【試用】信用スコア政策

 ハロウィンパーティは大盛況だった。

 生徒の各々もハロウィンの衣装を着てきており、仲のいい同士は互いに見せ合って、自分の衣装をアピールしていた。

 また、ハロウィンに因んだゲームも大盛況だった。

 一巻きのトイレットペーパーを一人に巻いて、ミイラを作る速さと完成度を競い合う『ミイラゲーム』。蜘蛛の巣型の的に光るハリネズミのヨーヨーを投げて、ヨーヨーの置かれた枠に書かれた得点をゲットし、競い合う『スパイダーゲーム』。箱の中に入ったものを手触りだけで当てる『ブラックボックスゲーム』とゲーム内容は多種多様に渡った。

 最後に記念撮影、及びお菓子を配り子供達は帰っていった。

 鬼頭は会場の外まで送り出しを行い、その間に僕たち4人で後片付けを行っていた。

「滝森さん」

 おおかた片付け終えたところで、僕は滝森さんに呼びかけた。彼女はスマホへと目を通しており、僕の声に気づくことはなかった。急用の件で、何かやりとりをしているのだろうか。片付けの時に、スマホを見ていることから重要な件であるのは確かだろう。

 僕はゆっくりと彼女へと近づいていった。呼びかけに応じなかったので、肩を叩いて、こちらに意識を向けさせようと思った。

 それに滝森さんの言っていた『急用の内容』が気になったので、何か情報を得られないかとスマホの中身を覗いてみたかったのだ。下心がないわけではないが、それ以上に僕でよければ、彼女の力になってあげたかった。滝森さんの中には、普段接している時には感じない弱さがある。もしかすると、今回の急用も誰にも打ち明けられずに、一人で抱え込んでしまう可能性があるのだ。それだけは、させたくない。

「滝森さん」

 肩を叩き、彼女の名前を呼ぶ。身体に触れたことで彼女は我に返ったのか、見ていたスマホを素早くスリープさせ、胸元へと引っ込めると僕の方へと振り返った。

「ど、どうしたの?」

「えっと……」

 明らかに動揺した様子で応じる滝森さんに、僕もまた同調するように動揺した振る舞いを見せてしまった。

「その……来た時に言えなかったから、今言おうと思って。その……すごく似合ってる」

 僕は動揺を隠すように、頭を掻きながら彼女の姿を見て言った。別の要件で呼びかけたのだが、この状況で言うのは難しいと思い、クッションがてらの話題が欲しかった。そこで、未だ触れることができなかった彼女の衣装について感想を言うことにした。

 実際、滝森さんの魔女姿はとても美しかった。黒色の長袖に黒色のとんがり帽子。腿までの長さのフリルスカートと黒と水色のボーダーニーハイによって、微妙に垣間見える薄肌の綺麗な腿。襟の水色のリボンが黒に混ざり、華やかさが増していた。

 流石はいつも一緒にいるだけに、鬼頭のセンスは光り輝いていた。普通に衣装だけ見るのと滝森さんが来て見るのとでは同じに見えないほど彼女に合っていた。元々の素材が良いからと言うのももちろんある。

「あ、ありがとう。私もすごく気に入っている。流石は恵って感じだよね」

「うん、本当にそう思う」

 だが、この状態がまだ鬼頭の中では完成ではない。さらに改良を重ねて、滝森さん専用の衣装に変えていくみたいだ。彼女に言われた時は強がってしまったが、すごく見てみたいと思ってしまった。

「それで、滝森さん……この後のことなんだけど」

 メインであるハロウィンイベントは終わったが、滝森さんにとってのメインイベントはここからだ。僕は皆まで言わず、暗示するように彼女に問いかけた。

「うん、わかってる」

 滝森さんは僕に答えるように笑みを見せる。いつもの可愛げな表情ではなく、儚げで穏やかな笑みだった。当事者ではないものの僕の方も少し緊張する。

「いやはやっ! みんな、お疲れっ! 大盛況だったね!」

 そうこうしていると、送り出しをしていた鬼頭が帰ってきた。

「本当なら、このまま余韻に浸って『お疲れ様会』をやろうと思ったけど、明日は学校だし、準備とかで疲れていると思うから、今日はこれでお終い。また後日、この5人で『お疲れ様会』をやろう!」

