休日に入った。僕は約束通り、滝森さんと一緒に大型ショッピングモールで買い物をした。この前と同じように、まずヒカルの餌を買うためにホームセンターへ足を運んだ後、食料品売り場で滝森さんの買い物に付き合った。
今は屋外へと出て二人雑談を交わしながら、ヒカルのいる河川敷へと歩いていた。
「今日も付き合ってくれてありがとう。それに荷物まで持ってもらっちゃって、ごめんね。疲れたら、いつでも言って。無理はしなくて大丈夫だから」
横に並ぶ滝森さんが僕の様子を見て言う。僕は前に果たすことのできなかった荷物持ちを務めていた。本日の買い物分は少ないようで、一つのバッグで事足りていた。
「ありがとう。でも、大丈夫。まだ体力は有り余っているから」
前回の経験を踏まえ、買い物をする際にはカートを使っていた。そのため、腕の筋力の疲労はまだない。
「それにしても、今日は冷蔵するか否かで分けなくて良かったの?」
前に行った時は、カゴを冷蔵するか否かで分けており、バッグもそれに則って仕分けしていた。だが、今日に関しては混ぜて一つのバッグに入れている。
「うん。今日は片腕が塞がっているからね。あまり荷物は持たないようにしたんだ」
滝森さんはそう言って、肩にかけていたショルダーバッグを見せる。中にはいろいろなものが入っているようでバッグのそこは膨れ上がっていた。ちらっと見たところ教科書の類が入っている。おそらく、ヒカルに会ってから勉強にでもしに行くのだろう。塾の講義があるのか、特別講習を受けに行くのか。どちらにしろ、今日も今日とて滝森さんは多忙だ。
講習を受けに行くからか今日のコーディネーションは大人っぽさがあった。Tシャツに薄茶色のテーラードジャケット、下はデニムパンツといった服装だ。いつもは垂らしている黒髪は本日はポニーテール状に止めてある。
まだ私服姿を見るのは二回目だが、相変わらず何を着ても似合う。
それに比べて、自分のファッションは陳腐なものだ。白色のTシャツに黒と灰色のチェックのシャツを羽織り、薄茶色のジーンズを履いているといったラフな格好だ。これらは全て両親に買ってもらった。滝森さんに会うために見繕うと思ったが、あまりにも種類がなさすぎて、結局いつものコーデになってしまった。
今後は自分で購入しようと決心したが、それに至ったのが昨夜だったため遅すぎた。
「そういえば、信用スコアの方はどう?」
赤信号で止まっている最中、僕はふと滝森さんに問いかける。
僕としては、滝森さんの信用スコアの情報は常に知っておきたい思いだ。彼女の力になりたいと思っているが、今の僕にできる数少ない援助の一つが『信用スコア』なのだ。社会クラス6の力を使うことで貧しい彼女の生活の手助けができている。
だが、滝森さんも社会クラス6に近い位置にいる。前に聞いた時は594と言っていた。社会クラス6まで残り6ポイント。そろそろ昇格してもおかしくないスコアだ。
「592ポイント。前よりも2ポイント下がっちゃよ」
僕の考えとは裏腹に滝森さんのポイントは下がっていた。ポイントを聞いた僕は思わず安堵してしまった。想い人のスコアが下がってしまったことに対して、普通は落ち込むべきだろう。だが、気分が上々してしまうのは僕の弱さの所以だ。
「やっぱり、社会クラスが一つ上がるステップに位置しているとポイントが上がりにくいようになっているのかな? 新田くんはどれくらいなの?」
「僕は632ポイント」
この数日間で善行を重ね、さらにポイントを増やすのに成功した。テストが終わった日以来、いじめは行われていないため僕が講じた善意だ。
「すごいね! どんどん上がっていってるね。羨ましいな」
「でも、滝森さんの言う通り、社会クラス6になる直前と今では数値の上がり方の難易度が違うかも。直前の方が上がりにくかったし、下がりやすかった気がする」
