【試用】信用スコア政策

 会計時の電子通知音が鳴ると、セルフレジからレシートが出てくる。

 ヒカル用の食料を調達するため大型スーパーへと足を運んでいた。
 現在の信用スコアは615ポイント。社会クラスとしては6であり、社会的恩地を受けることができる地位にいる。レシートには合計金額の下に『信用スコアボーナス』として2割引きがされている。

 レシートの内容に思わずニヤけてしまう。社会クラスが6になったことによって、信用スコア政策の協力企業の電子決済を使うことで2割引で商品を購入することが可能となった。そのため、休日に与えるヒカルへの餌を少し質の高いものに変えてあげようと考えた。いつも行くスーパーよりもこちらの方が種類が多いため、こちらで購入することに決めたのだ。歩く距離が長くなってしまったが、ヒカルが今までに僕に与えてくれた癒しを考えれば大したことはない。

 ここにある商品を片っ端から購入し、ヒカルが一番満足するエサを調査中だ。

「あ、新田くんっ!」

 レシートを見つめていると横から女性の声が聞こえてきた。ソプラノ系の明るい声だ。聞き覚えのある声に思わず、表情が硬くなる。目をギョッとさせ、隣を見た。

 黒髪のロングヘアに紺碧の瞳が輝く。白色のTシャツに膝丈よりやや短めの黒色のプリーツスカート、左につけた青色の髪留めによって、普段の制服姿とはまた違う印象を受ける。

「た、滝森さん……」

 僕は恐る恐る彼女の名前を読んだ。

 まさかこんなところで会うとは思いもしなかった。先ほどのニヤけ顔は見られていないだろうかと不安に駆られる。

「偶然だね。まさかここで会うなんて思ってもみなかったよ。ここにはよく通うの?」

「いや、最近通い始めたばかりかな。滝森さんはよく通っているの?」

「うん、家の近所だからね。ここにくれば、欲しい商品が漏れなく全て手に入るから気に入ってるんだ」

 滝森さんはこの辺りに住んでいるのか。初耳だ。

 意外と自分の家と近かったりするのかもしれない。そんな情報を聞けるなんて、このスーパーに移って良かったと心の中でガッツポーズをとった。

 話のノリで二人で行動をともにすることになった。

「猫用のエサ。新田くんの家、猫飼ってるの?」

「いや、家ではないんだ。この近くの河川敷にいる子猫用にね。家は母さんが猫アレルギーだから飼えないんだ」

「そうなんだ。その捨て猫なの?」

「おそらく……結構人懐っこい性格だから昔飼われていたんだと思う」

「そっか。可哀想だね。今度、機会があったら見に行っていい?」

「う、うん、もちろん。この後、その猫の所に行くのだけれど、一緒にどう?」

 不意に出た言葉に胸が高まるのを感じた。話の流れからか、さらっと滝森さんを誘った自分に驚いた。信用スコアのおかげか行動が大胆になっている。

「あー、ごめんね。今日この後、食料品買ったら、バイトに行かなくちゃいけないんだ。だから、また今度ね」

 高揚した体が冷めていくのを感じた。悪い意味だけではない。もちろん、残念な気持ちもあったが、同時に安心感もあった。これで承諾された場合、逆に困ってしまっただろう。

「バイトやってるんだね。大変だね」

 うちの学校は原則『アルバイトは禁止』となっている。やっているからには相応の理由があるはずだ。流石にそこまで聞けるほどの仲ではないため深入りはしない。

「ちょっと金欠でね」

 滝森さんの家はあまり裕福ではないのだろうか。バイトしつつ、勉学優秀、交友関係良好というのは彼女が相当な努力家だからなのだろう。

「なのに、ハンガーが壊れちゃうから災難なんだよね。この前はヒールの足折れちゃったし、最近はついてない」

「それでハンガーを買っていたんだね」

 僕は滝森さんの持っているバッグを覗いた。その中には、先ほど彼女が購入したハンガーが入っている。

「うん、このハンガーすごいんだよ。滑り止め、肩かけがついていて、厚みがないから収納幅を抑えられる。さらに錆びにくい材質で製造されているため長持ち。これで10本セットでお値段300円弱。どう、安すぎない?」

「す、すごいね」

 ハンガーの値段なんて考えて生活したことがないため、それが安いかどうかは判断がつかなかった。だが、テレビショッピング並みに熱く力説する滝森さんを見ていたら、安いのは間違いないことは確かだ。

「でしょっ!」

 滝森さんはそう言って、はにかんだ。その姿はとても愛おしかった。思わず、自分は彼女にとって特別なのではないかと自意識過剰になってしまう。だが、相手は滝森さんだ。誰でも分け隔てなくやっているやってのけるだろう。

「私は食料品を買いに行くけれど、新田くんは他に寄るところある?」

 話しているうちにエスカレーターへと到着した。エスカレータを下ると一階の食料品エリアに行くため滝森さんは下る予定なのだろう。念の為、僕に同階、もしくは上の階に用事がないか確認してくれたのだろう。話に夢中になっても、相手を気にかけている姿は流石としか言えない。

「うんうん、用事はもう終わったから後は帰るだけ」

「そっか。じゃあ、下までは一緒だね」

 二人でエスカレーターを降りていく。礼儀として端に寄る必要があるため、先ほどまで横一列で並んでいた僕たちは滝森さんを前に縦一列に並んだ。

 話にくい立ち位置になってしまったため、降りる間は沈黙が走る。僕はその間、迷いに耽っていた。

 このまま滝森さんとお別れしていいものなのだろうか。休日に奇跡的に会えて、こうして仲良く話しができているのだ。この時間をもう少し延ばしたい。

 僕はどのように伝えればいいかを思案した。食料品を持つ手伝いをするという名目で付き添いさせて貰えばいいだろうか。いや、今の僕にはそれよりももっと彼女の為になることができる。

「滝森さんっ」

 エレベータを下り、再び二人横一列になったところで彼女へと話を持ちかけた。

「どうしたの?」

「その……食料品買うのに付き添ってもいいかな? 荷物を持つのを手伝えるかなと思って。それに……」

「ほんとにっ!? 助かる。ありがとう」

 もう一つの案を出そうとした僕を遮るように滝森さんが同意を示す。僕は呆気に取られた。でも、考えてみれば当たり前の話だ。ここまで親しく話してくれている滝森さんが買い物に付き添うという提案を断るはずはなかった。きっと先ほどヒカルを見に来るのを断られたことで奥手になってしまっていたのだろう。

 こうして、僕たちは二人で買い物をすることになった。