半妖の花嫁〜あやかし瓦版編集部へ転職します

 薫の晩酌に付き合った日の翌朝。お茶を淹れようと席を立ち、何気なくマイケルの机に視線を向けて、佐和子は声を上げた。

「うわあ……すごい書類の山ですね、マイケルさんの机」

「ああ、これ。読んでみます?」

「なんの書類なんですか、これ」

「プレスリリースですよ」

 マイケルは自分のデスクに置かれた束を半分手に取り、佐和子に渡してくれる。びっちりと文字と絵と図が詰まったような書類を見て、佐和子は首を傾げた。

「あの、このプレスリリースって書類、はじめて見るんですが……。これってなんですか」

 そう尋ねたとき、小鬼の蒼司が大量の紙束を抱えてやってきた。

「マイケル! また届いてたから、これも頼むぞ」
「ありがとうございます、蒼司さん。もらいますね」

 蒼司はチラリと佐和子の方を見ながら、片眉を上げた。

「なんだ、人間もやろうってのか。なかなか難しいぞ。慣れねえと」

 小鬼の双子とは、祭りの準備を境に少しずつ会話ができるようになってきた。席に戻っていく蒼司の姿を目で追っていると、蒼司の双子の兄である赤司が郵便物を開けているのが目に入った。あれもプレスリリースらしい。

「プレスリリースっていうのは、企業が報道機関向けに送ってくる発表資料のことなんです。報道機関はそれを受け取って、中身が取り上げる価値のあるニュースだと判断すれば、リリースの情報をもとに記事を起こします。話題によっては、直接取材に出向くこともあるんですよ」

 そう言いながら、マイケルは蒼司の持ってきた束を、そのまま佐和子に渡した。気づけば机の上には辞書の厚みほどのプレスリリースの束が積みあがっている。

「まず、そんなにたくさんあやかしの世界にも会社があるってことにびっくりです」

「ありますよ。あやかしはあやかしで、ちゃんと経済があるんです。人間世界ほどに大規模ではないですが」

 佐和子は感心して頷いた。まだまだ自分はあやかしの世界について知らないことが多い。

「メール、郵便、ファックス合わせて毎日百通はきますから。どんどん捌かないといけません。だから最初の選別作業は、自分みたいな下っ端がやって、そこからさらに編集部員の方が選別されて、記事として取り上げるべきものはどれかを見定めます」

 マイケルの手元の電話が鳴る。彼は佐和子との会話を中断し、受話器をとった。 佐和子は、山のような書類の中から何枚か手に取り、読んでみる。

「新作スイーツ……これはお菓子の新製品の資料かぁ。こっちは、有名デザイナーの新作着物……これが百通……」

 読みながらぶつぶつ言っているうち、いつの間にかマイケルの電話は終わっていた。

「ずいぶん切るのが早いですね。なんの電話だったんですか?」

「今日リリースを送ってきた会社の広報からの電話で。『届いてますか』っていう到着確認と、取材の営業ですね。こういう電話、多いんですよ。報道機関に届く量が多いことは先方も認識しているので、少しでも目にとまる確率を上げようと躍起なんです」

「へええ」

「すみません、話の途中でしたね。選別する際の基準ですが、『あやかし瓦版の大半の読者』にとって価値のある情報かどうかです」

 つまりそれは、あやかし界のトレンドや、あやかし瓦版の読者データを加味しつつ、記事にしたら閲覧数が高くなりそうな情報のみを選び取るということ。

「なかなか難しいですね……」

「特に鳥海さんは人間ですからね。判断がつきづらいかもしれません」

「いえ、記事を書く上での参考にもなりそうですし。マイケルさんのご迷惑にならなければ、私もやってみたいです」

「そうですか。ふふ、鳥海さん、やる気満々ですねえ」

 佐和子の申し出にニコリと笑って応えたマイケルは、小鬼の双子に許可をとりにいった。彼はインターンなので、仕事の采配については常に社員の許可がいるのだ。

「鳥海さんにも仕事を渡していいそうです。まずは、その束からいくつか選んでみていただけますか。できたら蒼司さんと赤司さん、どちらかに見てもらってください。二人がこれに関しては責任者なので」

「……はい!」

 佐和子は書類の束を手に取り、一枚一枚内容を確認し始めた。

「佐和子、リリースもいいけど。レジャースポット紹介の記事、次回分考えてよ。あんまり間があいてもよくないし」

 隣の席にいる刹那に小突かれて、佐和子は姿勢を正した。

「うん、今日明日には出すから」

「……なにがあったのか知らないけど、やたら張り切ってるわねえ。あんまりあっちこっち手を出しすぎると、首が回らなくなるわよ」

 刹那は首を伸ばし、佐和子の様子を観察しながら呟く。しかし刹那の呟きは、仕事に集中し始めた佐和子の耳には届いていなかった。