 鬼頭はハロウィンイベントを締めるように僕たちに向かって、大きな声で言った。僕は滝森さんの方へと再び顔を向ける。彼女は僕の視線に気づくことなく、鬼頭を方を見つめていた。両手はスマホを持った状態で力強く胸元に置かれている。自分の鼓動を落ち着けているのだろう。僕はただただ心の中で『頑張れ』とエールを送った。

 心の準備をしている滝森さんをよそに、鬼頭の方からこちらへと向かってきた。

「静、今日はありがとう。子供たちにとても反響があったね。やっぱり、その衣装には人を惹きつける魅力があるのかな。ふっふっふ、これは改良のしがいがありそうね。後、ついでに新田もありがとう」

「散々、しゃべった後のついではひどいな」

 僕はまるで市販の弁当の漬物みたいな扱い方だ。いや、それ言いすぎたかもしれない。弁当の中でも『バラン』みたいな扱い方だ。

「仕方ないでしょ。ついでに入れてあげただけでも感謝しなさい」

 鬼頭はジト目でこちらを見る。たまたま視界に入ってしまったから、僕の方にも感謝を述べたような感じみたいだ。

「うんうん。こちらこそ、呼んでくれてありがとう。それに……私のためにここまでしてくれて」

 滝森さんはヒラリと体を回し、自分の衣装を見せる。

「んー、やっぱり静は綺麗だなー。魔女と書いて『天使』と呼びたいくらいだよ。優しいし、それでいて強いからね。うんうん」

「ありがとう、そう言ってもらえて嬉しい。……ねえ、恵……」

 滝森さんはふと、鬼頭の名前を言う。一言目と二言目の間には短くも大きな隙間があった。それに、二言目のトーンはやや低めだった。鬼頭も滝森さんの変化に気づいたのか、目を大きくして彼女を凝視する。

 いよいよ、滝森さんが鬼頭に秘密を打ち明ける。僕には、どうすることもできないが、せめて彼女のそばにはいてあげよう。そう思い、動くことなく佇んでいた。

「ん、ちょっと待ってね」

 だが、動かそうとした滝森さんの口を遮るように、鬼頭が彼女の前に手のひらを向けた。もう片方の手はポケットに入れ、中からスマホを取り出す。どうやら、誰かからのメッセージが通知で送られてきたようだ。嫌なタイミングで来てしまったものだ。

 鬼頭はスマホの画面を覗く。すると、先ほどまで上機嫌だった彼女の表情が曇っていくのがわかった。せっかくのハロウィンパーティで高揚した気分を帳消しにされたような感じに思えた。

「恵……何かあったの?」

 僕ですら気づく鬼頭の異変に滝森さんが気づかないはずもない。彼女は心配したように鬼頭へと声をかけた。

「いや……」

 鬼頭は滝森さんに微笑みかけると、視線を別の方向へと向けた。彼女の視線を追うと、諏訪さんの姿が見えた。諏訪さんにまつわることで何かあったのだろうか。鬼頭の感情が同調するように諏訪さんの表情にも曇りが見える。

「はあ……うんうん、なんでもない」

 取り繕うように笑顔で返事をする。

「でも……」

 しかし、取り繕った笑顔はすぐに消えた。やっぱり、メッセージには鬼頭が我慢できないほどの不満を抱く内容が書かれていたみたいだ。

「ほんと惨めだよ。本当は弱いくせに、強がりやがって」

 鬼頭の声には明らかな怒りが含まれていた。彼女の心はマグマのように沸々と煮え繰り返っていたのだろう。抑えきれなくなった思いが噴火するように言葉となる。それでも、なんとか抑えようとした結果、出てしまった言葉のような気がした。

 だが、この状況では一番言ってはいけない言葉だったかもしれない。

「それで、何だった?」

 鬼頭は話を戻すように、滝森さんに声を掛ける。

「えっと……うんうん、何でもない。また今度話させて」

 滝森さんは終始笑顔を保っていた。いつもの穏やかな笑みだ。でも、内心は真逆のはずだ。鬼頭の静かな噴火が彼女の地域を焼き尽くしていった。

「そっか。じゃあ、今日はこれで終わりだね」

「うん」

 そして、この日は特に何もなく、解散することとなった。

 最後に見た滝森さんの悲しげな後ろ姿を、僕は一生忘れることはないだろう。