学校から帰った僕は家の近くにある河川敷へと足を運んでいた。
暑さの続く今の時期、ここは天国だ。水辺で冷やされた空気が風に晒され、こちらへと流れてくる。さらに僕がいる場所は橋で影になっているため、日差しによる暑さもない。人工ではなく自然によって作られた涼しさというのは何と心地の良いものだろう。
「ヒカルー」
僕は目の前にある段ボールを覗くと中にいる猫に声をかけた。猫は目を丸くしながらこちらを見ている。僕が覗く前から人気を感じていたのだろう。濃い茶色をベースに黒の縞模様をもつ雑種だ。
キラキラした瞳に癒されながらもバッグからタッパーを取り出し、その猫、ヒカルに見せた。ヒカルは『ニャー』と鳴き声を上げると段ボールから出て、こちらへと寄ってきた。僕は彼女が寄って来るのと同時にタッパーの蓋を開ける。中には唐揚げが小刻みにされたものが入っている。今日の昼食の弁当に入っていたものを食べやすいようにハサミで細かく切っておいた。
ヒカルはタッパーの中の匂いを嗅ぐとゆっくりと食べ始めた。僕はヒカルの食べている様子を穏やかな目で眺めた。彼女は僕を気にせず、食に没頭している。よっぽどお腹が空いていたようだ。
ヒカルとは、今年の春に出会った。今は慣れたものだが、いじめが始まった四月くらいは現実を受け止めきれず、彼らと別れた後は人知れず涙を流す毎日だった。気分を落ち着かせようと帰宅途中にあるこの河川敷で川の音に癒されながら歩いていると、段ボールに入ったヒカルを見つけた。ヒカルは今日と同じように真ん丸とした目を僕に見せていた。まるで自分が捨てられたなんて気づいていないような様子だった。僕はそんな彼女に対し、寂しさと共に羨ましく思えた。僕も今自分がいじめられているという現実を知らなければ、目の前の猫のように明るく毎日を過ごすことができていたのだろうか。ヒカルとここで出会えたのは何かの縁だと思い、それから毎日エサを与えている。平日は弁当の残り、休日は小遣いで猫用のエサを買って与えた。元々飼い猫だったからだろうか人間に対する不信感はなく、直ぐに僕に懐いた。
ヒカルという名前は僕がつけたものだ。今の僕にとっての癒し、羨望であることからヒカルという名前にした。
「ピコンッ」
ヒカルの食べる様を眺めていると微かな音とともにポケットにしまっていたスマホが振動する。反射的にポケットのスマホを取ると通知の内容を確認した。
内容は僕のハマっているソーシャルゲーム『カルぺ・ディエム』内のチャットで『RIG』というユーザーからメッセージが来ているというものだった。アプリにログインして内容を確認する。
『リョウタさんのアドバイスの編成で高難易度クエスト初クリアできました!』
メッセージを見ると追加で写真が一枚送られてきた。
写真はクエストのボス撃破後に出る『クエスト クリア』を告げるエフェクト画面だった。左上のバーにあるダンジョンの名前を見ると、昨日RIGが苦戦していると言っていたダンジョンの名前が記されていた。僕はRIGへと返答する。
『おめでとう! そのダンジョン、稀に超レアアイテム落とすから周回すればかなり強くなれるよ』
メッセージを送るとRIGから再びメッセージが送られてくる。
『これ周回は難かしすぎますよ』
僕はアプリ内課金を促すようなスタンプを送る。RIGからは金欠を示すスタンプが返された。RIGの反応に思わず、吹き出してしまった。彼は生粋の無課金勢で、この手のスタンプを送ると毎回『イヤだ』という文言をくれるのだが、今回のクエストクリアでテンションが上がったのか課金に揺らいでいるところが何だか面白かった。
『いや、金あったらやる気だったのかよw』
そう送ると、照れたスタンプが返ってくる。これは乞うご期待だ。そう思いながら、アプリを閉じてスマホをポケットにしまう。ヒカルの方を向くと、彼女はまだ食事中だった。