もちろん、これは確証的なものではない。僕はいじめを受けたことによる影響で590ポイント代に行くことなく600ポイント代になった。そのため、指標は580ポイント代になる。それでも、今よりも前の方が上がりにくかったように感じた。
「AIによる指標だから推測はしにくいよね。色々と試行錯誤してみたけど、上がり方の推移がいまいち掴めないんだよね」
どうやら滝森さんも僕と同じように信用スコアのポイント推移の方法については実際に試してみているらしい。そうなると、やはり社会クラス6になるのは時間の問題だろう。阻止するには鬼頭に頼るしかない。
談笑しているとあっという間に河川敷へと辿り着いた。
階段を降り、ヒカルのいる橋の下へと足を運ぶ。
「風が気持ちいいねー」
なだらかに流れる川を横目に、流れる微風を心地よく感じていた。
「夏の時期は昼寝に最適なほど心地よかった。今は少し寒いくらいかな」
秋のど真ん中。もうすぐ冬がやってくるこの時期は川から流れてくる涼風は寒く感じる。だからこそ、今日はヒカルのためにブランケットを購入したのだ。
橋の影になるところに行くと、橋の土台の近くに段ボールが置かれている。中を覗くと、ヒカルがこちらを覗いていた。
「わー、可愛い」
ヒカルと目のあった滝森さんは瞳を輝かせ、晴れやかな笑顔を灯した。満面に微笑む彼女の姿を見て、ここに連れてきてよかったと心から思った。
「撫でても大丈夫かな?」
「大丈夫だと思う。元々、飼い猫だったのか人懐っこいタイプだから」
滝森さんは恐る恐るヒカルへと手を伸ばす。引っ掻かれることを警戒していると言うよりは、ヒカルが怖がらないように配慮した手つきだ。
伸びてくる手にヒカルは特に恐怖を抱くことなく、素直に撫でられた。ヒカルが警戒していないとわかると滝森さんは落ち着いた手つきでひかるを撫で回す。ヒカルは手つきが気持ちいいのか体をひねらせ、お腹をみせながら寝転んだ。
閑散とした空間だからかヒカルから響くゴロゴロという音が耳に届く。彼女に撫でられてさぞかし気持ちいいのだろう。
自分に心を開いてくれたヒカルの様子を見て、滝森さんは癒されていた。うっとりとした表情で体のあちらこちらを撫で回す。そんな彼女の様子を見て、僕もまた癒されていた。
「そうだ。ブランケットを引くために一回ヒカルを段ボールから出そうと思うんだ。手伝ってもらってもいい?」
「いいけど、抱っこして嫌がったりしないかな? 撫でるのは大丈夫そうだったけど」
「大丈夫だとは思う。けど、ヒカルには自分から出てきてもらおうと思うんだ。バッグなんだけど、地面に置いたりしてもいい?」
「うん、気にしないよ」
許可が取れたところで食品の入ったバッグを地面へと置いた。汚れができないように草木が茂っており、砂がつきにくそうな場所に置く。
片手が空いたところで、持参していた自分のバッグに手をかけた。中から空のタッパー、業務用ハサミ、そして猫用の焼かつおを取り出す。
「滝森さん、ヒカルの餌やりをお願いしてもいいかな?」
「うんっ! やる!」
滝森さんはノリノリな様子で承諾する。穏やかな彼女とは打って変わって、小さい子供のような陽気な声で受け答えする。瞳は夜空の光る星のようにキラキラしていた。
僕はたじろぎながらも、タッパーとハサミを彼女に渡す。焼カツオは封を開けて、ヒカルへと一度見せる。ヒカルは顔を前に出し、鼻を動かす。焼カツオの見慣れた形、匂いを感じ取ると勢いよく段ボールから出てきた。
「はい、これ。ハサミで食べやすそうな大きさに切ってもらって、タッパに入れてもらっていい?」
「わかった。ヒカルちゃん、こっちにおいで」
滝森さんは僕からカツオを渡されると一定の距離を空けてヒカルを呼び出す。僕が作業しやすいように離れた場所で餌やりをしようと思ってくれたみたいだ。
僕は感謝をしつつ、バッグから先ほど買ったブランケットを取り出す。商品バーコードのついた紙を取り、装飾をなくす。段ボールを開き、ブランケットを配置する。完全に縦横が一致するわけではない。はみ出した部分をどう処理するか考える。そのまま広げるか、折り畳むか。
