いよいよ運命の日が来た。

 「本当に大丈夫でしょうか」

 未だに、家族を呼んだことを怖く感じている。
 あの二人が、何か事を起こすかもしれない。
 いや、確実に起こす物だと思っている。

 「大丈夫だ。僕が守る」

 そして、せき込む。

 「本当に大丈夫なのですか?」
 「恰好がつかなくてごめんよ。でも、君の事は何があっても守るから」
 「ありがとうございます」

 でも、成花にとってそれが怖い。
 もし、彼が自分を守って危険な目に会ったらどうしようと、思ってしまう。
 今の成花にとって一番の恐怖の対象なのは、自分の死よりも、白斗の死。
 白斗は初めて自分を愛してくれた男だ。そんな彼が死んでしまってはもう生きる意味を見出せなくなってしまう。

 いくら使いの者や、他の動物たちが周りに待機しているとは言っても、その成花の緊張は一向に亡くなってくれないのだ。

 そして、婚姻式が始まった。

 その式に参列している清美の姿を成花は捕らえた。その目はいかにも殺意に満ちていた。
 この婚姻上できっと何かをしてくるだろう。

 それは確実だった。
 ドキドキしながらも、式は進んでいく。
 この帝国の婚姻式は、受け身で行われる。
 だからすることというのはそこまで多くはない。


 そして、その式が終わりまで何事も起こらなかった。
 その後は両家交えての話し合いだ。
 そう、所謂食事会だ。
 食事会の空気は張りつめていた。当然清美たちのせいだ。

 清美たちが何かたくらんでいる可能性があることは伝えられている。

 だが、それと同様に緊張の原因がもう一つある。
 帝がいるのだ。

 「君が、成花さんだね」

 帝は優しい表情でそう語りかける。

 「はひっ」

 緊張のあまり、思わず声がひっくり返えってしまった。慌てて口をふさぐ。

 「大丈夫だよ」
 「ありがとうございます」

 これが帝かと思うと、やはり緊張が止まらない。
 だが、想像よりも優しそうな人柄なのでそこは安心だ。

 「女気が無かった白斗にまさかこのタイミングで恋人ができるなんて驚きだよ」
 「僕は相手が見つからなかっただけだ。決して持てなかったわけではないよ」
 「それは知ってるよ。今までも数多くの乙女に好かれてたわけだしね」

 そう言ってゲラゲラと笑う帝。
 この国では帝は神と同じように扱われるが、その姿を見れば十分に人間だと思える。
 勿論。こんなことを本人に言えば不敬罪に扱われるかもしれないが。

 「これは、成花殿」

 そこにいたのは、白斗の父親だった。

 「息子を貰ってくれてありがとうございます」

 そう、丁寧にお辞儀をされる。

 「ええ、こちらこそありがとうございます」

 成花もまた頭を下げた。

 その時だった。
 背後から何かしらの破裂音がした。
 その音を聞き、とっさに構える。

 その瞬間向こうから弓矢が飛んできた。
 確実に成花をしとめようという矢だ。

 成花は反応した。しかし、成花の身体能力では気づけたとしてもそこから先の行動は出来なかった。
 ただでさえ、片目で反応は難しいのだ。
 その、飛んできた矢に成花の肩が貫かれる。

