私はそれからという物、みんなとの関係を保った。
特に親しくなったのは皆川さんだ。
あれから、私の子育てを手伝うために頻繁に家に来るようになったのだ。
私にはあれから妊娠が発覚した。
だから一人でお腹の中の赤ちゃんの世話をするのは大変なのだ。
「子育てを手伝ってもらえてありがたいのですけど、皆川さんは仕事とか大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫ではないですね」
皆川さんは直近の年は負け越しているはず。
「でも、俺は葵さんのことが心配なんです。こんな大事な時期に一人なんて……って、渡部さんへの不満とかじゃないですが」
そう言って愛ちゃんと遊んでくれる彼。
愛ちゃんはあの後、ショックでしばらく寝込んでしまっていた。
そのことは本当に申し訳が無かった。
だって、たった一人の父親を失わせてしまったのだもの。
勇人君がいるのに、皆川さんを家に堂々と招いていいものかと思う。
勇人君は亡くなったが、今も私の中にいるのだ。
だけど、それでも助けになっているのが実情だ。
勇人君の遺書でも、人に頼ってほしいと書いてあったのだから決して間違った行為ではないと思っている。
ただ、あ皆川さん、来すぎな気がするんだよね……
勇人君が天才だからよくは分かっていないけど、将棋棋士といえど、研究の時間は必要だと思うのよね。
そんな中私の家に来てるときは研究してる様子がない。たまに、「ここが渡部さんが使ってた将棋盤か」と言って、渡部君の使っていた定石書や、私のお父さんの棋譜所を使って指しているだけだ。
本当に心配になる。
皆川さんは今26歳。脂がのってくる年齢だ。
「皆川さん、一ついいですか?」
私は耐えきれなくなり、皆川さんに話しかける。
「私は、頼れる友人もいますので、そこまで毎日のように来てくれなくてもいいのですけど」
美晴の事だ。
「そんなわけには行かない」
そう、大きな声で言う皆川さん。その声の大きさに正直びっくりした。
「あ、いや」
「いや?」
「何でもない」
そう言って、皆川さんは「愛ちゃん行こう」と言って去ってしまった。
いったい何だったんだろう。
そして、皆川さんが一時間後に愛ちゃんを連れて戻ってきた。
「さっきはすまない」そう言って謝る皆川さん。あまりの率直な態度に逆に戸惑ってしまう。
「どうしたの?」
「いや、俺は……あなたを助けるという事で愉悦感に浸ってたのかもしれない」
それはつまり、勇人君が自殺して、妊娠している中一人で家事育児をしなければならない私を助けることで、いい人ぶっているという事なのだろうか。
「ねえ、あなたはそれだけじゃないでしょ?」
それだけには思えない。
私のことを本当に心配しているという感じが目に見えてわかるのだ。
「俺は……」戸惑いを見せる皆川さん。
「俺は、それだけなんだ」
やはり心のうちは見せてくれないか。いや、本当にわかっていないのかもしれない。
自分の心の内が。
「分かった」
そう、私はつぶやく。
「ならば、私たちにかまう時間を短くしなさい。だって、皆川さん、最近勝てていないでしょ? だったら、私たちにばかりかまってもらうのも悪いよ。せめて週3までにしてください」
こういわないと、本当に皆川さんは毎日でも来そうだ。
別に私自身は困っているわけでは無いが、それでも節度という物がある。
本当に通い妻のようになってしまう。男だから、通い夫?
だが、その日からも皆川さんは甲斐かいしく、私のもとに来た。
「ええ、これどうしたらいいと思う?」
私は美晴の事の顛末を話した。
この皆川さんの、最近の私への構いようは異常であると思う。何しろ皆川さんと初めて会った日、皆川さんが家に来た日から二月藻たっていないのだから。
「私的にはそれは愛ゆえだと思うけど」
「愛ね……」
確かにその可能性も疑って無かったわけでは無い。
でも私は今はそんなことを言われても困る。
まだ勇人君の死から立ち直れたわけでは無いのだ。
まだ辛い、だって、私たちが選んだ自死だったとしてもそれを乗り越えられるかは私の問題だ。
それに、私にはまだ勇人君が胸の中にいる。勇人君は自分のことは気にしなくていいとは言っていたが、私にはそれは無理だ。勇人君が死んだ。なら、別の男に乗り換えよう、なんてできるような軽い女ではないのだ。
勇人君のことを本気で愛してたが故だろう。脳裏には今も勇人君との思い出が詰まっている。
「私はまだ……新しい人、皆川さんと付き合うなんて考えられないな」
「いや、私はただ、愛なのかもって言っただけで、まだ決まったわけじゃないよ」
「まあ、それもそうなんだけどね」
それも訊いてみたらわかる話だ。でも、訊くとしてもどう聞けばいいのやら。
それに、そうだとしても私は彼の告白を受け入れられるのだろうか。
「はあ、どうしよう」
私は甲斐もなく、ため息をついた。
そして、二日後、来た皆川さんに訊く。
「皆川さんって、私のことを好きなの?」
我ながら単刀直入な聞き方だ。もしこれで違うけどとか言われたらショックだなと思う。
「いや、俺は……」
明らかに怪しい。絶対に動揺している。
「お願い、正直に言って」
「……ばれていたのか」
本当だったらしい。そう言った皆川さんは顔を赤くしている。
「あの日から、君を守らなければと思って毎日来てたんだが、ある日から君のことが魅力的に見えてきたんだ。その時俺は恋してはいけないと思って、気持ちを抑えてきてたんだ。なにしろ今恋愛感情を持ってしまったら、俺は最低の男になってしまう。だからこそ気づかれないようにしたんだ。本当に申し訳ないと思う。俺は、もうあなたから離れます」
その言葉を聞いた時に正直迷った。このまま彼を出て行かせていいのか、いやいいわけがない。
「私は、貴方のことは嫌いではないんだけど、今は恋愛のことを考えることが出来ないの。ただ、離れては欲しくない。私はあなたとは友達になりたい。恋愛のことについてはそのあとでいいでしょ」
私は、彼を嫌いではない。ただ、今は恋愛のことは考えられない。今は保留だ。恋愛するかどうかは後で決める。
「今は友達として互いに付き合いましょう。そして、私の心の中の勇人君から許可が取れたら、その時は恋愛のことも考えましょう」
「分かりました。じゃあ、答えはその時に」
そして、私たちはこれまで通りの付き合いを続けた。
それから4年の時が経った。愛ちゃんも小学校に入り、二人目の息子の奏斗くんも幼稚園に入った。
皆川さんとも毎日のように会っている。
ある日、愛ちゃんに言われた。「ねえ、お母さんと、博さんっていつ結婚するの?」
確かにそろそろ考えなければならないことだ。
私の中でもう勇人君との思い出は薄れてきている。それは、悲しいことだ。
でも、私は前を向かなければいけないと、勇人君が言っているのではないか?
そう思ったら、私はもう再婚してもいいのかもしれない。
「ねえ、愛ちゃんは皆川さんにお父さんになってほしい?」
「うん。やっぱりパパが死んじゃって、悲しかったけど、博さんが私の穴を埋めてくれたんだ。……それに、お母さんも楽しそう」
そう言われたことで、私の決意は固まった。
「じゃあ、結婚しましょう」