「あんまり急いで食べたら喉詰まらせるよ。ふふっ、可愛い」
後ろから滝森さんがヒカルと戯れている声が聞こえる。その声に惹かれ、思考が遮断されそうになるが、何とか耐える。
考えた末、変に引っかけないように折り畳んで縦横を合わせることにした。
一度全体を広げて配置し、はみ出した部分に折り目をつける。その後、綺麗に畳んで段ボールの底に敷いた。手先が器用なことが功を奏し、ブランケットを縦横きれいに合わせて、敷くことができた。
「よしっ!」
誰にも聞かれないように一人でに声を漏らすと後ろを振り返る。好きな人と猫が戯れている様子を早く見てみたかった。
振り向くと彼女らの様子が見える。ヒカルは熱心にカツオを食べていた。対して、滝森さんはヒカルからの視線を外し、斜め上の方を見ていた。河川敷の上の道の方向だ。
「滝森さん、何かあった?」
そう問いかけながらも彼女に近寄り、同じ方面を見る。だが、彼女の見る先には特に何もなかった。
「うんうん、何でもない。それよりも、エサの大きさってこれくらいで良かったかな?」
滝森さんは我に返ったかのように表情をハッとさせる。だがすぐに僕に向けて微笑みを見せる。彼女の視線の先に何もなかったということは考え事をしていて、視線を外していたということだろうか。
「バッチリ」
とはいえ、滝森さんに先手を打たれて質問されてしまったことで、会話の流れ上、僕からその話題に触れることは難しくなった。「バッチリ。ところでさっきのことなんだけど」みたいにぶり返すのは、煩わしい人間だと思われかねない。僕が当事者と確証がなければ、できない芸当だ。
滝森さんのエサの切り方は小刻みだった。ヒカルが餌を喉に詰まらせないように配慮してのことだろう。この小さな気遣いは滝森さんの優しい性格が出ているような気がした。
僕は彼女たちの邪魔をしないようにゆっくりと近づきつつ、滝森さんの横にしゃがみ込んだ。僕と滝森さんの距離に微妙な隙間があるのは、僕が未だに彼女との距離感を掴みかねている証だ。
「ヒカルちゃん、美味しそうに食べてるね。ほら、撫でても気にしないほど熱心だよ」
滝森さんは必死に頬張るヒカルの頭を優しく撫でる。ヒカルは嫌がる様子を一切見せない。美味しいものにありついているからか、滝森さんの手つきが気持ちいいのか、どちらもという可能性だってある。
「こんなに可愛いのに、捨てられちゃうなんて可哀想だね。新田くんの家はお母さんが猫アレルギーだから飼えないんだよね。私の家で飼ってあげたいけど、住んでるアパートはペットの飼育は原則禁止だからな」
「でも、ヒカルはここにずっといてくれている。だから今はこの場所でヒカルを世話してあげよう」
「そうだね。私もここに来て大丈夫かな。ヒカルちゃんに色々としてあげたいから」
「うん、滝森さんがいてくれるとヒカルもきっと喜んでくれると思う。でも、鬼頭とかには内緒にしてもらっていい? 流石に大勢で来られるとヒカルも怯えてしまうと思うから」
「わかった。二人だけの秘密だね」
その言葉に僕は思わず、ドキッとした。二人だけの秘密。なんて良い響きだろう。
「ところで、これからは講習とか受けに行くの?」
照れた表情を悟られないように話題を変えつつ、立ち上がる。体は少し熱くなっていた。
「えっ? いや、特に要はないよ」
滝森さんの不思議そうな表情に、僕は呆気に取られた。上昇した体温が一気に冷めていくのが分かった。
「じゃあ、なんで勉強道具を?」
「あ、バレてた? 実は、新田くんにお願いしたいことがあって、ね?」
滝森さんは自分のバッグの中を覗くと、照れるように僕に微笑みかける。勉強がらみでお願いということは『わからない部分』を教えて欲しいというものだろうか。
「うん、僕にできることなら」
僕は自信満々に彼女に語りかける。今は滝森さんに頼られることが何よりも幸福なのだ。
「じゃあ、お願い聞いてもらおうかな?」
