「……」
その言葉を聞いて、皆川は不思議な感覚に襲われた。
この人のために、このかわいそうな未亡人のために自分に何かできることは無いだろうかと、考え始めた。
第五章その後
私はそれからという物、みんなとの関係を保った。
特に親しくなったのは皆川さんだ。
あれから、私の子育てを手伝うために頻繁に家に来るようになったのだ。
「子育てを手伝ってもらえてありがたいのですけど、皆川さんは仕事とか大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫ではないですね」
皆川さんは直近の年は負け越しているはず。
「でも、俺は葵さんのことが心配なんです。こんな大事な時期に一人なんて……って、渡部さんへの不満とかじゃないですが」
そう言っ得手顔で愛と遊んでくれる彼。
家に堂々と招いていいものかと思うが、それでも助けになっているのが実情だ。
勇人君の遺書でも、人に頼ってほしいと書いてあったのだから決して間違った行為ではないと思っている。
たd、あ皆川さん、着すぎな気がするんだよね……。
勇人君が天才だからよくは分かっていないけど、将棋棋士といえど、研究の時間は必要だと思うのよね。
そんな中私の家に来てるときは研究してる様子がない。たまに、「ここが渡部さんが使ってた将棋盤か」と言って、渡部君の使っていた城跡所や、私のお父さんの棋譜所を使って指しているだけだ。
本当に心配になる。
皆川さんは今26歳。脂がのってくる年齢だ。
「皆川さん、一ついいですか?」
私は耐えきれなくなり、皆川さんに話しかける。
「私は、頼れる友人もいますので、そこまで毎日のように来てくれなくてもいいのですけど」
「そんなわけには行かない」
そう、大きな声で言う皆川さん。その声の大きさに正直びっくりした。
「あ、いや」
「いや?」
「何でもない」
そう言って、皆川さんは二回の愛の部屋に行ってしまった。なんだったんだろうか。
そして、皆川さんがすぐに戻ってきた。
「さっきはすまない」そう言って謝る皆川さん。あまりの率直な態度に逆に戸惑ってしまう。
「どうしたの?」
「いや、俺は……あなたを助けるという事で愉悦間に浸ってたのかもしれない」
それはつまり、勇人君が自殺して、妊娠している中一人で家事育児をしなければならない私を助けることで、いい人ぶっているという事なのか。
「ねえ、あなたはそれだけじゃないでしょ?
いや、でも、そうには思えない。私のことを本当に心配しているという感じが目に見えてわかるのだ。
「俺は……」戸惑いを見せる皆川さん。
「俺は、それだけなんだ」
やはり心のうちは見せてくれないか。いや、本当にわかっていないのかもしれない。
自分の心の内が。
「分かった」
そう、私はつぶやく。
「ならば、私たちにかまう時間を短くしなさい。だって、皆川さん、最近勝てていないでしょ? だったら、私たちにばかりかまってもらうのも悪いよ。せめて週3までにしてください」
こういわないと、本当に皆川さんは毎日でも着そうだ。
別に私自身は困っているわけでは無いが、それでも節度という物がある。
本当に通い妻のようになってしまう。男だから、通い夫?
そう言えば勇人君の遺言にあったな。人を頼れと。
でも、まさかここまでとは思わないじゃん。
だが、その日からも皆川さんは甲斐かいしく、私のもとに来た。
「ええ、これどうしたらいいと思う?」
私は美晴の事の顛末を話した。
この皆川さんの、最近の私への構いようは異常であると思う。何しろ皆川さんと初めて会った日、皆川さんが家に来た日から二月藻たっていないのだから。
「私的にはそれは愛ゆえだと思うけど」
「愛ね……」
確かにその可能性も疑って無かったわけでは無い。
でも私は今はそんなことを言われても困る。
まだ勇人君の死から立ち直れたわけでは無いのだ。
まだ辛い、だって、私たちが選んだ自紙だったとしてもそれを乗り越えられるかは私の問題だ。
それに、私にはまだ勇人君が胸の中にいる。勇人君は自分のことは気にしなくていいとは言っていたが、私にはそれは無理だ。勇人君が死んだ。なら、別の男に乗り換えよう、なんてできるような軽い女ではないのだ。
勇人君のことを本気で愛してたが故だろう。脳裏には今も勇人君との思い出が詰まっている。
「私はまだ……新しい人、皆川さんと付き合うなんて考えられないな」
「いや、私はただ、愛なのかもって言っただけで、まだ決まったわけじゃないよ」
「まあ、それもそうなんだけどね」
