夕食を終え、家事、勉強を済ませたところで僕はソファーに座り、前に映るテレビをぼーっと眺めていた。
両親は共働きでいつも夜に帰ってくる。そのため、家事全般は僕が受け持っている。加えて、今日習った部分の復習もあるため、意外と重労働だ。
一日の中で今が唯一ゆっくりリラックスできる時間帯だ。だが、僕にとってはリラックスしている時間は地獄のようなものだった。元来、考えることが好きなため、ふとした瞬間に明日のことを考えてしまうのだ。夜が明ければ、明日は学校。下校時はまた痛い目を見るのかと思うと胸が痛くなる。下校時になってしまえば楽に受け入れられるのだが、自分で考えを巡らす時には受け入れ難い事実だった。少しでも苦痛を緩和するようにテレビをつけているのだが、あまり効果はない。
「ただいまー」
悪い思考と闘っていると玄関から母親の声が聞こえてきた。僕にとって、それは神の一言だった。これでようやく解放される。座ったまま顔だけ玄関の方へと向ける。しばらくして母はリビングへと入ってきた。
「ただいまー。すっかり遅くなっちゃった。亮太、ご飯食べた?」
「うん。食器は洗って片付けておいた。あと、洗濯物も畳んでしまっておいたし、お風呂も沸いてる」
「いつもありがとうね。お父さんもあと三十分くらいで帰ってくるみたいだから先にお風呂入っちゃおうかな。あ、これ。家族三人宛に総務省から書類が来ていたわよ。『信用スコア』の導入は家の地域に決まったみたいね」
「信用スコア?」
聞き覚えのない単語に問いかけるも母には聞こえていなかったようで、返答もないままリビングを出て行ってしまった。仕方なく、母がテーブルに置いた書類を見る。書類は僕、父、母の三人にそれぞれ一つずつ届けられていた。
差出人は総務省。封筒には『重要』という文句と『信用スコア政策案内書 在中』の文字が印字されている。僕は自分宛に届けられた封筒を取ると封を切った。
どうして今時アナログなのだろうと思ったが、全員に確認してもらうためにはデジタルでの通知よりもアナログでの通知の方が得策だと考えたのだろう。
書類は全二枚。最初の紙には『信用スコア政策の案内』について書かれていた。
****
信用スコア政策のご案内
この度、貴殿の地域にて『信用スコア政策』の試験的実施をさせていただくことをご理解、ご協力お願いいたします。
試験期間:10月1日〜3月31日(6ヶ月間)
信用スコア政策は個人の情報を元にAIによって数値化を行い、それを個人の『信用スコア』として扱います。信用スコアは様々な場面で扱われます。
例)
・受験、就活、バイトでの履歴書(試験的実施の際は扱われない)
・商品購入の際の値引き
・ローンを組む際の金利
信用スコアの数値が高いほど待遇は優位になります。詳しくは同封書類をご参考ください。また、下記QRコードにて自分の『信用スコア』について知ることできるアプリ『マイクレジット』をインストールできます。是非、ご活用ください。
※信用スコアを確認する際は、マイナンバーのカードが求められますので、事前にご用意ください。
****
一枚目の案内所を読みながら、僕の脳裏にうっすらあった記憶が蘇る。去年の夏頃に『信用スコア政策』が可決され、世間の注目を浴びていた。確かSNSのトレンドにも挙がっていたかと思う。可決されたものの一年も音沙汰がなかったため、完全に記憶から薄れてしまっていた。
今日は九月六日。来月には導入されるみたいだ。連絡が遅くないかとも思ったが、たまたま家に届くのが遅かっただけかもしれない。それに連絡が遅かったとはいえ、何かが変わるわけではない。少し気の持ちようが変わるくらいだろう。
アプリをインストールする際にマイナンバーが必要だということだったので、自室にあるマイナンバーの書かれたカードを取りに行く。
階段を上がりつつも、次の書類に目を通す。『信用スコア』の詳しい記載がされていた。
最初に『信用スコア』による社会階級についてだった。信用スコアはポイントが0〜999までの範囲でつけられる。そして、ポイントの数値を100で割った整数値(小数は切り捨て)が社会階級となる。つまり、社会階級は0〜9の範囲でつけられるようだ。
社会階級は4、5を一般ラインとしている。階級が6以上であるものは高待遇になり、階級が3以下のものに関しては低待遇となるみたいだ。
次に信用スコアの数値を高める方法について記載がされていた。
個人の情報としては、性別、年齢、学歴を指標とする『履歴情報』と日常生活の行動を指標とする『経験情報』の二つの視点から総合的に評価されるみたいだ。
今の日常で変わる点としては、年に二回ほど全国統一のテストが行われるところだろう。合計点数(過去分を含む)で評価値を決定するというのがあるみたいだ。普段から勉強は行っているため僕にとっては苦ではない。むしろ、得意分野でスコアが決められるのは嬉しいことだ。
