まさかの雄太が来た。僕に将棋を教えてくれた人だ。もしかして、棋士をやめた僕を心配してくれたのだろうか。思えば、僕はひどいことを言った。
一番しんどい時期だったから、家に来ないでくれと怒鳴ってしまった。それで気まずくなり、結婚式にも呼ばなかった。
そんな彼がなぜ来たのだろうか。
「俺はお前が心配だ」
そう言って彼が見せたのは、僕のYOUTUBEアカウントだ。
「なんでそれを知って」
名前を出してないし、声も出していない。声は基本的に機械音声でやっているから。
「普通気付くだろ。これがお前のだって。だって、勇人って感じがしたから」
「なんだよそれ」
どういう理屈かは分からない。
ただ動画の感じだけで気が付いたのなら、それは凄い才能だと思う。
「それで今どうなんだ? 数年前は辛かったって言ってたけど、てか、あの人はお前の彼女? てか、娘もいるの?」
「質問が多すぎないか?」
すると、雄太は「ごめんごめん」と、平謝りをする。
「僕は今は葵と結婚している。それで、愛、あの子供の父親をやってる」
「あの勇人が結婚ねえ。時の流れは速い」
「だな。……それで、今はどうなんだ?」
「辛いよ。それは変わらない」
あの、八冠王になった日から、将棋の頂点に立ってから将棋が面白くない。
そしてそれに代わる趣味も見つけられていない。一時的な興奮は手にはいるが、それだけだ。すぐに熱は冷め、しょうもないものに思えてしまう。
それに、
葵は好きだけど、将棋の代わりにはなりえない。
「僕は、将棋の代わりを見つけられていないんだ。あの日からずっと。だから、葵と、愛が唯一の俺の救いだ。彼女たちがいなかったら僕の心はとっくの昔に壊れてたと思うから」
そう、僕の心はいつだって不安定だ。そんな僕がまだ現世にしがみつけているのも、葵のおかげだ。
「僕の精神は鬱みたいなもの。だから、今まで何回も、死にたくなった。だけど、そばに葵たちがいるから頑張れているんだ」
そう、僕は彼女たちのために生きているようなものなのだ。
「しかし、もう、将棋を勇人に教えたのがだいぶ前みたいな感じだな」
そう言って笑う雄太。
そうだ、もう二〇年以上もたっているのだ。今となってはいい思い出だ。
「あの時は楽しかったな」
「ああ。お前が将棋大会に出たときが懐かしいよ」
「そうだな。雄太は必死に止めてたな」
「出たところで予選落ちが関の山ってな」
「まさかそれが優勝するとは思っていなかったがな」
そう言って僕たちは笑った。それからも互いの話をする。彼の話によれば、彼は医者になっているらしい、
驚くべきことだ。賢いと思ってはいたけど、医者になっているとは。
僕とは違う道で、いい仕事についている。羨ましい。
「尊敬するな」と言ったら、お前が言うなと突っ込まれた。
僕は純粋な気持ちで言っただけなのに。
そして会話の中で、雄太が驚くべきことを言った。
「お前、今もずっと死にたいんだろ?」


