白嶺宮では、咲希は衣に生命を注ぐ巫女として働いている。
 儀式を行うのが主だが、その過程では機織りや染め師のようなことも行う。咲希はその中で、染料である植物を育てるのが好きだった。
 宮様は学問に長けていて、咲希に植物のことも教えてくれる。
「咲希、何に見える?」
 咲希はどきどきする気持ちを抑えながら声を上げる。
「実……のように見えます」
「そう。おめでとう。咲希の初めての成果だよ」
 咲希ははしゃいだ声を上げる前に、どうにか心を落ち着けて宮様を見た。
 宮様はそんな咲希を見守るように、そっと告げる。
「咲希が、まるで子どもを育てるみたいに大事に育てたものね」
「はい……!」
 宮様と一緒に、咲希は葉をめくってその下にできた実を見る。染料を見るというより、それはもっと親密な感情だ。
 現在の咲希は、桜から染料を取っている。実は、咲希の努力が実を結んだ瞬間でもあった。
 咲希もまた、水を与えられる植物のように仕事に慣れつつあった。宮様は優しく、慈愛をもって咲希に知識を教える。咲希の成長も見守ってくれていた。
 咲希は子どもみたいに喜んでしまった自分が恥ずかしくて、声を落として言う。
「でも、本当にこの桜で染物ができるでしょうか」
 咲希の声は気落ちして聞こえただろうか。宮様は優しく咲希の感情をなだめて言葉を返した。
「これからだよ。楽しみだね」
 白嶺宮には広大な桜の園があって、街の人々も仕事をしているらしいが、咲希のような巫女は珍しい。
 今の咲希に任されているのは、植物に水をやって、枝を選定し、実をつけるところを見届けるまで。
 今しがたまで咲希が日夜みつめ続けた桜の実は、庭師がうやうやしく籠に入れて運んでいく。
 宮様は咲希の視線の先を追って声をかける。
「ちょっと疲れたかな。休憩しよう」
 咲希が振り向くと、ふいに宮様が咲希に言った。
「妬けるな」
「え?」
「咲希の愛情を一心に受けるなんて」
 咲希はくすっと笑って宮様に返した。
「そんな。相手は植物でございます」
「僕も毎日、咲希の手で撫でてもらいたい」
 宮様はその繊細な指先でつと咲希の手を包んだ。
 下男や侍女も見守る中、けれど咲希はそのぬくもりを振り払いたくなかった。
 咲希はどきどきする心を抑えながら告げる。
「……子どもみたいですよ、宮様」
「ばれたか。いたずらっ子なんだ」
 宮様が指先をくすぐったから、咲希は思わず笑った。
 宮様と仰ぐ桜の園の時間は、今日もとても愛おしい。