 「成花」

 白斗は叫ぶ。
 成花は右肩を抑える。

 「次が来る」

 帝は叫ぶ。そして、近くに転がる剣を白斗に投げる。
 白斗はそれを手に取り、
 その弓矢を白斗は剣ではじく。

 「いったい誰だ」

 そう叫ぶも、声は帰ってこない。

 「すまない、まさかこんなことになるなんて」
 「白斗様のせいじゃありません。でもっ」

 気がつけば、煙が蔓延している。そのせいで、周りがあまり見えない。

 「これは大事件だぞ」

 帝が参列する婚姻式に襲撃者がやってくる。
 これはもう、所謂テロだ。

 その間に、成花はその場でうなる。
 苦しみも絶えでいる。

 「毒か」
 「白斗様」

 凛が叫ぶ。そしてその近くに行く。

 「私が何とかします」

 そう言うと凛はすぐに、体を狐にする。そして、傷跡から毒を吸っていく。

 「凛、大丈夫か?」
 「ええ、軽く態勢がありますから」

 凛は人の姿に戻り、そう言った。
 しかし、万事無事とはいかないだろう。
 成花よりはましな程度で、結局体が軽く麻痺することは変わらない。

 「ここは私たちが何とかします。主様と帝は退避を」
 「分かった」

 そして成花を抱きしめながら白斗は裏道へと向かっていく。

 ★★★★★

 「私は暗殺しろとは言いましたけど、ここまでしろと入ってませんわ」

 清美が叫ぶ。その前にいるのは依頼を受けた暗殺者だ。

 「ここまで行ったらテロになってしまいます」

 事が大きくなりすぎている。
 これでは、捜査の手が大きく及ぶ事になるだろう。

 そんなつもりはなかった。成花だけを暗殺してくれればよかった。

 「大丈夫です。最初の矢であの成花という少女は虫の息でしょう。ここから先は俺たちの時間だ」
 「俺たちの時間とは?」
 「ああ、帝を殺す」

 その言葉に清美と正美は目を見開いた。そこまでやれとは言っていない。

 「安心しろ、上手くやる」


 そう、眼を鋭くする暗殺者の目には野心がともっていた。

 「本当にありがたかった。……詳細を細かく知らせてくれてな。おかげで入り込みやすかったわ」

 このままでは帝を暗殺しようとした大罪人になってしまう。
 奴らを、無事に暗殺が成功することを祈るしかできない。
 帝の暗殺も。

 ★★★★★

 背後に回った帝と白斗。しかし、その裏にも先兵がいた。
 その周りにはもう、沢山の兵士の死体が転がっている。
 護衛の兵士たちは既にやられているようだ。襲撃に合わせて多くの兵を配置していたはずだ。
 それを打ち破るほどの兵力。恐らく、敵さんも年三綱準備をしていたのだろう。

 ここで、婚姻式式を行ったのは間違いだったのかもしれないと、反省する。しかし、やらねばならない事はそれだけではない。
 ここで、命を懸けてでも、成花を守らなければならない。
 自分が愛した初めての人なのだから。

 「うおおおおお」

 剣を手にし猪突猛進。一気に突き破っていく。
 だが、その中で胸に痛みを覚えた。

 (くっ発作か)

 彼は実際体が弱い。そのため持病もたくさんある。
 普段は薬などで体を調整しているのだが、今回は薬を飲む暇がなかった。
 そのために、体が激しく痛むのだ。
 ここを突破しなければならない。

 自分の腕の中で眠りこけている成花のためにも。

 体がふしふしと痛むのは慣れない運動をしたからなのだろうか、それとも……

 とりあえずこのままだとすぐに亡き者になってしまう。
 自分は死んでもいい、成花だけでも助けなければ。

 「白斗、大丈夫か?」

 帝が叫ぶ。明らかに彼の体がボロボロだ。
 このままでは逃げ延びても白斗は死んでしまう。

 「僕は大丈夫だ。……成花を死なせるわけには行かないからな」

 その顔を見て、帝はふと、笑みを浮かべる。

 「お前も成花のために、死んではいけない」
 「分かってる」
 「俺はお前たちを信じてる」

 そして帝はそのままの足で走り出す。
 白斗たちを置き、

 むろん、救助を呼ぶためだ。
 今、白斗に足を合わせていれば確実に間に合わないのだ。

 「助かる、な」

 そう言って白斗はその場に倒れ込んだ。

 白斗が倒れてから五分後、帝は外へと出て、衛兵たちに状況を伝えた。
 そしてその三分後に、白斗と成花は二人仲良く救助され、白斗は応急手術を受けた。
 そして――


 「ん、んんぐっ」

 成花は目を覚ました。
 体中が重く、さらに頭が痛い。
 過去に病気にかかった時に感じた痛みと同じだ。

 「目を覚まされましたか」

 そこにいたのは凛だった。

 「ええ、おかげさまで」

 立ち上がろうとしたが、体が重すぎて体が動かない。

 「無理をしないで」
 「え、ええ」

 そして、成花はその瞬間、白斗のことを思った。

 「白斗様はどこですか?」

 白斗が今は心配だ。
 あの人の事だ、成花をかばって倒れている可能性もぬぐえない。

 「成花様、静かに聴いていてください。あの人は――」

 その言葉を聞いた瞬間、自分の体の重さを顧みずにとにかく走りだした。

 (私のために、私のために)

