます
続いて琉球文化保存会です」
新入生のひそひそ声が聞こえる
「一体いつまで続けるんだろうね」
「次が吹奏楽部で、最後が軽音楽部だよね
あと1時間くらいかな」
「うわっ長過ぎ」
それから15分後、吹奏楽部の紹介とマーチングバンド形式でのパフォーマンスが行われた
学校行事でしか披露しないため、一ヶ月に満たない期間しか練習していないそうだが、それでも息の合ったパフォーマンスである
数曲披露した後、軽音楽部へとバトンが繋がれた
「準備のため少々お待ち下さい」
軽音楽部の部員達がセッティングを始める
何分か経つと、部長の東雲鶴美(シノノメツルミ)がマイクを手に持ち説明を始めた
八子は知っている人が登壇し、安心する
「軽音楽部です
活動日は平日で、活動場所はレクリエーション室です
休日は各バンドごとに練習するか決めています
ご存知の方もいると思いますが、軽音楽部はコピー禁止で楽曲を制作し披露しています
いきなりは難しいと思いますが、我々上級生がサポートするので安心してください
全国大会はありませんが、例年、ホール公演とライブハウス公演をそれぞれ2回ずつ行っています
卒業までにインディーズ・メジャーデビューを果たすバンドもいます
3年間の活動は短いですが、なにかを残したい方はせひ入部してください」
「説明ありがとうございます
それではお待たせ致しました
軽音楽部による歓迎演奏です」
七人の生徒がぞろぞろとステージに上る
四人組ロックバンドにキーボード、トランペット、サックス、バスフルートが加わる編成だ
各々、チューニングを始める
「やばっ
アキノヨナガが来ると思っていたのに」
「こんな至近距離で観られるなんて幸せ」
色めき立つ生徒の声を耳にするも八子は気乗りしなかった
いまいちパッとしない組み合わせだと思う
ラーメン屋の店内にいる人を呼んできたようだ
制服の者もいれば、頭にタオルを巻いて体操着の者もいる
各々チューニングを終えると、小柄でリスのように眼光の鋭い女子生徒が出てきた
瞬間、会場内にいる誰もが、空気の変化を感じた
圧倒的存在感、リーダーとして無言の説得力があった
諫早奏(イサハヤカナデ)は冷たい声を出す
「-1(マイナー・ファースト)です
バンドメンバー紹介します
ドラム、五十嵐リッサ(イガラシリッサ)」
五十嵐リッサは4拍子のリズムを刻む
「ベース、斎藤蓮児(サイトウレンジ)」
斎藤蓮児はベシベシと低音を奏でる
「キーボード、田中美音(タナカミオ)」
田中美音はポロロンと軽やかな音を鳴らす
「トランペット、児玉星(コダマホシ)
サックス、金松遊学(カナマツユウガ)
バスフルート、日勤(ヒツトム)」
三人は踊るように音を転がす
「ギター・ボーカル、日比谷双馬(ヒビヤソウマ)」
日比谷双馬はクラシックな雰囲気を一気にロックへ変える
「私、同じくギター・ボーカル、諫早奏(いさはやかなで)です」
七人はアイコンタクトを取り、一度、音を区切る
奏はギターを肩に掛け、遅れてチューニングを始める
静寂が緊張感に変わる
リッサはタイミングを見図りスティックを鳴らす
一曲目はベースとドラムから始まる
奏は静かにAメロを歌い上げた
サビ手前、怒りが沸点に達したかのように奏はシャウトを響かせる
サビは大団円だ
キーボード以外の楽器が音を鳴らし、客席の高揚感は最高潮に達する
奏は腕をピッと伸ばし手で煽る
「立ち上がってもいいぜ。好きに踊りな新入生」
ここで生徒達は立ち上がり、曲に身を任せ揺れる
Cメロでキーボードが加わるとがらっと曲調が変わり、アウトロで再び、盛り上がりに達する
八人は視線を合わせると、強烈な一音を鳴らす
1曲目の余韻も作らず、2曲目が始まる
リッサはツーバスを惹き立てる様にさらに激しく両足を動かす
八子は先輩達の演奏をまるで足し算のようだと思う
縦ノリを重視するロックで音の横の広がりを意識するのは特徴的である
心地の良いグルーヴ感のある演奏が楽器本来の音を引き摺り出す
まるで音の粒が宝石のように輝くようだ
客席はしばらくのあいだ式典の雰囲気にないような酔狂にまみれた
-1は3曲を終えると袖に戻る
奏は新入生に愛想を振りまくこともなく、我先にと先頭を歩く
女子生徒は声を上げる
「奏先輩」
奏はスカートのポケットから先ほど使ったピックを取り出すと、客席へと投げた
偶然にも声を出した生徒の前に転がった
「きゃぁー推しからのファンサ
絶対私のこと見てくれた」
そんなことはない
だが、恋は盲目
彼女はピックを敬々しく手に取ると、近くにいた生徒に自慢した
「これ市役所に持って行ったら婚姻届のハンコ代わりになるかしら」
◇
入場から約2時間半後、待ちかねた退場の時間になる
「これにて、全校集会を終わります
一同起立・・・礼
新入生退場」
再び、学生オーケストラの演奏が始まる
退場曲はヨハネス・ブラームスの「悲劇的序曲」
新入生はほとほとに疲れた顔で階段を上がっていく


