半妖の花嫁〜あやかし瓦版編集部へ転職します

 無機質で真っ白な会議室。机を挟んで向こう側に椿と鬼灯堂のマーケティング部長、華山が座っている。対してあやかし瓦版は永徳、佐和子、マイケルが並ぶ。
 経験したことのない緊張感に、佐和子は顔をこわばらせていた。

 椿からは悪意の塊みたいな妖気をビシビシと感じ、やりにくいことこの上ない。華山からも鬱陶しいと言わんばかりの視線を投げられ、佐和子はこの緊張感に押し潰されないよう、密かに深呼吸をした。

「で、新しい提案をくださるそうですけれど。鳥海さん、うちが指示した期限を引き延ばすくらいだから、期待値を超える素晴らしい提案をしていただけるのよね?」

 赤い唇を歪ませ、侮蔑の表情で椿は佐和子を見る。あからさまにプレッシャーをかけようとしているのがよくわかった。

「……気に入っていただけるよう、全力は尽くしてきました」

「そう。せいぜい時間が無駄にならないよう、頑張っていただけると嬉しいわ」

 佐和子はノートパソコンの画面を会議室のディスプレイに投影する。一度深呼吸をして、画面に向き合う。

 ——大丈夫。みんなで考えたもの。

「今回いただいたテーマは『鬼灯堂の商品を使った人間風春メイク』でした。一旦元々のご希望である四月中旬の公開に合わせて企画を考えましたが、もっと時間をかけて『春メイク』でなく『夏メイク』向けの企画をご検討いただくのはどうかと思ったんです。その方ができることが広がりますし、弊社としてもより多くの選択肢をご用意することができます」

 マイケルがパソコンを操作し、次のスライドに進める。永徳はニコニコしながら佐和子のプレゼンを眺めていた。

「今回の案に盛り込んだのは『多様性』『話題性』『革新性』の要素です」

 佐和子の解説にマイケルが言葉を加える。

「御社は今、あやかしの『多様性』に対応するため、コスメのラインナップの拡充に力を入れていますね。前回の提案では、人間とほぼ容姿の変わらないモデルばかりを提案していましたが、今回は鬼に加え、口元に特徴があり、甲羅を背負っている河童や、一から顔を描く必要のあるのっぺらぼうなども選んでいます」

 鬼灯堂の最新のキャッチコピーは、「どんなあやかしでも、美しく」。先日編集部員の変装を手伝ったとき、佐和子は、「もともと人間と変わらない、化粧のしやすい形態のあやかし」を無意識に選んでいたことに気がついた。せっかく「人間に化粧で化ける」という企画なのだから、「こんなあやかしでも化けられるの?」という驚きがなければいけない。ただ、物理的な限界はあるので、モデル選びはその限界を攻めた形にした。

「あやかしのコスメは個性を強調するものが多いですが、御社のコスメラインナップの広さがあれば、十分人間風メイクにも対応が可能です。実際に御社の製品を使って人間に化けた弊社の編集部員の写真をご覧ください」

 実際のイメージがしやすいように、宗太郎や刹那に協力してもらって撮影した、ビフォーアフターの写真を画面に写す。

 相変わらず椿は小馬鹿にしたような顔をしているが、特に反論はしてこない。華山は無表情のまま、提案の内容を見ていた。

「次に『話題性』の要素ですが。こちらをご覧ください」

 合図を出すと、マイケルが画面を切り替える。大型のディスプレイには、すっぴんの女性の顔が映し出された。

「この動画は? 見たところあやかしではないようですけれど」

 椿の疑問に佐和子が答える。

「これは、人間世界のソーシャルメディア上で流行っているショートムービーです。まずはご覧ください」

 マイケルが再生ボタンを押す。
 画面上の女性は手際良く顔にメイクを施していく。素顔はどちらかと言えば地味な方だが、早回しで進んでいくメイクアップの後半では、劇的な変身を遂げ、まるで雑誌の表紙を飾るかのような美しい顔立ちに変身した。

