天才棋士との結婚――そして苦悩


 翌日、皆川さんを高級イタリアンレストランに呼んだ。
 もちろん要件はあのことだ。

 「皆川さん。ご飯を楽しみましょう」

 開口一番に、そう言った。それを聞いて、皆川さんは明らかに緊張している。

 「緊張しないでよ。さ、アヒージョ食べましょう」

 私はマッシュルームをフォークで突き刺して口まで運ぶ。

 「美味しいよ。緊張してないで、早く食べましょ」

 私的には本題は食事の終わりかけに言おうとしている。

 だけど、私も緊張しているのかもしれない。明らかに私自身のテンションがおかしい。
 久しぶりに、
 そして、ちぐはぐな会話をしながら食べること三十分。

 ついに食事は終わりを告げようとしていた。
 そろそろ切り出す時間だ。

 私は勇人君を裏切るわけではない。
 それは分かっているのに、それでも少し怖い。
 勇人君との思い出がなくなってしまう事が。
 でも、私が覚悟を決めなければならない。


 「ねえ、あなたは私の事を今も好き?」
 「ああ、好きだ」
 「なら、私たち、そろそろ結婚します?」

 そして私は色々と理由を告げた。
 そろそろ勇人君とのことが薄れてきて、前に進む準備ができたこと、娘が結婚してほしいと言っていることなどだ。

 「だから、結婚してください。お願いします!!」


 ……あれ、プロポーズって、女からしてもいいものだったっけ。今更ながら分からなくなってしまう。
 でも、そんなもの、今はどうでもいいや。
 勇人君とのも、ほとんど私から切り出したようなものだし。

 「ああ、喜んで」

 そして、私の再婚が決まった。
 二度目の結婚式はグアムだ。本当はハワイでもよかったのだが、勇人君から卒業するためという意味もある。
 二度目の結婚式に関しては、不思議な感覚だった。だけど、その時の皆川さん、いや、博君はイケメンだった。その結婚式を経て、私はこの人と結婚して本当に良かったなと思った。
 二度目の結婚式は波乱が起きることもなく終わった。
 それから私たちの口から勇人君の名前が出ることは無かった。私たちの三人目(一人目)の娘が出来た後も、愛ちゃんたちが結婚して家を出た後も。でも、私は、私たちは勇人君という一人の棋士の名前。いや、一人の人の名前を忘れることは無い。
 私は死ぬまで勇人君のことを覚えている。そう確信している。