【試用】信用スコア政策

 ゲームセンターでの遊びを終えた僕らは、それから色々なことを嗜んだ。

 ボウリング、パターゴルフ、フットサル、バスケ、ビリヤード、卓球、セグウェイなどのモビリティアイテムの体験。この半年間、複数人で遊ぶ際は『いじめ』を主体とした遊びだったから、ただ純粋に遊びを楽しんだのは久しぶりだった。

 薄気味悪い笑顔ではなく、純真な笑顔を見せるみんなに僕も微笑まずにはいられなかった。上手下手を取らず、ただ楽しむだけのスポーツ。アドバイスを受け、うまくできた時の興奮は計り知れない。

 とはいえ、ずっと遊び続けられるほど、僕の体力は無限にはない。現在、僕は「はあはあ」と息を取り乱しながら、人知れず館内のソファでぐったりと寛いでいた。

 みんなはまだ遊ぶ体力が残っているようで、バッティングに花を咲かせている。運動音痴な鬼頭でさえも体力は有り余っているようで疲れている様子を見せていない。

「シャーイッ!」

 むしろ後半にかけては体力が元に戻りつつあるのではないかと思うほど活発だ。ボールを打ち、吠える彼女を見てそう思った。余程この月に連続したテストによるストレスが溜まっていたのだろう。

 流石にあんな風にはなれないな。僕はそう思いながら、スマホを取り出し、『カルペ・ディエム』のアプリを開いた。本日まだログインしていなかったため、忘れないうちにログインボーナスだけはもらっておこうと思った。連続ログイン日数が切れると貰えるアイテムの質が下がってしまう。

 アプリを開くと、アップデートをする旨を伝えられる。そこであることを思い出した。

 本日より超高難易度クエストが始まる予定だった。前に一度開かれたことのあるクエストだ。試行錯誤の末、周回ができるパーティを完成させたが、クエスト終了日の一日前で思うように周ることができなかった。

 そのため、今回開催されるクエストを楽しみにしていたのだが、すっかり忘れていた。

 今のうちに消費できるスタミナは全部使ってしまおう。幸い、今のうちに全て消費してしまえば、帰る頃までに最大まで溜まっているということは起こらないだろう。

 通信量を気にしつつも、アップデートして、アプリを始める。まず、目的だったログインボーナスを無事ゲットすることができた。

「新田くんっ!」

 画面に注力していると、右側から滝森さんの声が聞こえてきた。反射的に顔は彼女の方を向く。滝森さんは二本のペットボトルを抱えてこちらへとやってきた。どちらも天然水のペットボトルだ。

「はい、これ」

 そう言って、一本を僕に差し出す。

「別によかったのに」

 パンチングマシンの対決でビリになった滝森さんはみんなにドリンクを奢る羽目になった。ただ、彼女が金欠であることを知っている僕は『喉が渇いていない』という口述でドリンクを購入することを断ったのだ。

「色々と体を動かして、汗かいたでしょ。流石に喉が渇いてないとは言わせないよ。はい」

「えっと、うん。ありがとう」

 口述を否定されてしまえば、受け入れるしかない。それにもう購入をしてしまったのだ。今から拒んだところで料金は戻ってこない。

 滝森さんは僕にペットボトルを渡すと、隣に座る。ペットボトルのキャップを開けると水を飲んだ。僕は横目ながら彼女の飲む仕草を見る。飲み口に口付ける彼女の姿を目の当たりにして、少し体の熱が上がったのを感じる。

 体を覚ます意味合いを込めて、僕も水を飲んだ。水が体全体に染み渡り、冷んやりとする。冬に近づいてきてはいるが、運動後の冷水は天国だ。

「ふふっ。やっぱり、喉渇いていたね」

 水を飲む僕の様子を見ながら、滝森さんは微笑む。ペットボトルから口を離した時にはすでに水は半分以上減っていた。弁明のしようがない。

「気を使わなくて良かったのに。でも、ありがとう。私がお金に困っているから、断ったんだよね?」

「う、うん。他の人の分を考えると、僕は断った方がいいかなと思って。みんな、滝森さんがお金に困っていることは知らないの?」

「知ってるよ。バイトしているから、理由を聞かれた時に話した。最初はみんなも新田くん同様、断ってたよ。でも、それだと賭け事の際に私だけ仲間外れになっちゃうから、遠慮しなくていいって、私から言ったの。それでも燈ちゃんは、水を頼むんだけどね」

 確かにみんなが自販機で購入していたところを見ていたが、諏訪さんは僕が今持っている天然水を買っていた。庄司や磯貝は普通に自分が飲みたいものを。鬼頭は一番高いやつを買っていたっけ。

「だから、新田くんも遠慮しなくていいからね」

「ありがとう」

 厚意で行ったことだが、逆に彼女に気を使わせてしまったみたいだ。水を購入したというのも滝森さんなりの気遣いだろう。ここで高いドリンクを出せば、僕が拒絶すると踏んだのだ。もしかすると、二本買ったのも、僕だけもらうという構図を気にすると思ったからかもしれない。滝森さんは人一倍優しくて、気遣い屋さんだ。

