「ただいま」

 家に着くとそうお母さんに告げた。

 「おかえり」

 と、お母さんが答えた。
 だが私は知っている。これはだめだ。だめな方の笑顔だ。
 明らかに機嫌が悪いのを隠している。隠しきれていないけど。
 共に過ごしてきた私には分かる。
 これはまずい。

 私は、お母さんを避けるようにそ上の部屋に、自分の部屋へとそっと向かう。
 機嫌の悪いお母さんとは関わりたくない。

 「ねえ、愛香?」

 やばい!

 「なんで、学校早退したの? 理由を聞かせて?」

 そう、気味の悪い笑顔で告げられる。
 そうだった。理由はともあれ、学校をさぼっていたんだった。
 怒られるかもしれない。そう思うと、恐怖心が芽生えてきた。

 「言いたくない」

 そう、お母さんに告げる。まさか正直に話すわけには行かない。
 自殺しようとしていたなんて、それを助けてくれた男の子と一緒にお茶をしていたなんて。

 「へーやましい理由なんだ。いい? 年の学費40万払ってるのよ。愛香が公立高校に行けなかったせいで。それなのに、私立に行かせてるのに。さぼりって! ちゃんとしてよ! 学費がもったいないじゃない。私はこの少ないお金でやりくりしてるっていうのに。……なに? その顔は。いつ終わるかなって言ってそうな顔は。ふざけないでよ。だからいつもあなたは友達が出来ないの」
 「それは関係ない!」
 「関係あるわよ。もう、いつも、いつも毎回毎回こんなこと言わせないでくれる? 私はあなたがちゃんと育ったらいいなと思ってるの。子どもがちゃんと育てるのは親の義務なの!」
 「……ごめん」

 言い返すだけ無駄。そんなことはわかっている。この人は私が微熱を出していても学校に行かせるような人だ。
 変に言い返して、キレさせる方がダメだ。

 「いいから理由を答えなさい!」

 そんな私の考えなど知らないであろうお母さんが、キレた。
 本当謝ってもさらにキレだすのか……
 この局面を打破する方法など私にはないのだろうか……。

 「……しんどくなって」

 嘘はついていない。あくまで身体ではなく、精神の問題だけど。

 「しんどくなった!? じゃあ熱あるの?」
 「無いけど」
 「じゃあ、その理論はおかしいんじゃない? 熱ないのに、学校さぼるくらいしんどいって意味が分からないわ。もう今日は夕食なしね」
 「……はい」

 なぜ子供の夕食抜きなのか。理屈がおかしい気がする。
 でもそれを言ったらさらに怒らせてしまう。
 今は我慢だ。
 それよりも本当の理由がばれるほうが問題だ。

 そして部屋へと戻る。すると、私しかいない空間が広がり、少しだけ気分がましになった。
 そこで、彼、山村くんにメールを書く。連絡先を交換していた。

 『今日、さぼったことばれて怒られちゃった』
 『そうなんだ。ごめんな。カフェに連れてきちゃって』

 性格イケメンじゃん、いや、そうじゃなくて、

 『山村君は悪くないよ』

 と、一言送った。だっていなかったら私はもうこの世にいないわけだし。

 『そうか。何かあったら言えよ』
 『うん。色々ありがとう』

 そう告げた。
 だが、自殺を止めてくれてありがとうとは言えない。まだ何も解決してないだけだ。


 そして翌日、家を出ると、家の前に山村君が来ていた。

 「おはよう」
 「うん。おはよう」
 「家の前まで来てたの?」
 「まあ、せっかくだしな。それに話したいこともあるし……」

 やはりいい人だ。本当に人のことまで考えられてずるいよなあ。私なんて自分一人のことで精いっぱいなんだから。
 顔もイケメンだし。

 「なんでそんなに優しいんですか?」
 「ん? なんで優しいか? そんなの決まってんじゃん。愛香が好きだから」
 「また、そう言って!!!」

 私をほめ殺す気なのかな?

 「それより……」

 咳払いをして、

 「なんで、私のことが好きなんですか?」
 「そりゃあ、かわいいし、そんなかわいいお前が不幸ぶっているのを見ると、少し腹立たしいんだよな。お前みたいなかわいいやつがなんで笑顔で暮らせてないんだろって」
 「本当にそれだけ……?」
 「当たり前だろ。一目ぼれにもならないような小さな恋心が、お前の自殺未遂で形になったってわけだ」

 なんでこんなにくさい言葉をいえるのだろう。

 「また自殺されるのは勘弁だけどな」そう言って笑う彼に対して不本意ながら少しだけときめいてしまった。
 なんでくさいワードなのに、こんなにかっこよく聞こえるんだろう。

 「おっと、そろそろ急がないと遅刻してしまうな。急ぐぞ、愛香」
 「うん!」

 そして彼が差し出す手を握って、共に駆けていく。
 暖かい、男性の手と言う感じがする。手の温もりが気持ちがいい。

 永遠に触っておきたいというそんな雑念を持ちながら走った。