「おい!! 鈴奈!!!」
鈴奈が暗闇の中、俺のもとから去っていこうとする。
心なしかその背中は寂しそうに見えた。俺は鈴奈をこのままいかせてはいけないと、心の底から思った。
「おい! 鈴奈、俺はここにいるぞ」
その思いで鈴奈に手を伸ばす。
だが、鈴奈は俺の手をつかむところか、さらに向こうに歩いていく。
「おい! 鈴奈! おい鈴奈!」
俺は走って走って、全速力で鈴奈の方へと向かう。だが、彼女には全く追いつかない、追いつく気配すらない。
「はあはあ、待ってくれ」
そして鈴奈が消えた。すると、康介が現れた。弟だ。
康介はただ一目散に机に向かってペンを走らせている。だが、その顔には光がともっていない。
今の現状から逃げ出したい、その思いがその背中から伝わってくる。
「おい、康介」
彼は、涙を流しながら勉強を続ける。どうやら俺の姿は彼には見えていないようだ。
「俺はここにいるぞ!!」
だが、康介は「もういいよ」その一言しか発さないで、そのまま暗闇へと消えていった。
そして俺は暗闇の中、ただ一人突っ立っている。ただ、その場に突っ立って、呆然と立つしかなかった。
「はあはあ」
何だったんだ。今の夢は、まるで俺に何かを伝えたいかのような夢だ。
鈴奈も今苦しんでいる。死の恐怖で。康介も、勉強によって苦しんでいる。
それを伝えたかったのか?
俺には分からない。何もかも。
ベッドに再び寝転がる。今の時間は一時半。まだ、深夜の時間帯に当たる。
俺は、彼女にとって何か力になれてるんだろうか、康介に関しては俺は力になれていないのは自明であった。俺は一人暮らしをしているが、康介は家から離れられていない。今もあの母親に勉強させられている。
康介には俺と違い、才能があった。勉強する才能が。
小学校のテストでも毎回物覚えがよく九〇点台を当たり前に取っていた。塾でも、一番上のクラスにはいれた。
だが、それがいけなかったのだろう。母親の康介に対する期待が大きくなった。
その結果、康介は俺に助けを求めるようになった。
俺は俺で康生の息抜きになればいいなと思い、必死に話を聞いてあげた。だが、康介が笑う事はなかった。
それから家を出たのが俺が高一の時、つまり、康介が小六の時だった。もう、康介に集中したいから生活費だけ渡されて外に追い出されたのだ。その際にしてくれたことは家とか学校の手続きだけだった。
だが、俺はそれをよしとした。それが康生を見捨てる行為であるという事を知りながら。
なぜなら、俺は母親の事が苦手だったからだ。
そして鈴奈だ。夢の中の鈴奈は悲しい目をしていた。
もしかしたら、鈴奈は余命前に俺から離れるかもしれないという事を示唆する夢だったのかもしれないし、鈴奈が寂しがっているという事を示唆するものなのかもしれない。
どちらにしろ、俺には放っておけない感じだ。
本当は今すぐ走って鈴奈に会いたい。
康生に合う勇気はないが、鈴奈になら会える。
だが、今は夜中三時、今行ったところで迷惑なだけだ。
あした、鈴奈に会いたい。その思いでそのまま眠りに落ちた。
今度は悪夢を見ることなく、眠ることが出来た。



