「おとーさん、おとーさん!!」
愛ちゃんがやってくる。それも元気に、
そんな彼女を勇人君は抱きしめた。
「不満なんてないよな……」
そう彼がつぶやいたのを私は聞き逃さなかった。
YOUTUBEで回復したかに見えた彼の精神は段々とひどくなっていっている。
見てわかるのは、そう、勇人君の寝言だ。
毎日またうなされ始めているのを感じる。
夜に、悪夢をよく見ているのだろう。
また新しい楽しみを持ってきてあげないと。囲碁? チェス? いや、同じことだろう。ゲームも主な対戦ゲームはやった。なら、スポーツ?
野球、サッカー。三〇である彼は今更プロの世界で戦うなんて無理だ。
だけど、頭依存ではなく体依存だから勇人君には楽しめるかもしれない。
せいぜい、草野球あたりが関の山だろうけど。
だが上手くいかなかった。
スポーツはやらせてあげたけど、そこまでハマらなかったみたい。
なんだか違うって。
これは手詰まりという物かもしれない。
「はあはあ、はあはあ」
次の手を考え込む私の隣で、勇人君が苦しんでいる。
何をやっても無双してしまう彼の苦悩。
それは確実に凡人には理解不能の悩みだ。
だけど、今まさに勇人君は苦しんでいる。もう、頂点を取るべき道は失われてしまったのだ。
勇人君が天才じゃなかったら、そんなことを何度でも考える。でも、もはや今更無理なんだ。自分を馬鹿にするような機械や飲み物なんてないし、あったとしても確実に体に悪いものであることは間違いのないことだ。
結局私には何もできないのか。数日間迷っていた時だった。
家のインターフォンが鳴った。
「すみません。俺、渡部の友達なんすけど」
その瞬間、私は警戒モードに入る。
当然だ。何しろ勇人君の家は秘匿情報だ。マスメディアにも嗅ぎ付けられないように細心の注意を払ってきた。
「それは本当?」
インターフォン越しで私はそう問いかける。
「本当です。緑川小学校、知ってますよね」
これはメディアに伝わってる情報のはずだ。
その一言だけでは友達なのかの信用はできない。
「そこの、飯田雄太って、あいつに伝えてください」
「分かったわ」
結局勇人君が知ってるかどうかだ。見た感じ棋士ではなさそうだから旧友なのかな。
「勇人君、飯田雄太っていう方が来たけど知ってる?」
愛ちゃんと遊んでいた彼にそう言う。
「雄太か⁉」
明らかに顔が明るくなる。それほどまでに嬉しい相手なのだろうか。
「彼は僕に将棋を教えてくれた人だ」
あら、重要人物じゃない。
「家に上げてくれ」
勇人君の言葉に従い、私は玄関まで行き、ドアを開けた。
「あー良かった。家に上げてもらえて」
「分かってると思うけど」
「分かってる。勇人のことは外には漏らさない」
それを聞きほっとする。
「おー勇人じゃないか、大きくなって」
「ああ、そうだな。雄太」
そして二人は軽い抱擁を交わし、そして部屋に引っ込んでいった。
そして飯田君と勇人君は談笑している。
邪魔したら悪いなと思い、私は愛ちゃんを連れて自室に向かう。
「おかーちゃん、あの人誰?」
「お父さんの旧友よ」
「へー、私遊びたい遊びたい」
「だめよ。邪魔したらだめ」
「えー」
そう言ってブーブーいう愛ちゃん。可愛い。


