【試用】信用スコア政策

「加藤、ちょっといい?」

 翌日、帰りのホームルームが終わるや否や僕は加藤の元へと足を運んだ。

 鈴木たちが集まってくる前に声を掛ける。四人が集まってから話をかけるのはこちら側としては都合が悪い。

「……」

 加藤は僕の方へと顔を向けると睨みつけるように僕の目を見る。普段なら怖気づくところだが、今の僕には全く気にならなかった。そんな幼稚なことで怯むほどやわな心構えではない。動揺することなく平然とした様子で加藤の視線に対抗する。

「いいぜ。場所は変えたほうがいいか?」

 やがて、加藤の方が先に折れると僕の誘いに乗ってきた。

「そうだね。教室じゃない方が助かる。こっちにきて」

 僕は後ろを振り向くと教室の外へ向けて歩き始めた。横目で加藤がついてきていることを確認しながら前へと進んでいく。加藤は言われるがまま静かに僕の後ろを付いてくる。

 後ろ盾なしでも僕ぐらいならなんとかなると思っているのだろう。とはいえ、今日は加藤を攻撃するつもりはない。

 廊下に入ると階段の方へと歩いていく。階段を駆け上り、屋上へとつながるところまでいく。屋上につながる扉は錠がかけられているため開けることはできない。だから僕は扉の前で体の向きを変えると加藤の方を向いた。

 加藤は僕と同じように扉の前までくると僕の右側に着く。階段にいると僕に強く押された際に大事になると思ったのだろう。警戒心の強いやつだ。

「それで話って何よ?」

「あんまり君とは一緒にいたくないから、単刀直入に言う。河川敷にいた段ボールに入った猫をどこにやった?」

「河川敷の猫? 何のことだ?」

「惚けなくていい。昨日君たちが河川敷にいるところをこの目ではっきりと見させてもらった。流石に知らないなんてことは言わせないぞ」

「たまたま河川敷にいただけって可能性は?」

「あんなピンポイントなところにいるわけはないだろ。それに、君たちの家はあそこから大きく離れている。あんな場所に偶然行くとは到底思えない」

「仮に俺たちが意図的にあそこにいたとしよう。お前が見た時、滝森が猫の毛布を手に持っていたりはしなかったか?」

 僕はそこで思わず、拳を握った。確かに僕の見た構図は滝森さんがヒカルの毛布を持っていた。否定できないまま無言を貫く。

「そうだろ。なら、こうとは考えられないか。河川敷には行かなくとも、たまたま河川敷沿いの道路を歩いていた。その際に、橋の下で何やら怪しい行動をしている滝森を発見し、声をかけた」

「滝森さんが猫をどこかへやったと言うのか?」

「そうだろ。俺たちはお前があそこで猫の世話をしていたなんて知る由もないのだからどこかにやるなんてできないだろう。まあ、滝森は知らないけどな」

 加藤の言葉に言い返すことはできず、歯噛みした。そうだ。加藤たちが僕があそこで猫の世話をしていたなんて知る由もないのだ。知っていたのなら、もっと早くからヒカルに何かをしていただろうから。

「なら、一つだけ聞かせてくれ」

 だからこそ、僕にとってはこの仮説しか出すことはできなかった。ここに呼び出した一つの理由がそれを確認するためなのだから。

「君と滝森さんの関係は何だ? もしかして、滝森さんが君たちとグルだったわけじゃないよな?」

 恐る恐る彼に尋ねる。彼は僕に怪訝な様子を浮かべた。その様子に握った手からは汗が滲み出ていた。

 いくら加藤に睨まれようが、怒気を与えられようが、それは全く気にならない。大事なのは滝森さんが加藤側がどうかということ。今までの彼女が僕に向けてくれた厚意が全て嘘だったと知らされるのは、どれだけ覚悟を決めようとも心に堪えるものだった。

 怪訝な様子を浮かべる加藤。その彼の口角が釣り上がり、不敵な笑みが零れ落ちる。その様子を目の当たりにして、僕は瞳孔を小さくした。

「かもしれないな。だって、お前みたいな孤独なやつを滝森が相手にするはずないもんな」

 加藤の言葉を受け、まるで心臓が弾けたかのように僕の体内が大きく疼いた。耐えられない恐怖と悲哀と憎悪が僕を押し寄せる。今すぐにここから逃げ出したい。だが、僕にはまだやるべきことがある。自分の限界を越え、グッと我慢をした。