それも聞いてみたらわかる話だ。でも、効くとしてもどう聞けばいいのやら。それに、そうだとしても私は彼の告白を受け入れられるのだろうか。答えは否だ。
「はあ、どうしよう」
私は甲斐もなく、ため息をついた。
そして、二日後、来た皆川さんに訊く。
「皆川さんって、私のことを好きなの?」
我ながら単刀直入な聞き方だ。もしこれで違うけどとか言われたらショックだなと思う。
「いや、俺は……」
明らかに怪しい。絶対に動揺している。
「お願い、正直に言って」
「……ばれていたのか」
本当だったらしい。そう言った皆川さんは顔を赤くしている。
「あの日から、君を守らなければと思って毎日来てたんだが、ある日から君のことが魅力的に見えてきたんだ。その時俺は恋してはいけないと思って、気持ちを抑えてきてたんだ。なにしろ今恋愛感情を持ってしまったら、俺は最低の男になってしまう。だからこそ気づかれないようにしたんだ。本当に申し訳ないと思う。俺は、もうあなたから離れます」
その言葉を聞いた時に正直迷った。このまま彼を出て行かせていいのか、いやいいわけがない。
「私は、貴方のことは嫌いではないんだけど、今は恋愛のことを考えることが出来ないの。ただ、離れては欲しくない。私はあなたとは友達になりたい。恋愛のことについてはそのあとでいいでしょ」
私は、彼を嫌いではない。ただ、今は恋愛のことは考えられない。今は保留だ。恋愛するかどうかは後で決める。
「今は友達として互いに付き合いましょう。そして、私の心の中の勇人君から許可が取れたら、その時は恋愛のことも考えましょう」
「分かりました。じゃあ、答えはその時に」
そして、私たちはこれまで通りの付き合いを続けた。
それから4年の時が経った。愛ちゃんも小学校に入り、二人目の息子の隆くんも幼稚園に入った。
皆川さんとも毎日のように会っている。 ある日、愛ちゃんに言われた。「ねえ、お母さんと、博さんっていつ結婚するの?」
確かにそろそろ考えなければならないことだ。
私の中でもう勇人君との思い出は薄れてきている。それは、悲しいことだ。でも、私は前を向かなければいけないと、勇人君が行ってるのではないか?
そう思ったら、私はもう再婚してもいいのかもしれない。
「ねえ、愛ちゃんは皆川さんにお父さんになってほしい?」
「うん。やっぱりパパが死んじゃって、悲しかったけど、博さんが私の穴を埋めてくれたんだ。……それに、お母さんも楽しそう」
そう言われたことで、私の決意は固まった。
「じゃあ、結婚しましょう」
翌日、皆川さんを高級イタリアンレストランに呼んだ。
もちろん要件はあのことだ。
「皆川さん。ご飯を屋のしみましょう」
開口一番に、そう言った。それを聞いて、皆川さんは明らかに緊張している。
「緊張しないでよ。さ、アヒージョ食べましょう」
私はマッシュルームをフォークで突き刺して口まで運ぶ。
「美味しいよ。緊張してないで、早く食べましょ」
私的には本題は食事の終わりかけに言おうとしている。
だけど、私も緊張しているのかもしれない。明らかに私自身のテンションがおかしい。
そして、ちぐはぐな会話をしながら食べること30分。ついに最後らへんになった。
そろそろ切り出す時間だ。
「ねえ、あなたは私の事を今も好き?」
「ああ、好きだ」
「なら、私たち、そろそろ結婚します?」
そして私はそろそろ勇人君とのことが薄れてきて、前に進む準備ができたこと、娘が結婚してほしいと言っていることなどだ。
「だから、結婚してください。お願いします!!」
私はそう言って結婚指輪を取り出した。勇人君とのモノとは違う物を。
……あれ、プロポーズって、女からしてもいいものだったっけ。今更ながら分からなくなってしまう。でも、そんなもの、今はどうでもいいや。
「ああ、喜んで」
そして、私の再婚が決まった。
二度目の結婚式はグアムだ。本当はハワイでもよかったのだが、勇人君から卒業するためという意味もある。
二度目の結婚式に関しては、不思議な感覚だった。だけど、その時の皆川さん、いや、博君はイケメンだった。その結婚式を経て、私はこの人と結婚して本当に良かったなと思った。
二度目の結婚式は波乱が起きることもなく終わった。
それから私たちの口から勇人君の名前が出ることは無かった。私たちの三人目(一人目)の娘が出来た後も、愛ちゃんたちが結婚して家を出た後も。でも、私は、私たちは勇人君という一人の棋士の名前。いや、一人の人の名前を忘れることは無い。
私は死ぬまで勇人君のことを覚えている。そう確信している。