そうして、滝森さんは僕にある要件を話した。僕は彼女の言葉に思わず、目を丸くした。
今は屋外へと出て二人雑談を交わしながら、ヒカルのいる河川敷へと歩いていた。
「今日も付き合ってくれてありがとう。それに荷物まで持ってもらっちゃって、ごめんね。疲れたら、いつでも言って。無理はしなくて大丈夫だから」
横に並ぶ滝森さんが僕の様子を見て言う。僕は前に果たすことのできなかった荷物持ちを務めていた。本日の買い物分は少ないようで、一つのバッグで事足りていた。
「ありがとう。でも、大丈夫。まだ体力は有り余っているから」
前回の経験を踏まえ、買い物をする際にはカートを使っていた。そのため、腕の筋力の疲労はまだない。
「それにしても、今日は冷蔵するか否かで分けなくて良かったの?」
前に行った時は、カゴを冷蔵するか否かで分けており、バッグもそれに則って仕分けしていた。だが、今日に関しては混ぜて一つのバッグに入れている。
「うん。今日は片腕が塞がっているからね。あまり荷物は持たないようにしたんだ」
滝森さんはそう言って、肩にかけていたショルダーバッグを見せる。中にはいろいろなものが入っているようでバッグのそこは膨れ上がっていた。ちらっと見たところ教科書の類が入っている。おそらく、ヒカルに会ってから勉強にでもしに行くのだろう。塾の講義があるのか、特別講習を受けに行くのか。どちらにしろ、今日も今日とて滝森さんは多忙だ。
講習を受けに行くからか今日のコーディネーションは大人っぽさがあった。Tシャツに薄茶色のテーラードジャケット、下はデニムパンツといった服装だ。いつもは垂らしている黒髪は本日はポニーテール状に止めてある。
まだ私服姿を見るのは二回目だが、相変わらず何を着ても似合う。
それに比べて、自分のファッションは陳腐なものだ。白色のTシャツに黒と灰色のチェックのシャツを羽織り、薄茶色のジーンズを履いているといったラフな格好だ。これらは全て両親に買ってもらった。滝森さんに会うために見繕うと思ったが、あまりにも種類がなさすぎて、結局いつものコーデになってしまった。
今後は自分で購入しようと決心したが、それに至ったのが昨夜だったため遅すぎた。
「そういえば、信用スコアの方はどう?」
赤信号で止まっている最中、僕はふと滝森さんに問いかける。
僕としては、滝森さんの信用スコアの情報は常に知っておきたい思いだ。彼女の力になりたいと思っているが、今の僕にできる数少ない援助の一つが『信用スコア』なのだ。社会クラス6の力を使うことで貧しい彼女の生活の手助けができている。
だが、滝森さんも社会クラス6に近い位置にいる。前に聞いた時は594と言っていた。社会クラス6まで残り6ポイント。そろそろ昇格してもおかしくないスコアだ。
「592ポイント。前よりも2ポイント下がっちゃよ」
僕の考えとは裏腹に滝森さんのポイントは下がっていた。ポイントを聞いた僕は思わず安堵してしまった。想い人のスコアが下がってしまったことに対して、普通は落ち込むべきだろう。だが、気分が上々してしまうのは僕の弱さの所以だ。
「やっぱり、社会クラスが一つ上がるステップに位置しているとポイントが上がりにくいようになっているのかな? 新田くんはどれくらいなの?」
「僕は632ポイント」
この数日間で善行を重ね、さらにポイントを増やすのに成功した。テストが終わった日以来、いじめは行われていないため僕が講じた善意だ。
「すごいね! どんどん上がっていってるね。羨ましいな」
「でも、滝森さんの言う通り、社会クラス6になる直前と今では数値の上がり方の難易度が違うかも。直前の方が上がりにくかったし、下がりやすかった気がする」
もちろん、これは確証的なものではない。僕はいじめを受けたことによる影響で590ポイント代に行くことなく600ポイント代になった。そのため、指標は580ポイント代になる。それでも、今よりも前の方が上がりにくかったように感じた。