「そうか。まだ一学期が始まって間もない頃、君が滝森さんに告白したのを鬼頭から聞いたけど、もしかしてその時に何かあったか。君、滝森さんに何かしたか?」

「さあ。どうだろうな。お前に言う必要はない」

「そうか。なら、聞き方を変えよう。君は羽田さんと付き合っているにも関わらず、滝森さんとも何らかの関係を築いていたのか。そうでなければ、滝森さんと君たちがグルだったと言うことは証明されないだろう」

「だから言っただろう。お前に言う必要はないって。なんで羽田の話題を出す?」

「気になってたからね。仮にも僕をいじめていた人間の情報だ。もしもの時に重宝させてもらおうと思ってね。それで否定をしないと言うことは少なからずそう言う関係があったと言うことと捉えてもいいのかな」

 加藤は僕の言葉に黙り込む。きっと、僕が何を考えているのか察知しようとしているのだろう。しばらく僕の目を睨みつけると、再び悪魔のような邪悪な笑みを浮かべた。

「そうだな。お前の言う通り、俺と滝森は何らかの関係を持っている。それでどうする? これを彩芽に伝えても、お前の言う事をあいつが聞くと思うか。俺の言葉とお前の言葉どちらをあいつが信用すると思ってるんだ。お前がいくら言おうと俺がそうでないと言えば、彩芽は俺を信じる。俺たちはそういう仲なんだ」

「そうか、やっぱり滝森さんは……」

 加藤たちのグループだったか。これで一方向からの証言は満たされた。僕は握りしめた拳をほどき、ゆっくり脱力した。

「僕も君と同じ意見だ。僕がいくら羽田さんにこのことを言い聞かせても、きっと羽田さんは信じてくれないと思う。だからさ……」

 僕は加藤の目に鋭い眼光を向けた。加藤は僕の瞳に何か嫌な予感が走ったのか眉をあげる。恐れた彼の様子を見ると、表情ひとつ変えず、階段の下の方向へと視線を逸らした。

「加藤の口から言ってもらおうと思ったんだ。羽田さんにね」

 視線を向けると一人の女子生徒がこちらへと姿を現す。紫気質の髪色に肩まで垂れ下がったミドルヘアに白色のカチューシャをつけている。

 彼女はうっすら瞼に涙を浮かべながら、敵意のこもった鋭い視線を向けていた。それは僕にではなく、僕の隣の加藤に。

「今の話、本当なの。宏大……」

 叫びたい気持ちを抑えているのか彼女の口周りにはシワが寄っていた。

「彩芽……ご、誤解だ。新田……お前、俺を罠にかけたのか」

「発言には注意したほうがいいよ。言えば、言うほど墓穴を掘るだけだから。良かったね、羽田さん、加藤の本性を知れて。あとは二人に任せるよ。僕は知りたいことが知れたから」

 そう言って、僕は階段を降りていく。

「待てっ!」

 加藤がそう言うが、聞かなかったことにして無視をする。僕が降りる代わりに羽田さんが逆に階段を昇り、加藤の方へと激しい足音を立てながら歩いていく。

「宏大っ! 教えて、滝森と一体何の関係があるの。私たち恋仲だよね。何でそんな事を隠してたの?」

 羽田さんの激しい口調が廊下全体に響き渡る。彼女の言葉に対し、加藤は何も言うことができないでいた。僕はそんな滑稽なやりとりに一瞬だけ目を配らせると、興味のなくなったように視線を前へと向け、視界から消していった。

 昨夜、僕は羽田さんと連絡を取り合った。クラスのグループチャットから彼女個人にメッセージを送ったのだ。『加藤は羽田さんの知らないところで滝森さんに浮気している可能性がある。信じられないかもしれないけれど、今日の放課後、屋上につながる扉の前で加藤と話すから盗み聞きすればわかるかもしれない』と。

 加藤の言うとおり、僕の言葉を羽田さんは鵜呑みにしなかった。だが、疑心暗鬼にはなったであろう。それさえあれば、ここに来る理由は十分だった。あとは、加藤の口から直接言わせて、真実であると伝えるだけ。これで加藤は悲惨な目に遭うことだろう。

 斯く言う羽田さんも加藤に内緒で、出会い系アプリで他の男をたぶらかせていたのだ。

 僕からすれば、二人はいい恋仲になりそうだよ。互いを騙しあう悪名高き恋仲にね。