最後に信用スコアの扱われる状況についての説明がされていた。一枚目で触れていた例示をさらに細かく説明してくれている。僕が日常生活で使えそうなのは商品の値引きくらいだった。とはいえ、いずれは使うことが見込まれるものばかりのため信用スコアを高くしておくに越したことはない。今は試験的政策のため意味はないであろうが。商品の値引きが効くとのことだったので、対象の電子決済を確認しておく。電子決済は僕が普段使っているものも対象に含まれていたため、特に行うべき作業はなさそうだった。
一通り『信用スコア』について知ることができたところで、最初の書類に戻り、スマホでQRコードを読み込み、『マイクレジット』のインストールを行った。
アプリを開くと、カードの読み込みの指示が来る。スマホカバーを外し、カードを読み込むと『読み込み中』のロードが流れる。しばらくして、画面が表示された。
画面のUIは簡素なもので、上のバーに自分の名前及びマイナンバーが記され、真ん中に大きく現在の自分の『信用スコア』が更新されている。下のバーにはスコアとログとプロフィールの三つの項目が選択できるようになっていた。
今現在の僕の『信用スコア』は560を示している。スコアの下部には赤文字で注意書きがされていた。
『※スコアは履歴情報のみを参考にしています(経験情報は10月1日より反映予定)』
どうやら、現在の僕の信用スコアは、自分の年齢、学歴、資格と言った履歴情報のみで評価されているようだ。立ち位置としては中の上と行ったところだろうか。残り50ポイントあげることができれば上の段位へ行くことができる。
ただ、今は経験情報が評価対象になっていないことが問題だ。いじめられている立場上、社会的弱者と見なされる可能性はある。それを評価対象にされては減点されかねない。これに対しては全国統一テストでうまくリカバリーしたいところだ。
面白く、興味深い政策であることは間違いなかった。信用スコアという形を取ることで自分の社会人生をゲーム感覚で楽しむことができそうな気がする。ただ、それ故に社会というのが理不尽なクソゲーであるというのを教えられてしまう恐怖もあった。
兎にも角にも、始まってみないことには全容は掴めないだろう。
自分の地域で起こる新たな試みに不安と期待を抱きつつ、二枚の書類を重ね、三つ折りにして封筒にしまった。
両親は共働きでいつも夜に帰ってくる。そのため、家事全般は僕が受け持っている。加えて、今日習った部分の復習もあるため、意外と重労働だ。
一日の中で今が唯一ゆっくりリラックスできる時間帯だ。だが、僕にとってはリラックスしている時間は地獄のようなものだった。元来、考えることが好きなため、ふとした瞬間に明日のことを考えてしまうのだ。夜が明ければ、明日は学校。下校時はまた痛い目を見るのかと思うと胸が痛くなる。下校時になってしまえば楽に受け入れられるのだが、自分で考えを巡らす時には受け入れ難い事実だった。少しでも苦痛を緩和するようにテレビをつけているのだが、あまり効果はない。
「ただいまー」
悪い思考と闘っていると玄関から母親の声が聞こえてきた。僕にとって、それは神の一言だった。これでようやく解放される。座ったまま顔だけ玄関の方へと向ける。しばらくして母はリビングへと入ってきた。
「ただいまー。すっかり遅くなっちゃった。亮太、ご飯食べた?」
「うん。食器は洗って片付けておいた。あと、洗濯物も畳んでしまっておいたし、お風呂も沸いてる」
「いつもありがとうね。お父さんもあと三十分くらいで帰ってくるみたいだから先にお風呂入っちゃおうかな。あ、これ。家族三人宛に総務省から書類が来ていたわよ。『信用スコア』の導入は家の地域に決まったみたいね」
「信用スコア?」
聞き覚えのない単語に問いかけるも母には聞こえていなかったようで、返答もないままリビングを出て行ってしまった。仕方なく、母がテーブルに置いた書類を見る。書類は僕、父、母の三人にそれぞれ一つずつ届けられていた。
差出人は総務省。封筒には『重要』という文句と『信用スコア政策案内書 在中』の文字が印字されている。僕は自分宛に届けられた封筒を取ると封を切った。
どうして今時アナログなのだろうと思ったが、全員に確認してもらうためにはデジタルでの通知よりもアナログでの通知の方が得策だと考えたのだろう。
書類は全二枚。最初の紙には『信用スコア政策の案内』について書かれていた。
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信用スコア政策のご案内
この度、貴殿の地域にて『信用スコア政策』の試験的実施をさせていただくことをご理解、ご協力お願いいたします。
試験期間:10月1日〜3月31日(6ヶ月間)
信用スコア政策は個人の情報を元にAIによって数値化を行い、それを個人の『信用スコア』として扱います。信用スコアは様々な場面で扱われます。
