「なんで?」

 このリスクを考えていなかったわけではない。

 頭の中には少しこのリスクが思い浮かんでいた。
 お母さんに遭遇するリスクが。

  ただ、本当に会ってしまうとは思っていなかった。
 元々いつか会うことになるとは思っていたが、まさか今ここで会ってしまうとは。

 今更言い訳も思いつかない。ここは正直に言わなければ。


 「お母さん。何も言わずに家を出てごめん」
 「……そう。それで何で家を勝手に出たの?」


 せめて心配したんだから! なんて言うセリフがあってくれてもいいと思うのだが。どうやらお母さんにはそんな優しさはないみたい。

 「俺が連れ出したんです。一緒に遊びたくて」
 「……」

 沈黙が怖い。次の瞬間家に無理やり連れ返されるかもしれない。それだけは嫌だ。

 「なんで電話に出なかったの?」

 明らかに怒っている顔で言われた。

 「俺が電源切ったんです。だから悪いのは俺なんです」
 「そう。でも、それは愛香も協力したってことだよね」
 「そう……だけど」

 「なんで? なんで電話にも出ないの? おかしくない? もし私が体調悪い旨の電話とかだったらどうするの? それでも出ないってこと? どうせ、電話に出たら家に連れ返されると思ったからだと思うけど、それでも一言あってもよくない。そもそもお母さんをそんなに悪だと思っているの? 私だって言ってくれたら許すかもしれないじゃない。全く。それで、その人とはどういう関係なの?」

 お母さんはやっぱりお母さんか。

 こんな公園でそんなヒステリックなことを言うなんて。


 絶対言ってても色々といちゃもんとかつけて許してくれなかっただろうに。
 そして、彼との関係……もちろん本当のことを言えば私の彼氏だが、それをお母さんに言うのは怖い。

 もし彼死なんて作ったことが知られてしまったら、何を言われるかわからない。私は、ただ、彼と一緒にいたいだけなのに。
 でも、でも、ただのクラスメイトとは言いたくない、嘘をつきたくない。

 そう、このことに関しては。

 よし! 言おう! そう決意して、私は口を開いた。

 「……私の彼氏」
 「彼氏!?」

 明らかに驚いた顔を見せる。明らかに私に彼氏が出来るとは思っていなかったようだ。
 言葉で形容するならば、口がポカーンと空いているという言葉になるだろう。
 実際には空いていないけど。

 「それって本当の事かしら」

 そう、お母さんが茂君に向かって言った。

 「ええ、事実です。娘さん、愛香さんと付き合っています」

 そう、彼は淡々と言った。

 「……そう」

 お母さんはようやく冷静さを取り戻し、言った。

 「でも、勝手に出かけたことは許せないわね……それでこれからどうするの?」
 「え?」
 「私としてはこのまま遊んでてもらってもいいんだけど」


 ああ、これは私を試している。心で私を牽制している。
 もし私が茂君のもとへと言ったならば、どうなるかわかってる? と。私は茂君のもとへ行きたい。
 でも、怒られるのは嫌だ。これはどうしたらいいんだ。


 ああ、そうか。私は元から詰んでいたのかもしれない。
 私には無理だったんだ。
 どうせ、色々とがんじがらめの私に恋愛なんて。


 そう思っていると、茂君がこちらに小走り出来て、私の手をぎゅっとつかんで、

 「俺は、愛香さんと一緒に遊びたいです。だから貰って行っていいですか?」

 と言った。

 「ええ、いいですけど」

 ナイスアシスト茂くん。どうやら捨てる神あれば拾う神在と言う事らしい。ちゃんと救世主はいたのだ。私のそばに。 私には白馬の王子様も救世主もいる。って、どちらも茂くんのことだけど。
 流石のお母さんも茂くんにこういわれては従うほかないようで、「わかったわ。でも、五時半までに帰ってくるのよ」と、言い残して去って行った。

 「ふう、ありがとう茂くん」

 お母さんが言った後、すぐにお礼を伝えた。茂君がいなかったらどうなっていたかわからない。それが今こうして二人で入れてる何と良いことだろう。

 「幸せだあ」

 そう呟いた。もう呟きざるを得なかった、

 「本当いつもありがとね」
 「いや、当たり前のことだ」

 そして、彼の提案で家に戻ることにした。何ともなかったとはいえ、なんとなくここにいるのも忍びないからだ。

 「さて、カートレースゲームするのでいいか?」
 「そうだね」

 とはいえ私もゲームすること自体がほぼないことだから緊張している。だってゲームなんて買ってもらえるわけがないもん。
 まあ、それは置いといて、わくわくも当然している。一般論としてゲームは面白いものだからだ。
 そのゲームを今からやる。どうしてワクワクしない物か。

 そして、ゲームが始まった。私はよくわからないから茂君から「初心者用だよ」と言われたキャラを使う。茂君曰く、そのキャラは加速が高いからコースアウトしてもすぐに復帰が出来るらしい。

