【試用】信用スコア政策

 今日から『信用スコア政策』が試行される。

 早々、授業後のクラスは大きく賑わっていた。理由は二つ。

 一つは、書類に書かれていた全国統一のテストが本日行われたのだ。

 事前告知があったのは二週間前。告知の際には、市外歓喜組と市内悲哀組の二つに分かれていた。試行の地域は市内のため、市外から来る生徒に関してはテストは免除され、本日は休日となっている。

 市内組にとっては、悲哀の告知だった。いきなり二週間前に告知され、範囲が五科目の一学年下で習った範囲まで全て(現在高校二年のため、高校一年までが範囲に当たる)であったため、この二週間は地獄だった。とはいえ、これから大学受験が始まってくるため、受験勉強を始める良いきっかけにはなったのかもしれない。

 まあ、普段から勉強している僕にとっては二週間前に告知を受けたところでやることは変わらなかった。ただ、勘弁して欲しかったのは、僕をいじめている四人のストレスがたまってしまったことだ。この間は普段感じている痛みよりも重かった気がする。彼らのストレス発散場所が僕なのだから仕方のないことではあろうが。

 五科目を終え、ようやく猛勉強から解放されたことでみんな仲間同士の話に花を咲かせている。一緒に下校するメンバーも、僕をそっちのけにして四人で仲良く話している。今のうちに帰りたいところだが、無断で帰ったことで明日に酷い仕打ちを受ける可能性があるため待つことにした。

 僕はスマホをいじると『マイクレジット』のアプリを開いた。

 もう一つの理由はこれだ。試験が終わったことで結果がマイクレジットのアプリに反映されていた。テストの形式はタブレットでのマークシートだったため、点数はすぐに算出された。そこからブラックボックス化されたAIによる評価を受けて『マイクレジット』に反映されたようだ。

 僕の信用スコアは582だった。今回のテストでかなりの上位に入ったみたいだ。

 自分の信用スコアを眺めつつも、他の人の声に耳をかたむけた。みんな返されたテストの点数を公表するように自分の信用スコアをシェアしあっていた。

 こういう時、人というのは姑息なものだ。最初に話を始める者は、大抵の場合、今回のテストが信用スコアに反映されて値が上がったやつだった。『俺は上がったけど……』という前提を置くことで自分の地位を確立している。相手が下がっていて、自分より低ければマウントを取ることができる。相手も上がっていれば、一緒に盛り上がり、それでも自分より低ければマウントを取る。最悪のパターンは相手は下がっているが、それでもなお自分の方が低かった場合だが、滅多に起こりはしない。

 そういう輩に対して、僕は心の中でマウントを取る。話を聞いている限り、僕の数値を超えるやつは皆無だった。高い者でも570ポイント代。580ポイント代の自分は一人優越に浸っていた。

「嘘っ! 静、591ポイント!」

 ふと、教室に驚嘆の声が響いた。僕は思わず、声のする後方に顔を向けた。同時に教室の談笑が止まった。どうやら、教室の全員が声に引きずられ、反応を示したようだ。

 僕の目に止まったのは、僕の席から右に一つズレた列の最後尾とその一つ手前に座っていた女子生徒二人。最後尾に座る女子生徒は目の前の彼女に人差し指を立て、鼻につけることで『静かにしてっ』というジェスチャーを行っていた。

 黒色の下ろした長い髪。紺碧に輝く瞳が特徴的な彼女。今は座っているため判断がつきにくいが、彼女ほど容姿端麗という言葉が似合う人間はいないだろう。女優志望と言われても何ら違和感はない。

 そして、彼女の前に座るもう一人の女子生徒。咄嗟に出た自分の声に、自分自身も驚いたみたいで口を塞いでいた。

 茶色に染めた髪をポニーテール状に結んでいる。膝丈よりも短いスカート。第一ボタンを外し、首元につけたリボンを下ろしているところからボーイッシュな様子が伺える。ただ単に、だらしないだけかもしれないが。

 茶髪の彼女、鬼頭 恵(きとう めぐみ)は閑散とした教室全体を見渡すと「何でもないでーす」と両手を振って、それとなく誤魔化す。上手く誤魔化せたかは分からないが、教室は再び楽しい談笑に包まれた。

「滝森さん、591ポイントだって。やっぱりすごいな」

 隣から聞こえる男の声。話題はすっかり信用スコアを暴露された彼女の話題に変わってしまっていた。鬼頭さんは上手く誤魔化せなかったみたいだ。

 僕は教室が元通りになっても依然として彼女たちの方を向いていた。今は黒髪の彼女が自分のスコアを暴露されたことの羞恥心に駆られ、顔を俯けている。

 滝森 静(たきもり しずか)。それが彼女の名前だ。

 初めての自分のスコアを超えた存在。だが、嫉妬心は一ミリたりとも抱かなかった。彼女は容姿端麗であるとともに穏やかで優しい性格の持ち主だった。分け隔てなく誰とでも仲良く話すことから男女ともに人気が高い。一部の男子は彼女に恋心を抱いているだろう。

 その中には、僕も含まれている。

 彼女とは最初の五十音順の席の時に隣同士だった。今も定期テストの際は隣同士になっている。このクラスになって初めて声をかけてくれたのが彼女だった。親しく話しかけてくれた彼女に僕は「この子、僕のこと好きなのかな」と軽く浮ついた気持ちでいた。時が経つにつれて、僕以外の人にも同じ対応をしていることが分かり、その気持ちは打ち砕かれてしまったみたいだが。それでも、彼女と話すのは楽しかった。

 滝森さんは聞き上手だ。どんな些細なことであっても、絶対に興味を示さなさそうなことであっても、真剣に聞いてくれた。テストの際には、難易度の高い問題に関して二人で答え合わせをしたこともあった。

 いじめられてもなお、僕がこのクラスに来るのは少なからず彼女の影響があることは間違いないだろう。つまらない学校生活も、華があれば楽しく過ごせる。

「なあ、亮太。何、滝森さんのこと見てるんだ。一緒に帰ろうぜ」

 見るといつもの四人組が僕の席に来ていた。浮かれていた心が一気に現実に戻される。自分の心が沈んでいくのを感じた。人がネガティブな感情を抱くのは理想と現実によるズレのためだ。滝森さんと仲良く話す理想を抱いていた今の自分には目の前にいる四人という現実を受け止めることはできなかった。

「う、うん」

 心の中で大きなため息をつきつつも引き攣った笑顔を見せることで精算する。そうして、僕はいつものように四人と一緒に帰ることとなった。