「AIによる指標だから推測はしにくいよね。色々と試行錯誤してみたけど、上がり方の推移がいまいち掴めないんだよね」
どうやら滝森さんも僕と同じように信用スコアのポイント推移の方法については実際に試してみているらしい。そうなると、やはり社会クラス6になるのは時間の問題だろう。阻止するには鬼頭に頼るしかない。
談笑しているとあっという間に河川敷へと辿り着いた。
階段を降り、ヒカルのいる橋の下へと足を運ぶ。
「風が気持ちいいねー」
なだらかに流れる川を横目に、流れる微風を心地よく感じていた。
「夏の時期は昼寝に最適なほど心地よかった。今は少し寒いくらいかな」
秋のど真ん中。もうすぐ冬がやってくるこの時期は川から流れてくる涼風は寒く感じる。だからこそ、今日はヒカルのためにブランケットを購入したのだ。
橋の影になるところに行くと、橋の土台の近くに段ボールが置かれている。中を覗くと、ヒカルがこちらを覗いていた。
「わー、可愛い」
ヒカルと目のあった滝森さんは瞳を輝かせ、晴れやかな笑顔を灯した。満面に微笑む彼女の姿を見て、ここに連れてきてよかったと心から思った。
「撫でても大丈夫かな?」
「大丈夫だと思う。元々、飼い猫だったのか人懐っこいタイプだから」
滝森さんは恐る恐るヒカルへと手を伸ばす。引っ掻かれることを警戒していると言うよりは、ヒカルが怖がらないように配慮した手つきだ。
伸びてくる手にヒカルは特に恐怖を抱くことなく、素直に撫でられた。ヒカルが警戒していないとわかると滝森さんは落ち着いた手つきでひかるを撫で回す。ヒカルは手つきが気持ちいいのか体をひねらせ、お腹をみせながら寝転んだ。
閑散とした空間だからかヒカルから響くゴロゴロという音が耳に届く。彼女に撫でられてさぞかし気持ちいいのだろう。
自分に心を開いてくれたヒカルの様子を見て、滝森さんは癒されていた。うっとりとした表情で体のあちらこちらを撫で回す。そんな彼女の様子を見て、僕もまた癒されていた。
「そうだ。ブランケットを引くために一回ヒカルを段ボールから出そうと思うんだ。手伝ってもらってもいい?」
「いいけど、抱っこして嫌がったりしないかな? 撫でるのは大丈夫そうだったけど」
「大丈夫だとは思う。けど、ヒカルには自分から出てきてもらおうと思うんだ。バッグなんだけど、地面に置いたりしてもいい?」
「うん、気にしないよ」
許可が取れたところで食品の入ったバッグを地面へと置いた。汚れができないように草木が茂っており、砂がつきにくそうな場所に置く。
片手が空いたところで、持参していた自分のバッグに手をかけた。中から空のタッパー、業務用ハサミ、そして猫用の焼かつおを取り出す。
「滝森さん、ヒカルの餌やりをお願いしてもいいかな?」
「うんっ! やる!」
滝森さんはノリノリな様子で承諾する。穏やかな彼女とは打って変わって、小さい子供のような陽気な声で受け答えする。瞳は夜空の光る星のようにキラキラしていた。
僕はたじろぎながらも、タッパーとハサミを彼女に渡す。焼カツオは封を開けて、ヒカルへと一度見せる。ヒカルは顔を前に出し、鼻を動かす。焼カツオの見慣れた形、匂いを感じ取ると勢いよく段ボールから出てきた。
「はい、これ。ハサミで食べやすそうな大きさに切ってもらって、タッパに入れてもらっていい?」
「わかった。ヒカルちゃん、こっちにおいで」
滝森さんは僕からカツオを渡されると一定の距離を空けてヒカルを呼び出す。僕が作業しやすいように離れた場所で餌やりをしようと思ってくれたみたいだ。
僕は感謝をしつつ、バッグから先ほど買ったブランケットを取り出す。商品バーコードのついた紙を取り、装飾をなくす。段ボールを開き、ブランケットを配置する。完全に縦横が一致するわけではない。はみ出した部分をどう処理するか考える。そのまま広げるか、折り畳むか。
「あんまり急いで食べたら喉詰まらせるよ。ふふっ、可愛い」