「それ、カルぺ・ディエム?」

 滝森さんは僕の持つスマホの画面を見ると、アプリ名を呟く。

「よく分かったね」

「自己紹介の時に言ってたから。趣味の時はゲーム。最近ハマっているのは『カルぺ・ディエム』っていうソシャゲのアプリってね。それに一回見せてもらったし」

 自己紹介は二年生になって初めてのホームルームの時に行われたものだ。一人ずつ教壇に立って紹介する形式だった。その後、「さっき言ってた。ソシャゲ見せてもらっていい?」と聞かれて、プレイする様子を見せたんだっけ。

 もう半年前の話なのに、よく覚えてくれていたと感嘆した。恥ずかしいことに滝森さんに強い感情を抱く自分の方が薄れかけていた。

「今からプレイしようと思ってたの?」

「うん。今日から新しいクエストが開催されるんだ。そのクエストで欲しいアイテムが落ちるから周ろうと思ってて。ただ、みんなと遊んでいる最中だから、今あるスタミナだけ使おうかなと思ってね」

 ソシャゲをやっているものならば、聞き馴染みのある言葉だと思うが、滝森さんには伝わっているかと心配になる。それに、最後の方に補足したが、みんなで遊んでいる最中にソシャゲをやっているというのはあまり印象的にはよろしくないだろう。

「そっか。じゃあ、さっさとプレイしないとだね」

 だが、僕の考えとは裏腹に滝森さんは、理解しつつ、前向きな態度で声をかけてくれる。本当に優しい人だ。

「私もプレイする様子見せてもらってもいい?」

「大丈夫」

 了承すると彼女は僕の方へと寄った。一定を保っていた距離はゼロになった。

 僕は思わず、瞳を大きくした。肩と肩が触れ合う。彼女の頭から漂うシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。僕のすぐ近くに彼女の顔がある。

 心臓が高鳴るのを感じる。冷静になろうと深呼吸をしたいが、この距離では緊張していることが絶対にバレる。ただでさえ、今の鼓動音が彼女にも響いていないか気になって仕方がない。滝森さんのいう通り、さっさとプレイして終わらせよう。

 クエストを選択し、開始すると最初の敵が現れる。

 カルぺ・ディエムはパズルゲームだ。三色のピースが横一列に並んでいる。ピースをタッチすると、そのピース及び隣接した同色のピースが破壊される。一度に破壊された数に応じて色の属性を持つキャラクターの攻撃力が上がる。制限時間内に上がった攻撃力に応じて敵へのダメージが決まるゲームだ。

「何もしてないのにパズルが消えていくんだね」

 画面を見ていた滝森さんは不思議そうに呟く。

「オートモードだからね。ゲーム側で勝手にパズルを組んでくれるんだ。何もしなくても負けない相手にはよく使うんだ」

 周回パーティを組んでいて正解だった。この状況で手動でパズルを組むのは至難の業だ。僕は滝森さんの触れ合った体の温もりを感じながら思う。気にしないようにしても、避けることができない。人間は本能に忠実なのだと経験で理解することができた。

 クエストは難なくクリア。報酬に目当てのものは入っていなかった。スタミナを使い切るにはあともう一回挑戦する必要がある。このまま何事もなく終わってくれ。

「ねえねえ。次は手動でプレイするところ見せてよ?」

 だが、僕の安堵は滝森さんの言葉で裏切られる。

「う、うん。わかった」

 断る理由もないため、クエストが始まるとすぐにオートを解除した。

 すると、滝森さんは少しだけ体をこちらに寄せる。見にくかったため、体制を変えたのだろう。それが過ちだった。僕の腕にはほんのりと柔らかい感覚が走る。

 緊張が走る。カルぺ・ディエムがパズルを叩いて割るゲームでよかった。パズルをスライドさせるゲームだったら、完全に詰んでいた。

 運動で疲れて掻いた汗に、別の汗が混じる。滝森さんはいい匂いだが、僕の方は大丈夫だろうかと不安が募る。

 思考を半分遮られた状態でパズルを解いていく。プレイは完全に今までの経験の積み重ねに任せていた。それでも、オートモードよりは格段に技術は上だ。パズルを素早く崩し、攻撃力を上げていく。一回目では使わなかったキャラクターのスキルを使うことにより、ボスを含め全ての敵をワンターンキルした。

「おおー、すごいね。一回目と段違いだったよ」

 クエストが終わり、滝森さんは一定の距離を離れ、僕を褒める。

 何とか乗り切ったという感情ともう少しこのままでいたかったという感情が交差し複雑な思いに駆られる。

「静っーー。バドミントンやろうぜ」

 すると、バッティングを終えた鬼頭が滝森さんへと声をかけた。

「わかった。じゃあ行ってくるね」

 滝森さんは僕に微笑みかけると、立ち上がり、鬼頭のところへと歩いて行った。

「はあー」

 僕はようやく緊張から解放され、安堵のため息をつく。

 最後に残った気持ちは、もう少しあのままでいたかったという思いだった。