【試用】信用スコア政策

 僕は〇〇駅の一番出口の端の方に立ち、スマホを弄っていた。

 時刻は12時20分。遅刻しないように多少余裕を持って家を出たところ、集合時間の15分前には目的地に到着することができた。

 到着した旨を鬼頭に伝え、今は『カルぺ・ディエム』の超高難易度クエストを周回していた。本当なら、今日はずっとこれに勤しむつもりでいたのだが、僕の中では滝森さんとの約束を果たす方が最優先事項であるため諦めることにした。

 それでも、完璧に諦めたわけではない。鬼頭が来るまでにはまだ時間がある。その時間を大いに活用することで少しでも周回の回数を増やすことにした。

 カルぺ・ディエムの周回に集中していると、画面上部からメッセージが一件表示された。

『私、鬼頭さん。今、あなたの目の前にいるの』

 メッセージを読んだ僕は反射的に顔を前に向ける。すると、鬼頭がムスッとした表情で僕を見ていた。薄茶色のパーカーに短パン。茶色の髪をポニーテール状に結んでいた。

 不意に現れた存在に驚き、後ろに一歩下がる。だが、後ろは駅の出口の手すりがあり、背面を強打した。「いっ!」と思わず痛みの声を漏らしてしまう。

「なーに熱中しているのよ? 数分前からここにいたんだけど」

「ご、ごめんなさい……」

 手元のスマホの時計を見ると、12時28分になっていた。カルぺ・ディエムに夢中ですっかりと時間のことを忘れてしまっていた。

 待ち人を無視して、ソシャゲの周回に勤しんでいたなんて、最悪なことをしてしまった。それもクラスの上位層である鬼頭に対して行ってしまったのはかなりの失態だ。

「まあ、いいや。面白いもん見れたしね。『いっ!』だってよ。ダサッ!」

 持っていたスマホで口元を隠し、不敵な笑みを浮かべる鬼頭。今度は逆に、僕がムスッとした表情で彼女を見た。怒っていないとは良かったけれど、人の不幸を見て笑うのはやめて欲しいものだ。

「仕方がないだろ。そりゃ、いきなりメッセージが送られてきて、目の前に人がいたら驚きもするっての」

「はははっ。メリーさん作戦大成功だったね。まあ、茶番はこれまでにして、急に呼び出して悪いね」

「いや。僕の方こそ、いきなり手伝いたいなんて言ってごめん」

「良いってことよ。助っ人は大いに越したことはないし、大勢の方がハロウィンパーティは盛り上がるからね。それじゃあ、行くとしますか」

 待ち合わせを済ませたところで、僕たちは歩き始めた。最初の場面では僕の羞恥の話題が発生したことで盛り上がったが、歩き始めるとすぐに互いに黙ったままの状態が続く。何か話題をと思うが、鬼頭と話せるような話題など特にない。それに人と話すのは得意ではない。特に自ら話しかけにいくのは。

 鬼頭はマイペースに歩いていく。僕と話そうという気は全然ない様子だ。つまらなそうにあくびをする。その様子を見て、話題がふと頭に浮かんだ。

「昨日は夜遅くまで起きていたけど、いつもあの時間まで起きてるの?」

「そんなわけないでしょ。ずっと、ハロウィンパーティの用意をしていたのよ。熱中してて、気づいたらあんな時間になっていたわけ。おかげで今日は寝不足なの」

「そうだったんだ。ハロウィンパーティって結構大変なんだね」

「まあ、私が凝り性ってのもあるけどね。今年は静が参加してくれるから、彼女用に荘厳な仮装を作ってあげたいってわけ。にも関わらず、あんたが参加したいっていうから、昨日の間に静の衣装を作ったのよ」

「衣装は自分たちで作ってるんだ?」

「予算が少ないからね。下手にお店のものを買うよりも自分たちで作った方が安いし、思い出に残るから作ることにしたの」

「そうだったんだ。滝森さんの衣装はどれくらいで完成したの?」

「今朝の5時。完成を目にして、そのまま気絶するように倒れたから、あんまり正確な時間は覚えてないな。起きたら、11時半だったから急いで支度してきた」

「なんかごめんね……」

「良いわよ。他ならぬ静からのお願いだからね。あんたからお願いされたら、絶対に断ってたけど。静の衣装のクオリティを下げて、あんたの衣装作成するなんて言語道断だからね」

「でも、僕の衣装のために遅くまでやって完成させたんだ」

「言ったでしょ、他ならぬ静の願いだから。私が『新田の衣装を作る時間がないから無理』って言ったら、静なら『私の衣装のクオリティを下げて良いから』とか『じゃあ、私が作る』とか言うと思うからね。ただでさえ、自分のことだけで忙しいはずなのに、それ以上の迷惑はかけられないわよ」

「鬼頭さんって、滝森さんのこと大好きだね」

「当たり前でしょっ。親友なんだから。それに、私にとっては憧れなのよ。あんなに格好良くて、優しくて、強い人間、そうそういないからね」

 先ほどまで僕の方を向いていた鬼頭だったが、自分が思っている滝森さんへの思いを話す際には、視線を外し、前を見据えた。澄ましたような表情は彼女の中で、何か別に思うところがあるようだった。僕にはわからない。おそらく、過去に何かあったのだろう。

 ただ、昨日の滝森さんの様子を見る限り、今の鬼頭の言っている言葉が全て当てはまっているわけではない。彼女は『強い人間』ではなく、『強くあろうとする弱い人間』なのだ。それを鬼頭に伝えた際、彼女はなんて思うだろうか。

「まあ、私に迷惑をかけることを申し訳なく思っているのならば、新田にはたくさん仕事を与えてあげなければね」

 鬼頭は再び僕の方を見ると不敵に笑う。先ほどまでの澄ました表情は嘘みたいに亡くなっていた。

「新田くん、来週の予定をお聞きしてもよろしいこと?」

 すごく嫌な予感がする。来週は学校とヒカルに餌をあげる以外は特に何も用事はない。だが、それを言ってしまったら絶対にこき使われる。そうなれば、来週までの超高難易度クエストの周回に支障を来しかねない。

「えっと、特に何もないです」

 だからと言って、『滝森さんとの約束』や『鬼頭の頑張り』を踏みにじるマネはできない。周回は深夜でもできるし、またどこかのタイミングで再来してくれるだろうから、その時に頑張ろう。

「よっしゃ! じゃあ、これからハロウィンパーティまでの間は私の家で作業ができそうだね。今日は一日中暇なわけだし、使いがいがありそうだね」

「お、お手柔らかにお願いします」

「任せんしゃい! というわけでまずは!」

 そういうと鬼頭は僕の方をぎゅっと握り、動きを止めた。握った手とは反対側の手を挙げ、人差し指を伸ばす。彼女の指先を覗くとデパートの姿があった。

「買い出しからスタートよ。ちょうど、『荷物持ち』兼『社会クラス6』の人間がいるんだからね」

 鬼頭は目を光らせ、僕を見る。そういえば、予算が少ないって言っていたな。僕の参加を承諾してくれた一つにこれもあるのかもしれない。とはいえ、僕オンリーの力であるのだから最大限に使ってもらおう。

 お手柔らかにと言ったものの、全く手を柔らげる気のない鬼頭に僕は仄かにため息をついた。