RIGはソシャゲを通しての友達である。初めて連絡があったのは今から大体四ヶ月前だった。当時はまだアプリを始めたばかりみたいで低レベルの状態でフレンドの申請が来た。それまでの申請は大体自分のレベル周辺の人ばかりだったので、かなり印象的だった。最初は申請を放置したままの状態だったが、数日後にレベルを確認するとかなり上昇していたため期待を込めて、申請を承諾することにした。すると、申請してすぐに『登録ありがとう』のメッセージとともに編成で悩んでいるところの相談を持ちかけられた。それが最初の交流だった。以降、何かがあるとRIGは僕を頼ってくれた。
当時からいじめが始まったのもあってか、僕は自分の居場所確保のためにRIGと交流を多く取った。彼へのアドバイス、彼からの感謝を通して僕はこの世界に居て良いのだと思えた。よく考えれば、彼のフレンド申請を承諾したのは、誰かに何かしてあげたかったからという僕の無意識の意図があったのかもしれない。
RIGの成長は著しかった。僕調べではあるが、高難易度クエストは一般的に早くてプレイを始めてから半年はかかる。それを四ヶ月で無課金でクリアというのはかなり知的で戦略家であるとともにそれを実行するだけの努力ができるのだと思う。
将来が楽しみだと何だか上から目線でものを言いたくなった。もしかすると、僕を超えてしまうかもしれないから今のうちに偉くしておこう。こじつけな言い訳を人知れず心の中で唱えた。
思い出に浸っているとヒカルはすっかりとタッパーの中を空にしていた。容器についた脂も綺麗に舐めていた。今は満足げに前足を顔に擦り付けている。その姿が愛おしく、思わずヒカルの頭を撫でた。
空になったタッパーを取ると蓋を閉じ、バッグへとしまった。しばらくヒカルと戯れたところで僕は家へと帰った。
暑さの続く今の時期、ここは天国だ。水辺で冷やされた空気が風に晒され、こちらへと流れてくる。さらに僕がいる場所は橋で影になっているため、日差しによる暑さもない。人工ではなく自然によって作られた涼しさというのは何と心地の良いものだろう。
「ヒカルー」
僕は目の前にある段ボールを覗くと中にいる猫に声をかけた。猫は目を丸くしながらこちらを見ている。僕が覗く前から人気を感じていたのだろう。濃い茶色をベースに黒の縞模様をもつ雑種だ。
キラキラした瞳に癒されながらもバッグからタッパーを取り出し、その猫、ヒカルに見せた。ヒカルは『ニャー』と鳴き声を上げると段ボールから出て、こちらへと寄ってきた。僕は彼女が寄って来るのと同時にタッパーの蓋を開ける。中には唐揚げが小刻みにされたものが入っている。今日の昼食の弁当に入っていたものを食べやすいようにハサミで細かく切っておいた。
ヒカルはタッパーの中の匂いを嗅ぐとゆっくりと食べ始めた。僕はヒカルの食べている様子を穏やかな目で眺めた。彼女は僕を気にせず、食に没頭している。よっぽどお腹が空いていたようだ。
ヒカルとは、今年の春に出会った。今は慣れたものだが、いじめが始まった四月くらいは現実を受け止めきれず、彼らと別れた後は人知れず涙を流す毎日だった。気分を落ち着かせようと帰宅途中にあるこの河川敷で川の音に癒されながら歩いていると、段ボールに入ったヒカルを見つけた。ヒカルは今日と同じように真ん丸とした目を僕に見せていた。まるで自分が捨てられたなんて気づいていないような様子だった。僕はそんな彼女に対し、寂しさと共に羨ましく思えた。僕も今自分がいじめられているという現実を知らなければ、目の前の猫のように明るく毎日を過ごすことができていたのだろうか。ヒカルとここで出会えたのは何かの縁だと思い、それから毎日エサを与えている。平日は弁当の残り、休日は小遣いで猫用のエサを買って与えた。元々飼い猫だったからだろうか人間に対する不信感はなく、直ぐに僕に懐いた。
