夏菜子と喧嘩して1週間が経った。
あの日、央輔に勇気づけてもらい、アパートで央輔と別れた。家に帰るとお母さんに散々心配された。目が真っ赤で膝と顎を擦りむいて、挙句央輔の家でしてもらった洗濯じゃ落としきれなかった泥まみれの服を来て帰ってきたならそうもなるだろう。
「夏菜子と喧嘩したの」と言うと、お母さんはそっかと頷いた後それ以上何も聞いてこなかった。
夏菜子に、仲直りしたいことを伝えた。
当日送っていたものに加えて、次の日にまた「話がしたい。話をしてもいいって思えた時があったら、連絡して欲しい」と送った。
既読がついて、今度は「わかった」とだけ返信がきた。とりあえず返事がきたことに心底安堵する。
まだ夏菜子から、「話をしよう」という連絡はきていない。いつ連絡がきてもいいように心の準備は万端なのだけど、夏休みが始まってしまった。
夏菜子に会わない。
お母さんとお父さんはお仕事。
央輔も静枝さんも忙しいようだし、外に特に用事がないせいで、私はこの1週間1歩も外に出ていなかった。
「…ひ、暇すぎる…」
持っている漫画を全て読んでしまったし録り溜めていたドラマも見え終えてしまった。やることが思いつかない。何をしよう、と部屋の真ん中で大の字になる。…まあ、夏菜子からの連絡に気を取られてそわそわしていたから、全然集中して臨めてはいなかったんだけど。
それでもやることがなくてどうしたらいいか分からないのも事実だ。
外はぴかぴかに晴れている。今日は雲ひとつない青空だ。
…よし。
がば、と起き上がって気合いを入れ直した。
いつまでも部屋の中で籠ってたら気が滅入る。夏菜子と仲直りできるかという不安が増幅する。
気分を変えるために外に出よう。
ずっと着ていた部屋着を脱ぎ捨てた。
好きな服と好きな鞄、お財布に少し多めのお金をいれて外に出た。目指すのは、私のお気に入りの公園だ。

家から30分ほど歩くとその公園はある。
ここら辺で1番大きな公園で、子供向けの遊具は勿論、大人向けの長い滑り台や公園をぐるりと歩けるウォーキングコース、公園の真ん中には大きな池があり、老若男女に大人気だ。
小さなスペースだけど足首までの水遊び場もあって、夏の暑い日にも人がよく集まる。
「おかーさん、早く早く!」
「こら、もー!滑り台あと1回で終わりだからね!」
やっぱりいつも通り、親子が多かった。散歩する年配の男女もいるし、この暑い中芝生でバトミントンをする男子大学生もいる。
元気だなあ、と微笑ましくなった。
私はウォーキングコースを黙々と歩いた。
時折すれ違うおじいちゃんおばあちゃんに挨拶されて、ぎこちなく返した。
ぐるりと1周歩き終えて、併設されてるカフェスペースの前まで来た。だいぶ気分も晴れやかになったように思う。
汗もかいたし、帰ってシャワーでも浴びようかな、と踵を返そうとした。
「…瀬川?」
知っている声に呼ばれた。
振り返ると、亮太がいた。
「り、亮太、ひさしぶり」
「おう、ひさしぶり。1人?」
一気に身体に緊張が走った。
亮太にではない。亮太がいるなら夏菜子もいるかもしれない、という予測に対してだ。
「1人。…亮太は?1人?」
「…1人だよ。なあ、暇ならそこのカフェ一緒に行かね?」
亮太が丁度私たちの隣にあるカフェを指さす。
少しだけ迷った。夏菜子が、私が亮太を好きだともし勘づいているのなら、亮太と2人でいるのは避けたい。誤解を生むようなことをしたくなかった。
「話、あるんだけど。すぐ済むから」
真剣な顔で言われれば断れない。
逡巡して、頷いた。
「…5分なら」
亮太が「分かった」と頷く。ふたりで店に入った。
あれ、と一瞬思考が止まる。
…そういえば私、亮太に会ったのに、変にテンションが上がらない。会ったどころかふたりでカフェなんて、今までだったら絶対嬉しくて心の中で飛び跳ねてたはずなのに。
不思議に思いながら首を傾げる。
店員さんに席を案内されて、ふたりで座った。
メニューを広げて適当にパラパラめくる。
亮太はオレンジジュース、私はアイスココアを注文した。
「夏菜子のことだけど」
どき、と心臓が音を立てる。嫌な緊張が体を走った。
「喧嘩したんだって?」
「…夏菜子から聞いたの?」
「言わないよ。夏菜子は何も言ってない。…ただ、不自然なくらい瀬川の話をしなくなって、聞いたら『自分がわがままを言った』としか答えてくれなかった」
わがまま。…わがまま?
