目が覚めたらもう三時だった。
 もう帰る時間だ。
 結局私は今日の授業を一切受けずに帰ることになる。
 罪悪感でいっぱいだ。

 どうしよう。帰りたくない。
 ダメだ、今度こそ私が私の存在を否定してしまう。
 自分が自分のことが嫌いになったらどうしたらいいの?

 そしてこそっと保健室を出て、家に帰る。

「ただいま」

 そう、お母さんに告げて、自分の部屋に行く。

 はあ、本当に疲れた。
 家までたどり着くのに本当に体力を使った。
 正直もう寝たい。
 でも、ご飯食べなきゃ。

 そしてしんどい中ご飯を食べ、宿題を済ませて寝た。
 もう目覚めなくてもいいと願いながら。
 思えば私も良く自殺しようとしたものだ。今は怖くて絶対にそんなことは出来ない。
 何しろ今は命を惜しく感じる。今までの人生を無駄にはしたくなくて、

 茂のせいだ。茂がいるから死ねない。
 もう、疎遠になってしまっているのだけど。


 そして翌日もまた学校に向かうために玄関のドアを開ける。嫌だなと思いつつ、

 だが、その瞬間凄く嫌になった。怖くなった。今ドアを開けたらまた悲劇が起きるのかなって。
 実際あれから川原君がどうなったとか言う話も聞いてはいないが、あれからスマホは怖くて見れてないので、どうなっているかは分からない。

 もう今日は休んじゃおうか。そう思った時、

「よう、愛香」

 そう、見知った顔の男が話しかけてきた。

「え? 茂?」

 驚いた。なんでここにいるの?

「ああ、俺だ」

 状況が全く把握できない。
 何で、私の住所も知らないはずなのに。
 なんで?

「今日はさ、一緒に遊びに行こうぜ」
「う、うん」

 もしかしてこれは夢? と思ってしまうが、そんなことを考えても仕方がない。もしこれが夢ならいつか覚める。
 なら今を全力で楽しまなくちゃ。

 茂が連れてきてくれたのは、山だった。
 まさか、山登りなんて思ってなかったから一瞬驚いたが、茂と一緒なら絶対楽しい。
 運動苦手だから途中でヘタる可能性があるけど。

 そしてしばらく二人で手を繫ぎながら登り続ける。茂の手は暖かくて、あの日々を思い出させるものだった。あれからまだ一か月程度しかたっていない。

 だが、もう私にとっては懐かしい思い出へと変わっている。

「愛香、勉強はちゃんとしてるか?」
「うん……してるよ」
「それは良かった。実は俺、受験校そっちに行くんだ」
「そっち?」
「ああ、この近くに大学があるだろ。ほらT大」

 近くの大学の名前だ。確か偏差値は相当良かったはず。
 しかもそこの医学部となれば大したことになる。

「そこに、俺と愛香で行かないか?」

 え?

「ちょ、無理」

 絶対に無理なその提案に私は思わず首を振った。

「愛香ならできるって。大丈夫だ。あそこの文学部、確か偏差値六十二だから」

 普通に高い。
 そりゃあ医学部とかに比べたら低いだろうけど。

「私には無理だよ」
「行けるって。俺は愛香の事信じてるから」
「……うん」

 信じてる。その言葉でとても嬉しくなる。
 茂に信用されているなという感じがして。

 そして喋ってるうちに休憩スポットのベンチが見えてきた。

「いったん、ここで休むか」
「うん」

 茂はベンチに私を座らせると、近くの自動販売機で水を買って私に向かって投げる。
「よっと」と言って受け取った私はキャップを取り、水をごくごくと飲む。

「いい飲みっぷりだな」
「だって、疲れたもん。なんで山登りなの?」
「それはな……愛香の気を紛らわすためにはこれしかないかなと思って」
「……そう。知ってて来たの?」
「ああ」

 見られたくなかったな。こんな私。
 少なくとも、(好きな人)には。


「どうやって知ったの?」
「お前の友達が気を聞かせて教えてくれたんだ。お前がしんどそうだって」

 そう言って茂は私の横に座る。

「俺はお前を恨んでない。……お前の父親は恨んではいるが、それにはお前は関係ないんだから」
「……そうだね」

 そうだとしても、茂がそう言ってくれたとしても、私の心には何も響かなくなってしまっている。
 犯罪者の娘、人殺しの娘というレッテルをこれからも張られ続けるという事は確定なんだから。

「愛香、俺はいなくならない。流石にお前の家に常に行くことは出来ないけど、困った時には呼んでくれ、すぐに飛んでいくから」
「……」
「愛香、信じてくれ。お前は一人じゃないし、お前のことが嫌いな人なんてこの世にはいないと信じているからな」
「私は、そんな奇麗ごとじゃあ、だめなの。なんか、もう……」

 言いたいことを上手く言葉に出来ない。

「私はこの残酷な世界で生き続けなきゃならないの? って、不安なの」
「なら、俺が守ってやる」
「え?」

 そして、続いて、ファミレスに来た。

「久しぶりだろ。勉強会」
「……そうだね」
「お前が怖いのなら、これから毎週土日にお前のところに行ってやる。そして、一緒に遊ばないか?
 お前の不安が吹き飛ぶまで」
「そんな日はないのよ! だって、絶対成長して大人になってもそう言うことは言われるにきまってるし」

 何を言ってるんだろう。本当に自分の感情がコントロールできない。

「茂……やっぱり駄目だよ。現実はそんなに甘くないの」

 茂はそれを聞いて顔を俯せにする。
 甘くないのなら、どうなのと自分でツッコみたい。

 自分でさえうまい解決方法を把握してないのに、茂が出す按排な解決方法を否定して、夢見がちなって、茂こそ、どうにもならない現実で、私を助けようとしてるんじゃないの?

 でも、私はどうしても思ってしまう。
 立場が違う癖に、分かったようなことを言わないでと。

「茂……その……ごめん」
「……」

 無言の時間が続く。
 茂も私にあきらめがついてしまったのかな。
 ああ、辛いな。こんなことになるなら変な癇癪なんて起こさなかったらよかった。
 茂はわざわざ家まで来てくれたというのに。

「愛香、確かに俺は無力だ。でも、愛香を想う気持ちは誰よりもあると思う。今日はそれだけ覚えててほしい」
「……うん」

 そしてその後は、二人で事件のことは口に出さずに勉強した。
 そして、そこから二人で用事がある時以外は土日に一緒に集まることになった。
 それから毎週、その日を楽しみに生きてくことになった。