「これは……」

 椿の表情が、これまでと変わる。動画の内容に、素直な驚きを得られたように思う。

「はい、これをあやかしから人間へ、という形でやったら、面白いと思いませんか?」

「まあ、そうね……」

「記事で見せるより、動画にして、あやかし瓦版のトップページに掲載する。直感的に興味を引いて、リンク先のページに飛ばし、メイク方法の詳細と化粧品の解説記事に飛ぶようにするんです」

「なるほどねえ」

 華山が初めて手元の資料に目を落とす。佐和子は心の中で小さくガッツポーズをした。

「最後に『革新性』です。これはオプションで、少々お値段と時間のかかる案にはなるのですが。今後の販促にも使える、拡張現実を使ったアプリを作ってはどうかと」

「拡張現実?」

 椿と華山はほぼ同時に聞き返し、戸惑いを見せた。永徳曰く、拡張現実は人間の世界ではすでにさまざまな分野で活用されているが、あやかしの世界ではあまり知られていない技術らしいのだ。

 拡張現実、英語ではオーグメンテット・リアリティ、略してARとも呼ばれるこの技術は、現実の世界にバーチャルの映像を重ね合わせる技術である。

 チラリ、と佐和子は視線を永徳に送る。

「それに関しては俺から説明しよう」

 永徳は佐和子に代わり説明をはじめた。すると先ほどの佐和子に対する態度とは打って変わって、椿はうっとりと説明を聞き始める。

 ——椿さんて……本当に笹野屋さんが好きなんだな。

 なんの前触れもなく、人間が「婚約者」になったと聞いて、許せなかったのだろうか。だとしても、ここまで失礼な態度を取られる理由にはならないのだが。

「人間の世界の商業施設では、スマホやタブレットのカメラに自分の姿を映して、化粧品を画面上で試すことができるものがあるんだ。こんなふうにね」

 永徳はタブレットを取り出すと、マイケルをモデルに実演してみせた。先日渋谷の商業施設で見たアプリは、一般にも配布していて、自分のデバイスにダウンロードして使うこともできたのだ。

「こういうアプリをあやかし向けにも開発してくれそうな会社を知っていてね。動画の企画と合わせて、アプリの配布もしてみるのはどうかなと思ったのだよ」

「店に行かなくても、どこでも手軽にうちの商品を試せるっていうのは、今後の販促活動にも活かせそうかしら……。地方在住のあやかしには、これまでうまくアプローチできていなかったし」

 椿の口から初めて好意的なコメントが出た。どうやらアプリ案を気に入ってくれたようだ。
 一通り資料の説明を終えたところで、佐和子はようやく息ができた気がした。
 心臓の鼓動が、どくどくと耳元で感じられる。
 佐和子は祈りながら、相手の反応を待つ。

 永遠にも思えるかと思った沈黙。しかしそれは思ったよりも早く、打ち破られた。

「……いいと思いますわ。なかなか斬新ですし」

 まるで話を聞くのも無駄と言わんばかりだった椿の口から出た一言だった。

「あ、ありがとうございます!」

喜びのあまり勢いよくそう言えば、椿は虚をつかれた顔をし——そして、苦笑いをした。

「ちょっといじめてやるつもりで呼び出したのに。まさか本当に企画を通すことになると思わなかったわ」

「それって……」

佐和子が思わず不満顔をすれば、椿は高笑いをした。

「ねえ、部長、いいでしょう? 悪くないと思うの」

「君がいいと思うなら、通せばいい。悪いものでは、なかった」

どこか不満げな華山の様子は気になるが、人間に好印象を抱いているあやかしばかりではないというのはわかっている。

「契約については、そうだな。笹野屋永徳、君の屋敷で取り交わすとしよう」

——椿さんが認めてくれただけでも、すごく嬉しい。

「ああでも。永徳さんは渡さないわよ」

に、と笑う椿を見て、佐和子は苦笑した。