どこがわがままだと言うのだろう。私が悪いのに。
夏菜子が自分を責める理由なんて、何もないのに。
「瀬川にも瀬川の気持ちがあるし、仲裁なんてする気はなかった…けど。夏菜子が笑ってないと調子狂うから、ひとつだけ言いたい」
亮太が私を見る。
いつも大事なことを言う時は、必ず相手の目を見る人だった。絶対に逸らさず、相手をしっかりと見る人だ。だから好きになった。そういうところが好きだった。
そういうところがずっと、大好きだった。
「夏菜子は、瀬川のことがすごく好きだよ。夏菜子は友達が多いし、実際そうだけど、瀬川はその中で特別なんだ。瀬川を大事にしてるって傍目からでも分かる」
今まで亮太が「夏菜子」と呼ぶのが嫌いだった。
妬む気持ちもあったし、何より、誰よりも愛おしそうに呼ぶのが大嫌いだった。私だってそう呼ばれたかった。
亮太が唯一名前を呼ぶ女の子。
亮太の大事な子は、夏菜子。
「夏菜子は瀬川を1番好きだよ。…俺のことよりも、ずっと」
あぁ、もう大丈夫なのだと、すんなり自分の中で納得がいった。
亮太が特別でなくなった。亮太の口から紡がれる、私ではない大事な子の名前に、嫉妬心が生まれない。
亮太、好きだよ。とてもとても、大好きだった。
もう、そばにいれなくても、いいよ。
幸せであるならそれでいい。
「…ふ、亮太、悔しそうな顔隠しきれてませんけど」
堪えきれず、笑みを零した。
亮太が拗ねたような顔をする。
「…悔しくて当たり前だろ。俺と付き合ってるのに、夏菜子はいっつも瀬川のことばっか。誰が1番大事なのか分かりやすくて、悔しいよ」
本当に悔しそうな顔をしていて、おかしくて笑い声を零した。
私から見れば、亮太の方が大切にされてるように思うのに、まさか同じように私も思われていたなんて。
注文した飲み物が運ばれてくる。
アイスココアに手をつけようとした私をちらりと見た亮太は、不意に立ち上がった。
「悪い、トイレ行ってくる」
「あ、うん。分かった」
コースターに載った冷たいオレンジジュースがじわりと汗をかき始めた。
それを眺めながらアイスココアを飲んで、亮太遅いなぁと思い始めた頃、目の前の椅子が引かれる気配がした。
「あ、おかえ…か、夏菜子!?」
驚いた。夏菜子がいた。突然の登場に動揺と戸惑いが隠せない。夏菜子も心底気まずそうな顔をしていた。
「ひさしぶり、凪砂。…い、一緒に座っても、いい?」
窺うような顔。
もちろん、と吃りながら頷いた。
…そうだ、そういえば、亮太は甘いジュースが苦手だった。オレンジジュースは、夏菜子の好物だ。
…亮太の野郎。
「…亮太は?」
「外出た。…私もトイレ行ってたらこのカフェいるって連絡きてて、まさか凪砂がいるなんて、知らなくて」
言い訳をするように夏菜子が言う。
夏菜子は居心地悪そうにそわそわして、オレンジジュースを手に取ってストローで飲んで、それから噎せた。
「ちょ、大丈夫?」
ごほごほ、と噎せる夏菜子に慌ててテーブルにあった紙ナプキンを渡す。
夏菜子は噎せながら申し訳なさそうにそれを受け取って呼吸を整えて、目にじわりと涙を溜めた。
ぎょっとした。生理的な涙ではない、明らかに感情的なものだった。
「な、凪砂は、あたしのこと、嫌い?」
「え、?」
「凪砂、あたしのこと好きじゃない?友達じゃない?ずっと、仕方なくそばにいてくれた?」
何、何を言ってるの、夏菜子。
急な発言に戸惑う。
そんなこと思ったことない。夏菜子が好きだからそばにいた。友達だと思ってるから隣にいた。私が夏菜子の隣が好きで、だからずっとそばにいたのに。
「っあ、あたしは、凪砂のこと好き。大好き。凪砂はいつも本当に大事なものが決まってて、芯があってかっこよくて…あたしは人に流されてばかりで、愛想笑いだけしてて、…そしたら本当に私の事好きな人なんて、誰もいなくなって」
夏菜子の目からぽろぽろと涙が落ちる。
しゃくりあげながらも必死に言葉を紡ぐ夏菜子に私の目まで潤み始めた。
違うよ、夏菜子。
私、そんなにかっこいい人間じゃない。
だけどもしそう見えてたのだとしたら、それは隣に夏菜子がいたからで。
夏菜子が私の隣で、私を信じて笑ってくれていたから、それが何よりも私の自信になっていただけなのに。
「凪砂は優しいから、…優しいけど、いつも不安になる。あたしのわがままを許してくれてるだけなのかもしれない、本当は嫌だけど仕方なくそばにいてくれてるのかもしれない。っそ、そう思ったら、頭の中のぐちゃぐちゃ、ずっと、止まらなくて…っ」
…今まで、そんな風に思っていたの?
夏菜子はいつも笑っていた。「凪砂」って、私の名前を笑顔で呼んでくれていた。
どれだけの不安を、明るい笑顔の下に隠していたのだろう。
私に気づかれないように、勘づかれないように、感情を探って表情を見極めて、自分のことを本当に好いているか不安と焦りが胸に広がって一度も好かれている確信を持てないまま、夏菜子はずっと、笑っていた?