 とは言っても上手く操作できない。当たり前だ。私は初心者なんだから。
 しかし、ここまで操作しづらいとは思わなかった。何回もコース外へと言ってしまう。うぅ、こんな情けない姿を見せている私を見られているのが余計恥ずかしくなってきた。

 すると、「教えてやる」と言って、茂君が自分のマシンは置いといて、私に直接動かし方を教えてくれた。

 「とりあえず、車運転するよりは簡単なはずだから、ビビらなくてもいいぞ」

 その言葉でだいぶ楽になった私は、上手く車を運転し、二位に躍り出た。

 「その調子だ!」とその彼の誉め言葉で単純な私はうれしくなってしまう。

 そしてそのまま二位でゴールインした。当然茂君が一位だ。二位になったとはいえ、茂くんには結構な差をつけられていた。そのことを思い「くそー」などと言って、茂くんはそれに対し、「ざまあみろ」と言って笑っていた。


 その後、様々なゲームを思う存分遊び終えた私たちは、茂君の家で夕食を取った。夕食はいいよと言ったが、せっかくだから一緒にご飯を食べようと、言われては仕方がなかった。
 お母さんに連絡もした。怒られるのが怖いから、茂君と美智子さんがご飯一緒にどう? と言われたからと言う理由で。


 断られると思ったがあっさりと認められてしまった。
 お母さんも思ったより悪い人ではないのかな。
 もしかしたら言ったら本当に分かってくれていたのかもしれない。
 でも、それは別にいいか。私は今茂くんと一緒に夕飯を食べれるという最高の状況にいるのだから。

 「いっぱい食べてね。今日は手によりをかけてご飯を作ったから」
 「ありがとうございます」

 そして一口食べる。おいしい。
 何と言うか、人の感じがする。お母さんのご飯とよく言うが、その言葉がよく合うご飯だ。まあ、私のじゃなくて、茂くんのお母さんだけど。

 でも、ストレスにまみれながら作ってくれるお母さんのご飯よりもはるかにおいしい。そもそも家族で食べるご飯はあまり味がしないのだ。まあお父さんが味を変えてくるからと言うのもあるし、お父さんがいるからっていうのがでかいんだけど。

 「おいしいです」と言うと、美智子さんが「そんなこと言ってくれてうれしい! 茂ったら全然言ってくれないんだから」と言ってくれた。

 そんな……私のお母さんは「そう」くらいしか言わないのに。こんなことを言われてしまっては、この家の養子になりたいと思ってしまう。まあとはいえ、将来のことはわからないけれど、もし将来結婚することになったら、義理のお母さんになるということだ。いやいや、その場合この人目的で結婚するわけじゃないけど。

 はあ、いいなあこういうの。私にはない家庭だ。私にはない暖かさだ。羨ましい。茂君が羨ましい。
 いや、羨ましいと思うのはいい、恨まないようにしないと。私は……茂くんのことが好きなんだから。

 「ああ、幸せ」

 何回茂くんといるときにこのセリフを言っただろう。そろそろ茂くんも嫌になってきているんじゃないかと思うが、言いたいんだから仕方がない。ああ、楽しい。楽しい。幸せ過ぎる。私の不幸を吹き飛ばす味だ。

 「なんか私、ここいいなあ」
 「なんだよ」
 「私の家に比べて百倍楽しい」
 「そう言ってもらえてうれしいわ。ありがとね」
 「いえいえ。本心を言っただけなので」

 そしてその後、ご飯を食べ終わり、お母さんに無理を言って家に泊まることになった。
 まさかこんな無茶が通るとは思っていなかった。建前は茂君や美智子さんに「今夜はウチに泊まって行って!!」と言われたからという形にしているが、本当は私が泊まりたいだけだ。

 たとえ、茂君が言ってなかったとしても私が言っていただろう。

 私は単純な人間だ。お母さんに夕食を茂君の家で食べることを許されたら、今度は泊まることを要求するなんて。

 そして、夜は茂君と寝ることになった。今からでも楽しみだ。
 そして食後は二人でトランプをすることになった。……人とトランプするの久しぶりだな。お母さんにトランプしよ! なんて言えないし。

 とはいえ、今スピードをできることがうれしい。ルールを知らない私に茂君が優しく教えてくれて、その瞬間も愛おしい。

 途中から美智子さんも入ってきてくれて、大富豪やババ抜きをした。美智子さんは本当に私を自分の子どものように扱ってくれて、本当に、本当に楽しかった。茂君はもちろんとして、美智子さんにも感謝しなければならない。私に愛を与えてくれて。

 「ねえ、ありがとう。連れ出してくれて」

 そう、お風呂に入る前に茂くんに言った。

 「おう」

 茂君が照れくさそうにそう言ったのを聞いて、そのままお風呂に入った。