【試用】信用スコア政策

 教室へと足を運ぶと、いつもよりも騒がしい雰囲気に包まれていた。

 僕は思わず頬を緩める。だが、平成を装うように表情を変えると教室へと入っていった。

 見るとほとんどの生徒が教壇に連なり、黒板へと目を向けていた。彼らは僕の気配を感じ取ると、一度こちらを向く。ドキッとしたが僕に用はないみたいですぐに顔を黒板へと向けた。

 一息つきながら、彼らが覗いている先に目をやる。

 黒板には三枚の紙が横並びに貼られていた。各々の紙には赤色で言葉が記載されている。

「これ……本当なの……あの滝森さんが?」

「さあ……本人が来ない限りはわからないんじゃない。それにしても、誰がこんなことを」

 女子生徒の話し声に耳を傾けつつも、僕は自分の席に荷物を置き、準備を始めた。

 どうやら、まだみんなは疑心暗鬼に駆られているみたいだ。滝森さんが来てから、真意がわかるだろう。これを見た彼女がどんな顔をするのか今から楽しみだ。その瞬間を見逃すまいとたびたび廊下の方へと目をやりながら、彼女がくるのを待った。

 僕の期待に答えるように、滝森さんはすぐにやってきた。

「おはよう」

 いつものように穏やかな笑みで入ってきた彼女は自分の目の前にいた生徒に元気よく挨拶をする。しかし、次の瞬間には疑問を浮かべる表情へと変わった。

 彼女もまた、教壇を囲む大勢の生徒とこちらを見つめる興味のあるような視線に何やら違和感を覚えたらしい。

「滝森さん、これ本当なの?」

 女子生徒の一人が彼女に向けて質問する。人差し指を黒板の方へ向け、自分の口からは言うことはしなかった。

「何のこと?」

 滝森さんからの位置では彼女が示す紙は見えないみたいで呆けた表情を浮かべる。他の生徒たちはそれを察したのか、滝森さんに道を空けるようにゆっくりと今いる場所から逸れていく。そして、ようやく滝森さんはみんなが見ていたものについて触れることとなった。

 僕はうっすらと浮かべた笑みを隠すように手で口を覆った。

 それが視界に映った瞬間、滝森さんは口を少し開いた。瞳孔は大きくなり、磁石のようにしっかりとその紙から視線を放さなかった。

 左側の紙には次のように記載されている。

『滝森 静の家は貧相で、彼女は自分の友達からお金を巻き取っている』

 右側の紙には次のように記載されている。

『滝森 静は自分の体を利用して、男子生徒を利用する淫乱な女子生徒である』

 そして、真ん中には次のようなことが書かれている。

『滝森 静は小学校、中学校といじめを受けてきた本当は弱く可哀想な生徒である』

 全ての言葉を目の当たりにした彼女は全身を脱力させ、肩にかけていたカバンがずり落ちると、地面へと落ちた。カバンの重量により、落下音が教室全体に轟く。

 滝森さんは、質問してきた女子生徒に答えることなく無言を貫いていた。きっといまだに何が起こっているのかわからないのだろう。答えることをしないのではなく、できないが正しいことのように思う。だからこそ、僕は笑みを堪えることができなかった。

 三枚の紙は全て僕が作ったものだ。朝、誰よりも早く学校へ来て、この紙を黒板に貼ると図書館に行って、今の時間帯まで勉強に勤しんでいた。まあ、自分の仕業がバレていないか心配でろくに勉強をすることはできなかったのだが。

 これらの言葉には嘘も入っている。端二つに関しては事実と嘘を混ぜることによって、うまい具合に彼女の弁明を難しくしている。真ん中に関しては、真実かどうかはわからない。彼女が僕を利用するために嘘をついていたとすれば、事実ではない。

 だが、端二つに事実が記載されていることで真ん中の事柄も現実味を帯びてくるのは確かだろう。

 さて、滝森さんはどのようにこの窮地を抜け出すのか、楽しみで仕方がない。

 少しして冷静を取り戻した彼女は紙から視線を外し、目の前にいる生徒たちを見る。開いた口はいまだに塞がることはない。だが、声は発せずにいた。

 この沈黙こそが、生徒たちの疑念の種となる。彼らは少しずつ書かれた事柄が真実であると感じ始めているだろう。

「おっはよー!」

 すると、静まった教室の雰囲気を壊すように明るい少女の声が教室に響き渡った。僕は彼女の姿を見て、小さく鼻を鳴らした。

 鬼頭 恵。彼女がこの惨事を目の当たりにして、何を思うのか期待していた。滝森さんが自分の暗い過去を一番見せたくない相手だからだ。

「どうしたの?」

 鬼頭もまた、教室のどんよりした雰囲気を察し、疑問の表情を浮かべる。

 横にいた滝森さんは鬼頭の声に反応することなく、立ち尽くしている。その姿に鬼頭が気づくと、滝森さんの視線の先へと顔を向けた。

「何……これ……」

 黒板に貼られた紙を目の当たりにし、そこに書かれた文字を理解すると、先ほどの明るさとは打って変わって、驚いたような表情を浮かべる。

「一体、誰がこんなことを!」

 だが、滝森さんとは違い、彼女の行動は早かった。人混みをかき分け、黒板の前に立つと貼られた紙を強引に取る。反動で紙は部分的に引き裂かれた。鬼頭は一心不乱に紙を取るとぐしゃりと握りしめる。

 黒板に正面を向けたまま、ほんの少し顔を滝森さんの方へと向ける。鬼頭もまた疑心暗鬼になっていることは間違いない。彼女の知る『貧相である』という事実が語られたことでこれら三つの事柄に対し、真実である可能性がほんの少しだけ浮上しているはずだ。

「みんな、ホームルームが始まるから一旦、自分の席に戻ろ」

 彼女の声は怒りがおさまっていないような低い声だった。教室のみんなはその声に怖気付いたのか颯爽と自分の席へと戻っていく。

「あの滝森さんがね……まさかあんなことをしていたなんて。それはいじめも起こるよね」

「本人、すごい形相だったけど、やっぱり本当なのかな」

 沈黙は強い肯定である。それを示すかのようにクラスのみんなはすっかりと黒板に書かれた事柄を信じ切っている様子だった。

 鬼頭はそれから滝森さんの方へといくと、何やら彼女に話しかけていた。だが、対する滝森さんは口を動かす様子は見られない。鬼頭は悲しげな視線で彼女を見ると、何やら喋り、地面に落ちたカバンを持って、滝森さんの背中を押した。

 クラスの騒音のせいで鬼頭が滝森さんに何を話したのかは僕にはわからなかった。

 よかったね滝森さん。僕は心の中でそう呟く。

 だって、これで念願の『鬼頭に自分の秘密を打ち明けること』が叶ったのだから。