 今、この世界から白斗がいなかったら、自分はもう生きていけない。
 この世界に存在することがもうしんどくなってしまう。

 「白斗様!!」

 成花は白斗の元へと駆け付けた。
 そこにいた白斗は眠りについていて、目を真っ直ぐ閉じていた。
 そのそばには、帝がいる。

 「おお、来たか」

 帝は、一瞬倒れ込む白斗を見て、そして上を向く。

 「話がある」

 その言葉に成花は頷いた。

 「まず、お前には酷なことを言う事を前もって謝罪しておく」

 それを聞いて、成花は頷く。

 もしかして、白斗はもう、
 嫌な想像が成花の脳裏を巡る。

 「まず、お前と白斗が出会った事にも理由がある。お前はこの国の歴史をこう聞いているだろう。私の祖先が白斗の祖先の手を借りて国を統一したと」

 頷く。

 「だけど、それは明確には違う。校庭になるべきだったのは白斗の先祖だ」
 「どういう事ですか?」
 「白斗の血こそが、帝になるのに大切なものだったのだ。白斗の動物を操ることを出来る力が。それに比べれば私の運命を導く力なんて大したものではない。だけど、こ子からが大事だ。白斗の先祖の妻はあざがあった。まさに、お前のような、な」
 「それってまさか」
 「ああ、白斗の血とお前の血が混ざった時、奇跡が起きる」

 それは今まで白斗から聞いていた。

 「だけど、それは交わるだけでもいい」
 「交わるだけ……」
 「キスだ」

 キス、その言葉に成花は軽く動揺した。

 「キスをするだけでいい。本当は共に寝たほうがいいのだが、今は無理だからね」

 成花は躊躇わずに、「キス、します!!」

 そう強く言った。それだけの行為で、白斗の目が覚めるならば。

 成花は、眠る白斗のそばに行き、そっとキスを交わす。

 その行為自体には多大な緊張が伴った。
 しかし、白斗が起き上がるならば、どんな恥ずかしさにも耐えよう。
 むしろ、白斗とキスする事は念願の一つだったのだ。


 ただ、願わくば初めてのキスは二人の同意の元でのキスが良かった。


 それこそ、白斗が完全に意思を持てる時が良かった。
 これでは状況が状況とはいえ、襲ってるのと変わらない。


 成花は勢いよく、白斗の唇に自身のそれを当てた。

 「はあはあ」

 成花はそう呟く。
 そして、白斗の顔をじっと見る。

 「成、花か?」

 その言葉を聞いた、その瞬間成花は勢いよく白斗に抱き着いた。

 「はは、痛いんだから、勘弁してくれ」
 「本当に良かったです。本当に……死んじゃったらどうしようって」
 「お前を置いて死ぬことなんてないさ。僕は、成花が大事なんだから」

 その言葉を聞き、成花はにっこりと笑った。

 そして、成花は。

 「白斗様、キス、しませんか?」
 「どうして」
 「今私は合意なくキスをしてしまったので……」

 それを聞き、白斗は慌てて帝の方を見る、すると帝の胡散臭い笑みが見えた。

 「そういう事か」

 帝がほほえましく見ているのは少しむかつくが、自分が急に生き返った訳が分かった。
 臨死状態にあったのはすでに分かっていたのだ。

 意識がもうろうとする中で、黄泉の国へと引っ張られようという感覚を感じたのだ。
 そこから無事に現世に戻れたのはまさに成花のおかげだ。

 「ありがとうな」

 そう言い、白斗は成花の肩を掴む。そしてキスをした。

 「ぶはっ、何をするのですか」
 「今度はこちらから、という訳だ」
 「何ですか、もう」


 そう言って成花もまた笑った。

 ★★★★★

 「清美、清治、浩美、君たちを逮捕する」

 その一週間後、依馬家に、沢山の警官がやって来た。
 罪状は、帝暗殺計画に関与したという事だ。

 「そんなつもりはありませんでしたわ。帝暗殺計画など知りません」

 清美は必死で反論する。

 「知ってる知らないに関せず、お前たちが帝を貶めようとしたことは事実だ。国家反逆は重罪であることを知っているであろう」

 その言葉に、三人は何も言えなかった。

 「連行する」

 三人は、馬車に乗せられ王都へと連れていかれる。
 そして、両の手を後ろに縛られたまま、監獄へと入った。
 もはや陽の光がほとんど差し込まない漆黒の闇の中へと。

  これから、外に出られる日はもはやないだろう。
 国家反逆は、ほとんど終身刑または処刑なのだから。