僕は『体調不良』と称して学校を休むこととした。

 実際、昨日つけられた傷やアザが痛み、とても動ける状態ではなかった。また、体がいうことを聞かないほどの倦怠感に襲われてもいた。

 ベッドに寝転び、天井を覗く。部屋は閑散としており、掛け時計の秒針が動く音が響く程度だった。僕は白い壁を見ながら物思いに耽る。

 おそらく、もう学校に行くことはないだろう。加藤たちを散々懲らしめ、滝森さんに対して卑劣なことをしたのだ。下手に教室に入ろうものなら、何をされるか考えるだけで悍ましい。

 なぜ、僕だけがこんな思いをしなければならないのだろう。

 第三者の視点でこれを見れば、きっと悪いのは彼ら、彼女らなのにどうして僕がここまで苦しめられなければならないのだろうか。

 現実はフィクションとは違って、必ずしも正義が勝つわけではないみたいだ。今回の件で強くそう思った。

 頭の中では、この先の自分の人生が頭を駆け巡る。

 中学の時、懸命に勉学に励み、偏差値の高い高校に入ることができた。だが、このまま学校に行くことができなければ、高校は退学となり、晴れて僕は中卒というレッテルを貼られることとなるだろう。中卒の人間なんてほとんどの企業では雇ってくれそうにもない。

 お先真っ暗な人生だ。信用スコア政策が始まり、順風満帆な学園生活を送っていたあの時では絶対に予想していない展開だっただろう。おそらく、加藤たちにいじめられていた時でさえ、ここまで深刻な事態になるとは考えられていなかったはずだ。戻ることができるのなら、今まで通り加藤たちにいじめられる人生でもよかったかもしれない。

 下手に期待し、没落するくらいなら、長期的な一貫した不幸の方がまだ耐えられる。

 何もやる気が起きず、死体となったかのように微動だにしないまま時間が流れていく。秒針の音は聞こえるが、時計の針を見ることすら億劫になっており、今が何時か全くわからなかった。窓はカーテンで仕切られており、外の状態で時間を検出することもできない。

 そうして、生きているのか死んでいるのかわからない状態が続く。

 意識が覚醒したのはスマホに一件の通知が来たのがきっかけだった。

 バイブオンに惹かれ、スマホへと顔を向ける。人間の習慣というのは恐ろしいものでバイブ音がなると自然に体が動き、スマホの通知を確認していた。

 通知内容は滝森さんからのメッセージを告げるものだった。画面には彼女の送った内容が示されている。

『体調は大丈夫? あんまり無理しないでね。体調の悪い原因って、昨日の件に関係あったりする? 私、新田くんに対して何か悪いことをしちゃったのかな?』

 僕は滝森さんからの内容に思わず目を剥いた。

 何なんだ。この言い方は。ここまでのことをしておいて、まだ僕に対して白を切るつもりなのか。

 強く歯軋りする。倦怠感に包まれた体は怒りに震え、活気にあふれていた。僕は怒りのあまり、スマホをベッドに思いっきり投げる。壊さない配慮ができていたのは、まだ理性を保っていた証だろう。

「滝森、たきもりー!」

 布団を剥ぎ、シーツを捲る。枕を壁に投げつけ、置き時計を地面に叩きつける。怒りでむしゃくしゃした僕は次の標的を机に定める。机に置かれた教科書や文房具を薙ぎ払い、かけてあった本たちをもはぎ落とす。

 何もかもどうでも良くなった。椅子を蹴り、地面に転がす。加藤たちから受けた傷が痛むがそんなことは関係ない。壁を蹴り、拳で殴る。痛いのは自分だけだとわかっているのに、止めることはできなかった。

「たきもり、たきもり、あーーーーーーーーーー!」

 むしゃくしゃした気持ちが最高潮に達すると、僕は思わず、奇声をあげる。

 そこでようやく気持ちが落ち着いた。崩れ落ちるように体を脱力させ、床に座り込む。それだけにとどまらず、体も吸い込まれるように地面へと落ちていく。

 なぜ、彼女は僕をここまで苔にするのだろう。僕が彼女に何をしたというのだ。

 無残な光景となった日の当たることのない暗い部屋で僕の思考は堕落していく。

 こんな世界にいても意味がない。期待をすればするほど、みっともない思いをするだけだ。神は僕を見放した。何があっても、救いの手が差し伸べられることはないだろう。

 でも、このまま僕だけが死ぬのはごめんだ。

 だからこそ、最後の最後に彼女には最大の復讐をすることにしよう。あんな悍ましい悪女を野放しにしてはいけない。