後ろから滝森さんがヒカルと戯れている声が聞こえる。その声に惹かれ、思考が遮断されそうになるが、何とか耐える。
考えた末、変に引っかけないように折り畳んで縦横を合わせることにした。
一度全体を広げて配置し、はみ出した部分に折り目をつける。その後、綺麗に畳んで段ボールの底に敷いた。手先が器用なことが功を奏し、ブランケットを縦横きれいに合わせて、敷くことができた。
「よしっ!」
誰にも聞かれないように一人でに声を漏らすと後ろを振り返る。好きな人と猫が戯れている様子を早く見てみたかった。
振り向くと彼女らの様子が見える。ヒカルは熱心にカツオを食べていた。対して、滝森さんはヒカルからの視線を外し、斜め上の方を見ていた。河川敷の上の道の方向だ。
「滝森さん、何かあった?」
そう問いかけながらも彼女に近寄り、同じ方面を見る。だが、彼女の見る先には特に何もなかった。
「うんうん、何でもない。それよりも、エサの大きさってこれくらいで良かったかな?」
滝森さんは我に返ったかのように表情をハッとさせる。だがすぐに僕に向けて微笑みを見せる。彼女の視線の先に何もなかったということは考え事をしていて、視線を外していたということだろうか。
「バッチリ」
とはいえ、滝森さんに先手を打たれて質問されてしまったことで、会話の流れ上、僕からその話題に触れることは難しくなった。「バッチリ。ところでさっきのことなんだけど」みたいにぶり返すのは、煩わしい人間だと思われかねない。僕が当事者と確証がなければ、できない芸当だ。
滝森さんのエサの切り方は小刻みだった。ヒカルが餌を喉に詰まらせないように配慮してのことだろう。この小さな気遣いは滝森さんの優しい性格が出ているような気がした。
僕は彼女たちの邪魔をしないようにゆっくりと近づきつつ、滝森さんの横にしゃがみ込んだ。僕と滝森さんの距離に微妙な隙間があるのは、僕が未だに彼女との距離感を掴みかねている証だ。
「ヒカルちゃん、美味しそうに食べてるね。ほら、撫でても気にしないほど熱心だよ」
滝森さんは必死に頬張るヒカルの頭を優しく撫でる。ヒカルは嫌がる様子を一切見せない。美味しいものにありついているからか、滝森さんの手つきが気持ちいいのか、どちらもという可能性だってある。
「こんなに可愛いのに、捨てられちゃうなんて可哀想だね。新田くんの家はお母さんが猫アレルギーだから飼えないんだよね。私の家で飼ってあげたいけど、住んでるアパートはペットの飼育は原則禁止だからな」
「でも、ヒカルはここにずっといてくれている。だから今はこの場所でヒカルを世話してあげよう」
「そうだね。私もここに来て大丈夫かな。ヒカルちゃんに色々としてあげたいから」
「うん、滝森さんがいてくれるとヒカルもきっと喜んでくれると思う。でも、鬼頭とかには内緒にしてもらっていい? 流石に大勢で来られるとヒカルも怯えてしまうと思うから」
「わかった。二人だけの秘密だね」
その言葉に僕は思わず、ドキッとした。二人だけの秘密。なんて良い響きだろう。
「ところで、これからは講習とか受けに行くの?」
照れた表情を悟られないように話題を変えつつ、立ち上がる。体は少し熱くなっていた。
「えっ? いや、特に要はないよ」
滝森さんの不思議そうな表情に、僕は呆気に取られた。上昇した体温が一気に冷めていくのが分かった。
「じゃあ、なんで勉強道具を?」
「あ、バレてた? 実は、新田くんにお願いしたいことがあって、ね?」
滝森さんは自分のバッグの中を覗くと、照れるように僕に微笑みかける。勉強がらみでお願いということは『わからない部分』を教えて欲しいというものだろうか。
「うん、僕にできることなら」
僕は自信満々に彼女に語りかける。今は滝森さんに頼られることが何よりも幸福なのだ。
「じゃあ、お願い聞いてもらおうかな?」
そうして、滝森さんは僕にある要件を話した。僕は彼女の言葉に思わず、目を丸くした。



