余命僅かな君との最期の日々

 翌日、俺たちは早速、実家に行くことにした。
 鈴奈が嫌がる俺を強引に連れて行っているのが今だ。
 正直行きたくない。あのお母さんに会いたくないし、康介にも会うのが怖いのだ。

 「なあ、やっぱり帰らないか?」

 恐怖でおびえる。
 やっぱり無理な気がしてきた。
 あの地獄のような家には帰りたくない。
 それがたとえ一時(いっとき)でも。


 俺にとっては十分にトラウマの対象なのだ。

 俺は、軽く息を吸う。

 「大丈夫。行けば何とかなるよ」
 「そうはいってもな」

 そもそも鈴奈を連れてきている時点で、彼女と勘違いされる可能性がある。
 開口一番に母親に女と遊ぶような息子は本当に要らないとか言われ、本格的に学費と家賃などの援助が打ち切られそうで怖い。

 何しろ、今バイトもせずに暮らせているのが奇跡みたいなものだから。
 一応俺は今受験生ではあるが、恐らくはそこまでいい大学には行けないだろう。
 中堅私立に行けるかどうか、それが今の俺の学力なのだ。
 

 今、康介は中二だ。受験生は終わっているが、たぶん今も勉強をさせられているのだろう。

 今康介に会ったらどんな顔をされるのだろうか。
 三年間会っていない兄だ。
 どうせ、見捨てたとも思っていそうだ。
 実際そうなんだけど。




 「帰ろう」
 「だめ!」

 一つ目の乗換駅に着いたタイミングで鈴奈にそう言うが、即拒否された。


 「今なら引き返せるんだ」
 「引き返せるわけないでしょ! 私の労力返してよ」
 「それはそうだけど、違うじゃねえか。今から帰って楽しく二人でホワイティプロジェクトやろうぜ」

 楽しいことをやった方が断然得なはずだ。
 確かにここまで来て戻るのは時間の無駄だが、こういう話を聞いたことがある。
 映画のチケットを買って映画館に入り、その映画が全く面白くなかった場合、どうするのかだ。
 そう、出るか出ないかだ。

 たしか答えはこうだった。

 出たとしても出なかったとしても、払ったお金は同じ。
 だが、時間的には出てしまった方が色々なことが出来る。
 時間的にこちらの方がいいのだ。

 そう、つまり。

 「帰ろう」

 帰った方がましだ。

 「いや、行こうよ」
 「だめだ」
 「なら、かくなるうえは!!!」

 そう言った鈴奈はいきなり俺の手をがっしりとホールドしてきた。

 「……まさか」
 「うん。そのまさかよ」

 鈴奈の手によって強引に運ばれていく。どうやら、改札をこのまま抜けようとするつもりだろう。
 しかも恥ずかしいことに、周りからの視線が痛い。


 絶対ラブラブカップルだと思われてしまっている。


 「分かった、分かったから。離せ」

 この視線はつらい。
 嫌がる息子を無理やり歯医者に連れて行くような光景だ。

 しかも、そんな状況が高校生の男女同士で起こっているのだ。
 こんな恥ずかしいことは他にない。

 「行くんだよね」
 「ああ、行くからおろせ」
 「分かった」

 そうしてようやく解放された。

 そして抵抗も出来ずにあっという間に実家に来てしまった。
 ああ、怖い。
 俺はなんで夢の内容を馬鹿正直に話してしまったんだろう。
 ただ、鈴奈のことだけ話せばよかった。だが、もう家の前にいる以上、今更考えても無駄か……。
 本当なら夏休みは、鈴奈と一緒に色々行くはずだったのに、まさか二回目のお出かけがここになるとは思わなかった。
 ああ、帰りたい。帰れない。

 「大丈夫。すべてうまくいくよ」
 「そうかな……」
 「そうだよ。えい!」

 鈴奈はインターフォンを押した。それももう躊躇なく。ああ、嫌だ、帰りたい。

 「はーい」
 「息子さんの友達です。今日は康介君に会いたくてここまで来ました」
 「……息子は?」
 「あ、はい。浩二です」
 「かえって、実家に帰っていいなんていつ言った? わざわざ康介の邪魔をしに来たのかしら。それとも、何か私にわざわざ伝えたいことでもある?」

 やっぱりうちの母親は恐ろしい人だ。いきなりものすごい剣幕で怒られている。この場に鈴奈がいるという事は、考え無しだ。

 「長い旅ご苦労でした。……で、帰ってくれる? 夏休みだから康介にもっと勉強させないといけないの。あの子の将来のためにね」
 「ここにはあなたの息子もいるんですよ。なのに帰れって酷くない?」
 「こっちにもいろいろと事情はあるの」
 「そう、浩二君いいかしら」
 「え?」

 そして鈴奈はドアをガンガンとノックをし始めた。こいつ、どんだけやる気なんだよ。

 そして、ついに母親が折れて、家に入れられた。流石に鈴奈の近所迷惑を考えないドアノックは、俺の母親にも通じたのか。
 

 「それで、何をしに来たの?」
 「それについては私から離します。浩二君の弟の康介君は、本当に勉強を好きでやっているの?」
 「……やってはいないわよ。だって、勉強なんて好きでやるものじゃないし」
 「なら、なぜやらせるの?」
 「あの子は天才よ。私たちがそれを止めさせたら、あの子にとっていい結果は生まないわ。勉強し続けることがあの子のよりよい人生の糧になるんだから」
 「それは違うと思う。だって、高学歴の人にも犯罪者はいるし、低学歴でも社長の人とかもいる。勉強だけが大事なんじゃない」

 二人の言い争いは過熱していく。俺はどうしたらいいんだ。鈴奈は関係ない、俺の問題だから、俺が言うべきなのはわかっているが、怖い。

 「とりあえず康介君を読んでください」

 そう鈴奈が怒鳴った。

 「その子を連れてきたら全てがわかると思うから」
 「……あなたはどうしたいの? そんなにあの子の勉強時間を奪って。あの子は一秒一秒が大事なの。なのに、……部外者は黙ってて!!!」

 そう勢いよく立つ母親。
 ああ、救えないなと感じた。
 もう言っちゃおうか。

 「じゃあ、俺が言ったらどうだ? 俺は完全なる部外者ではないだろ」
 「いえ、貴方も追い出したから今は部がいじゃよ」
 「そんな馬鹿な」
 「とりあえず。馬鹿言わないで帰って」
 「っち」

 もう仕方がない。ここは俺が頑張るしかない。

 「鈴奈、少しだけ時間を稼いでくれ」
 「う、うん」

 そして俺は康介の部屋へととにかく走る。あいつに会うために。


 「康介!!!」

 俺は思い切りドアを開け、康介に向かって叫んだ。
 っくそ、ドアにカギがかかってやがった。監禁じゃねえか。

 「お兄ちゃん……なの?」
 「ああ、お兄ちゃんだ」
 「……お兄ちゃん」

 個数家は俺に抱き着いてきた。

 「今まで放っておいてごめんな。でも、もう大丈夫。お兄ちゃんが来たから」
 「……うん」

 そして康介の力が少し強くなる。ああ、こいつも我慢してたんだな。
 抱き着きの力の強さで、そう理解した。