余命僅かな君との最期の日々

 「康介、本当に悪いんだが、自分の正直な気持ちを母さんに伝えてくれないか? ずっと家に帰ってなかったくせにって思うかもしれないんだが、俺はお前を助けたいんだ」
 「……でも」
 「大丈夫だ。兄さんがちゃんと守ってやるから」

 そう言って康介の体をぎゅっと抱き寄せた。

 そのあと、俺はすぐさま康介を連れて母さんの前に行った。

 「康介、自分の意思を言うんだ。大丈夫だ、いざとなったら俺が守るから」
 「……うん」

 そして康介は覚悟を決めた顔をした。
 だが、それもつかの間、母さんの鋭い視線を受け、すぐに康介は俺の後ろに隠れてしまった。

 「これが答えじゃないのか? 実際康介は母さんに反抗できなくなってる。こんなの明らかにおかしい」
 「あら、私は康介のためにやってるのよ」
 「詭弁を言わないでくれ。康介の顔を見ろ、明らかに苦しんでいる。確かに康介を育てたら社会がよくなるかもしれない。だが、康介の、康介の人生はどうなるんだ、青春はどうするんだ。康介は自分がしたくないことを社会のためにしなくちゃいけないのか? なあ、母さん。考え直してくれ、康介を幸せにしてくれ」

 そう言った瞬間、康介の掴む手の力が少し強くなった。
 

 「……僕は……僕は! 友達が欲しい」

 康介は意を決したように、そう声高に言った。
 思っていたこととは違うくて、少しびっくりしてしまったが、これが康介の真の、心の中でずっと抱えていた感情なのだろう。

 思えば俺が家にいた時も、康介と遊ぶことはほぼなかった。
 遊ぼうと思っても、その時は常に勉強してたからだ。

 それは外でも一緒だろう。友達なんて出来るわけがない。

 ゲームをしたくても、ゲームをさせてもらえない康介には、ゲームの話もできない。
 それはテレビのバラエティも、スポーツも、アニメも、ドラマも、全てがそうだ。

 康介には他人と話せる話題がない。
 勉強知識以外の何もかもがないんだ。

 「康介……母さん。これが康介の気持ちだ。康介には誰ともじゃべれないまま孤独を味わっているんだ。今のまま言ったら、幸助は何かが欠けている大人になる。上手く説明できないけどな。だから、頼む母さん。康介を自由にさせてくれ」

 そう言うと、母さんは少し固まり、考え始めた。
 康介を解放するか否かを考えてるのか、それとも俺たちを諦めさせる方法を考えてるのか。

 「分かったわとは言わないわ。初戦子どもの我儘、そんな物に付き合ってるときりがないのよ。二人共、かえ……」
 「ふざけないでください!」

 母さんの言葉をさえぎって鈴奈が声を出す。

 「子どもを、自分の玩具みたいにして、子どもの人権は考えない。毒親じゃない」
 「うるさい! 親になったことも無い人が勝手な事ばかり言うな。親の辛さが分かってない。天才が息子に生まれた辛さを分かってないわ」

 そう逆切れする母さんを見て、ああもう救えない。
 そう、何回目かのため息をついた。

 そして、母さんのその言葉に反論しようとした時、そう、その時だった。

 「ふざけないでよ母さん」

 康介が声を出した。

 「なんで、何で母さんが僕のすべてを決めてるの? 母さんは僕だったの? お兄ちゃんと、お兄ちゃんの彼女の言葉を聞いて、目を覚ました。いや、元から目を覚ましていたのに、反抗できなかっただけだ。母さんの言葉は絶対に間違ってるし、母さんのその言葉は聞くに値しないと思う。だから、もう、出ていきたい。母さんの支配下から。僕は自由に生きたいんだよ」


 そう言い切った康介を、俺は見た。すると疲れ切ったような顔をしていた。

 全部の感情を出したんだなと、思った。

 「……」
 「……」

 無言の状況が続く。正直気まずい。
 だが、この時間は大切だ。だって、それぞれ相手の意見を踏まえ、自分の考えを整理したりしている時間だ。
 康介の言葉に俺も追加で言葉を言ってもいいのだが、その場合、母さんの思考の邪魔になる可能性もある。今は我慢だ。

 「わかったわ。融通利かせてあげる。完全にゼロとはいかないけど、勉強量を少し減らすわ。これでいい?」

 そう、母さんが康介に言う。それを聞くとすぐに康介の顔は明るくなった。
 そして、「うん!」と言った。
 あくまでも子供の癇癪に付き合ってあげたみたいな、態度だが、それでも一歩前進だ。
 そのあと、いろいろと話し合い、康介に関する勉強の規則を緩くすることに成功した。

 その後俺たちは、康介と少しだけ遊ぶことにした。場所は近くの公園だ。

 「今日はありがとうね、お兄ちゃんと……お兄ちゃんの彼女さん?」
 「彼女じゃないよ。私はただの浩二君の友達よ」
 「そっか、とりあえずありがとう。俺ずっと言えなかったんだよ。自分の本当の気持ちを」
 「……それは仕方のないことだ。多分俺も言えない。だからこそごめんな。お前のことをずっと放っていくことになって」
 「いや助けてくれたからいいよ。お兄ちゃんもそんな自分を責めないで」

 そう言って俺の頭をなでてくれる康介。

 「かわいいな、お前は」

 そうつぶやいた。

 「まあ、そんなことはいいから、さっさと遊ばない?」
 「そんなことはないだろ、そんなことは」
 「まあ、いいじゃん?」

 そう言って鈴奈はボールを投げる。

 「おい、あぶねえだろ」
 「いいじゃん」

 というかこれサッカーボールだから投げるよりも蹴るものなんじゃ……。

 「はあ、まったくもう!」

 ボールを強く蹴って鈴奈に返す。全力とまではいかないが、結構強めに蹴ったボールだ。
 だが、鈴奈はそれをぎりぎりで止める。

 「危なかった。そらすところだったね!」

 そして再び強く俺に向けて蹴る。

 それを足で踏んで止め、康介にパスをする。
 康介は運動ができない、少し弱めに蹴っておこう。

 「よし!」

 康介はそれを止め、鈴奈にパスをする。

 パス回しに飽きた後、次にサッカーをした。俺と康介VS鈴奈だ。こちらは二人で、鈴奈を翻弄し、sぼろ勝ちした。二対一なのだから当然だろう。

 だが、一番重要なのは勝ったということではなく、康介の笑顔だ。
 こんな笑顔は見たことがなかった。何枚かスマホでとって後で母さんに見せてやろう。それでまた規則が緩くなったら大万歳だしな。



 「はあ、今日は楽しかったね」

 帰りの電車の中で鈴奈が言う。

 「確かにな。楽しかった」
 「えへへ、そうだね。浩二君は私に感謝してよ。私がいなかったら、浩二君が康介君を助けられることはなかったんだし」
 「……確かにな。ありがとうな鈴奈」
 「うん」

 そして電車の中で揺られながら家に帰った。

 また、康介に会いたいな。そうふと思った。