その日はよかった。だけど翌日、

 「何これ」

 ホワイトボードに、愛香には彼氏がいると大きく書いてあった。

 「なによこれ!」

 十和子が叫ぶ。私をかばうように。

 「長谷川君⁉」

 そしてそのままの勢いで、長谷川君に問い詰める。
 十和子は強い。私はまだ体が動いていないのに。


 「俺じゃねえよ。なんで俺がそんなことをするんだよ」
 「振られた腹いせ」
 「俺はそんなくそみてえな人間じゃねえよ。第一、これは俺が来た時からあったぜ、なあ、隆」
 「おう、確かに」
 「っ」

 どういう事なのだろう。

 「嘘言わないで!!」
 「本当だよ!!」

 十和子と、長谷川君の怒鳴り合いが続く。私はそれを止められるはずなのに、体が動かない。
 でも、もしかして、

 「もしかして!!」

 私は叫んだ。その瞬間、クラスの目が私に向かった。

 「誰か、あの場所にもう一人いたとしたら」
 「だれか?」
 「私人とぶつかったの。入り口付近で」
 「どういうこと?」
 「それが正しかったらあそこにいたのは、第三者ってことだよ」

 だけど、その第三者はなぜ、私に彼氏がいるという事をあそこに書いたのだろう。

 「という事は、長谷川君か私を貶めようとしてるってこと」
 「……愛香、探偵みたい」
 「私は探偵じゃないよ。それで……犯人探しってする? 私はどっちでもいいけど」
 「俺はどうでもいい。犯人探しほど無駄なことはないからな」
 「じゃあ、これで終りね」

 それで、この騒ぎは終わった。これでもう終わると思っていた。だけど、次の日、もっと恐ろしいことが書かれていた。


 「……なんで?」

 そこに書いてあったのは、私の父が殺人鬼ということを示唆するような内容だった。

 何で知ってるんだろうか、何でこの事実がばらされたのだろうか。
 分からないよ。

 そしてふと周りを見渡す。すると、皆の目が変わっていた。その目を見て少し怖くなった。

 「誰よ」

 そんな空気をぶち壊すように、十和子が口に出した。

 「誰よ!!!」

 更にもう一言。

 「人の家庭環境に、首ツッコむような人がいる? 最悪でしょ。とりあえず消させてもらうね」

 そう言った十和子はホワイトボートまで走って向かい、ボートに書かれた文字を消す。

 「もしこのことを口に出したりしたら許さないから」

 そう言って十和子は私のもとに駆け寄る。
 

 「大丈夫?」
 「うん……」
 「ごめんね、事前対処できなくて」

 なんで謝るんだろう。
 私は感謝しなきゃいけないのに。

 「謝る必要なんてないよ。だって、十和子は強いし」
 「強い?」
 「うん。だって、私の代わりに怒ってくれたし」
 「それは当たり前のことじゃない。誰だって起こるよ」
 「ありがとう」

 そう言って私は十和子に抱き着いた。


 でも、十和子にさえ知られるのさえ、怖かったのに、クラスの全員に知られるなんて。
 これからどうしたらいいのだろう。

 結局私は休み時間の他の人の目線が怖く、学校を早退した。
 家に帰るとすぐにベッドに寝ころんだ。


 お母さんには「なんで学校休んだの!?」と怒られた。まさか学校で父親ばれしたとはいえずに疲れたからと、言い訳をした。
 怒られたけど、本当のことを言うよりはましだ。

 そこから私は学校に行くのか怖くなった。
 私の事を悪く思っている人がいるんだと思ったら、恐ろしい。
 わざわざ私の秘密を公開するような人なんて、絶対に悪い人に決まってる。


 ああ、なんでこうなったんだろ、と茂の連絡先が入ったスマホをぎゅっと掴む。
 今画面は、茂に対してのメール画面だ。いつでも茂にメールを送れる状態だ。
 でも、でも、送れない。
 ああ、私はだめだなあ。


 結局翌日も学校に行けなかった。お母さんも少しだけ丸くはなったみたいで、無理矢理に行かせられるなんてことは無かった。でも、少し怒ってる感じがする。

 そんな時、十和子から電話がかかってきた。
 電話を取るのが怖い。悪い事なんて言われないと思っていても。

 思わずスマホをベッドの上からスマホを落とした。
 ちょうどトイレ行ってたとか、言い訳出来ないかなって。

 だけど、音は鳴り止む気配がない。
 部屋に着信音がただ、ただ、流れている。

 さすがにうるさく感じ、スマホを手にし、電話の着信を止める。すると、また聴こえてくる。
 どうしても私に話したいことがあるみたいだ。

 『あ、愛香! 良かった、繋がった』
 「どうしたの?」
 『それがね、クラスで色々と揉めてるらしくて、今長谷川くんがメインで犯人探しをしているの』
 「その、私に対してのヘイト発言……みたいなやつはあるの?」

 そこがやはり心配。

 『ううん、逆。私が愛香から聞いた事を言ったらみんな同情してくれたみたい』
 「……そう」

 悪い人ばかりじゃないようだ。

 『だから、安心して学校に来て。みんな待ってる』
 「うん。分かった」

 少しだけ安心した。
 明日は学校に行こう。そう思った。