例)
・受験、就活、バイトでの履歴書(試験的実施の際は扱われない)
・商品購入の際の値引き
・ローンを組む際の金利
信用スコアの数値が高いほど待遇は優位になります。詳しくは同封書類をご参考ください。また、下記QRコードにて自分の『信用スコア』について知ることできるアプリ『マイクレジット』をインストールできます。是非、ご活用ください。
※信用スコアを確認する際は、マイナンバーのカードが求められますので、事前にご用意ください。
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一枚目の案内所を読みながら、僕の脳裏にうっすらあった記憶が蘇る。去年の夏頃に『信用スコア政策』が可決され、世間の注目を浴びていた。確かSNSのトレンドにも挙がっていたかと思う。可決されたものの一年も音沙汰がなかったため、完全に記憶から薄れてしまっていた。
今日は九月六日。来月には導入されるみたいだ。連絡が遅くないかとも思ったが、たまたま家に届くのが遅かっただけかもしれない。それに連絡が遅かったとはいえ、何かが変わるわけではない。少し気の持ちようが変わるくらいだろう。
アプリをインストールする際にマイナンバーが必要だということだったので、自室にあるマイナンバーの書かれたカードを取りに行く。
階段を上がりつつも、次の書類に目を通す。『信用スコア』の詳しい記載がされていた。
最初に『信用スコア』による社会階級についてだった。信用スコアはポイントが0〜999までの範囲でつけられる。そして、ポイントの数値を100で割った整数値(小数は切り捨て)が社会階級となる。つまり、社会階級は0〜9の範囲でつけられるようだ。
社会階級は4、5を一般ラインとしている。階級が6以上であるものは高待遇になり、階級が3以下のものに関しては低待遇となるみたいだ。
次に信用スコアの数値を高める方法について記載がされていた。
個人の情報としては、性別、年齢、学歴を指標とする『履歴情報』と日常生活の行動を指標とする『経験情報』の二つの視点から総合的に評価されるみたいだ。
今の日常で変わる点としては、年に二回ほど全国統一のテストが行われるところだろう。合計点数(過去分を含む)で評価値を決定するというのがあるみたいだ。普段から勉強は行っているため僕にとっては苦ではない。むしろ、得意分野でスコアが決められるのは嬉しいことだ。
最後に信用スコアの扱われる状況についての説明がされていた。一枚目で触れていた例示をさらに細かく説明してくれている。僕が日常生活で使えそうなのは商品の値引きくらいだった。とはいえ、いずれは使うことが見込まれるものばかりのため信用スコアを高くしておくに越したことはない。今は試験的政策のため意味はないであろうが。商品の値引きが効くとのことだったので、対象の電子決済を確認しておく。電子決済は僕が普段使っているものも対象に含まれていたため、特に行うべき作業はなさそうだった。
一通り『信用スコア』について知ることができたところで、最初の書類に戻り、スマホでQRコードを読み込み、『マイクレジット』のインストールを行った。
アプリを開くと、カードの読み込みの指示が来る。スマホカバーを外し、カードを読み込むと『読み込み中』のロードが流れる。しばらくして、画面が表示された。
画面のUIは簡素なもので、上のバーに自分の名前及びマイナンバーが記され、真ん中に大きく現在の自分の『信用スコア』が更新されている。下のバーにはスコアとログとプロフィールの三つの項目が選択できるようになっていた。
今現在の僕の『信用スコア』は560を示している。スコアの下部には赤文字で注意書きがされていた。
『※スコアは履歴情報のみを参考にしています(経験情報は10月1日より反映予定)』
どうやら、現在の僕の信用スコアは、自分の年齢、学歴、資格と言った履歴情報のみで評価されているようだ。立ち位置としては中の上と行ったところだろうか。残り50ポイントあげることができれば上の段位へ行くことができる。
ただ、今は経験情報が評価対象になっていないことが問題だ。いじめられている立場上、社会的弱者と見なされる可能性はある。それを評価対象にされては減点されかねない。これに対しては全国統一テストでうまくリカバリーしたいところだ。
面白く、興味深い政策であることは間違いなかった。信用スコアという形を取ることで自分の社会人生をゲーム感覚で楽しむことができそうな気がする。ただ、それ故に社会というのが理不尽なクソゲーであるというのを教えられてしまう恐怖もあった。
兎にも角にも、始まってみないことには全容は掴めないだろう。
自分の地域で起こる新たな試みに不安と期待を抱きつつ、二枚の書類を重ね、三つ折りにして封筒にしまった。