ヒカルという名前は僕がつけたものだ。今の僕にとっての癒し、羨望であることからヒカルという名前にした。
「ピコンッ」
ヒカルの食べる様を眺めていると微かな音とともにポケットにしまっていたスマホが振動する。反射的にポケットのスマホを取ると通知の内容を確認した。
内容は僕のハマっているソーシャルゲーム『カルぺ・ディエム』内のチャットで『RIG』というユーザーからメッセージが来ているというものだった。アプリにログインして内容を確認する。
『リョウタさんのアドバイスの編成で高難易度クエスト初クリアできました!』
メッセージを見ると追加で写真が一枚送られてきた。
写真はクエストのボス撃破後に出る『クエスト クリア』を告げるエフェクト画面だった。左上のバーにあるダンジョンの名前を見ると、昨日RIGが苦戦していると言っていたダンジョンの名前が記されていた。僕はRIGへと返答する。
『おめでとう! そのダンジョン、稀に超レアアイテム落とすから周回すればかなり強くなれるよ』
メッセージを送るとRIGから再びメッセージが送られてくる。
『これ周回は難かしすぎますよ』
僕はアプリ内課金を促すようなスタンプを送る。RIGからは金欠を示すスタンプが返された。RIGの反応に思わず、吹き出してしまった。彼は生粋の無課金勢で、この手のスタンプを送ると毎回『イヤだ』という文言をくれるのだが、今回のクエストクリアでテンションが上がったのか課金に揺らいでいるところが何だか面白かった。
『いや、金あったらやる気だったのかよw』
そう送ると、照れたスタンプが返ってくる。これは乞うご期待だ。そう思いながら、アプリを閉じてスマホをポケットにしまう。ヒカルの方を向くと、彼女はまだ食事中だった。
RIGはソシャゲを通しての友達である。初めて連絡があったのは今から大体四ヶ月前だった。当時はまだアプリを始めたばかりみたいで低レベルの状態でフレンドの申請が来た。それまでの申請は大体自分のレベル周辺の人ばかりだったので、かなり印象的だった。最初は申請を放置したままの状態だったが、数日後にレベルを確認するとかなり上昇していたため期待を込めて、申請を承諾することにした。すると、申請してすぐに『登録ありがとう』のメッセージとともに編成で悩んでいるところの相談を持ちかけられた。それが最初の交流だった。以降、何かがあるとRIGは僕を頼ってくれた。
当時からいじめが始まったのもあってか、僕は自分の居場所確保のためにRIGと交流を多く取った。彼へのアドバイス、彼からの感謝を通して僕はこの世界に居て良いのだと思えた。よく考えれば、彼のフレンド申請を承諾したのは、誰かに何かしてあげたかったからという僕の無意識の意図があったのかもしれない。
RIGの成長は著しかった。僕調べではあるが、高難易度クエストは一般的に早くてプレイを始めてから半年はかかる。それを四ヶ月で無課金でクリアというのはかなり知的で戦略家であるとともにそれを実行するだけの努力ができるのだと思う。
将来が楽しみだと何だか上から目線でものを言いたくなった。もしかすると、僕を超えてしまうかもしれないから今のうちに偉くしておこう。こじつけな言い訳を人知れず心の中で唱えた。
思い出に浸っているとヒカルはすっかりとタッパーの中を空にしていた。容器についた脂も綺麗に舐めていた。今は満足げに前足を顔に擦り付けている。その姿が愛おしく、思わずヒカルの頭を撫でた。
空になったタッパーを取ると蓋を閉じ、バッグへとしまった。しばらくヒカルと戯れたところで僕は家へと帰った。