「…凪砂、亮太のこと好きでしょ…?」
どき、と肩が揺れた。背中に冷や汗が伝った。
誤魔化そうと思った。そうするのは簡単だった。
だけどもう、夏菜子に嘘をつきたくないと思った。
嘘をつきたくない、というより、本当のことを言いたいと、心底思った。
「…うん。好きだったよ」
初めて夏菜子に言った。夏菜子は「やっぱり」という顔をしていた。やはり気づかれていたのだ。…いつから?
「…あーぁ、やっぱりそうだよね。…あたし、凪砂のこと試したの。凪砂に亮太が好きって言った時に」
『あたし、亮太が好きなんだ』
あの時。
頬を染めて、恋する乙女の可愛い顔を私に向けてきた時。
「凪砂が亮太を好きって、分かってた。幼なじみ舐めないで欲しいよね、凪砂って自分で思ってるよりずっと顔に出るタイプだし。…あの時、直前にあたしが凪砂に聞いた事、覚えてる?」
記憶を探る。
あれは…、そうあれは、教室で言われたのだ。
夏菜子が休み時間、急に私の席に来て。
好きな人がいる、と耳打ちされたのだ。
その、前の会話。
「…あたし、好きな人いる?って聞いたよね」
あぁ、うん、そうだ、聞かれた。
言えるわけがなかった。
亮太は夏菜子を好きで、その相談を亮太から受けている限り、私の恋は一生実らないわけで。
「あの時凪砂は『いない』って言ったけど、目は、亮太の方見てたんだよ」
…本当に?無意識だった。私も知らない私だった。
夏菜子は今まで一体幾つの私を追っていたのだろうか。
「…本当のこと、言って欲しかった。あたしだって亮太が好きだし、絶対負けたくないけど、凪砂の本当の気持ち聞きたかった。…凪砂は、あたしになんにも言ってくれないんだって、すごく悲しかった」
店内が混み始めてきた。
子連れのお母さんが、お腹空いたと騒ぐ5歳くらいの男の子を宥めながら席につかせていた。
ずっと夏菜子の言葉を聞いていた。
夏菜子の表情を見ていた。
夏菜子の気持ちが痛いほど分かった。今までどんなに不安に思わせたかやっと真正面から感じ取れた。
…だけど。
「言えるわけ、ないじゃん」
ぼろ、と本音が零れる。
夏菜子が弾かれたように顔を上げて私を見た。
私も夏菜子を見た。
一度崩れた理性は留まることを知らなかった。
「夏菜子は知らないだろうけど、私、亮太に相談受けてたの。夏菜子が好きだから協力して欲しいって」
「っえ」
「ねえ、あの時、あれ以外に、なんて言えばよかった?亮太が好きって?亮太の好きな子にそう言うの?…何それ、そんなに私、馬鹿になれない」
止めなくちゃ、と頭の中で警報が鳴っていた。
だけど唇が音を紡ぐ。言葉を吐き出す。
夏菜子に申し訳ないことをした。
私が自分に一生懸命になっている間に、随分我慢させた。
だけど。
私だって同じくらい、頑張っていたんだ。
「私だって、言おうとしたよ!亮太に相談される前に、夏菜子に言おうとしたら亮太に呼ばれて、夏菜子が好きって言われて…っ、あんたが亮太といるのを見る度、私がどんな思いでいたと思ってんの!?」
亮太が嬉しそうに話す。
表情が大袈裟に変わって、いつもより幾分か声も大きくなってやたら楽しげで。
頬が少し朱色に染まっているのも日焼けした手がそわそわと動き回るのも、笑う時に下がる眉尻も全部好きだった。
「言え、…っ、言えるわけ、ないじゃん、あんなに亮太は夏菜子が好きで、夏菜子だって、亮太が好きで…っ、でも、でも…っ!」
そんな亮太の目線の先には、いつも夏菜子がいた。
「私だって、好きだったのにっ…!」
亮太が好きだった。夏菜子が大好きだ。
亮太が夏菜子を好きでもそれは変わらない。
ずっと好きだし、ずっと友達だ。
どうか幸せになればいい。
2人が一緒にいることでより幸せになれるなら、ずっと2人が隣で笑い合えばいい。
…あぁだけど、時々夏菜子を妬む気持ちがやっぱり奥底にあって、自分でそれを見つける度、苦しかった。そんな感情を、僻み妬みを、いつ吐き出せばよかったのだろう。
私は、一体どうしたらよかったの?
「…嬉しい」
え、と顔を上げた。思ってもない言葉だった。いつの間にか零れていた涙なんか無視して夏菜子を見た。
夏菜子は、言葉の通り心底嬉しそうだった。
それこそ、今まで見たことないほどに。
「凪砂、ずっとあたしに遠慮してたのに自分の気持ちそんなに言ってくれて、嬉しい。…あたしが知らないところでそんなに苦しんでたんだね。…ほんとにごめんね。友達失格だ」
夏菜子が残っていたオレンジジュースを一息で飲んだ。呆気にとられる。夏菜子はオレンジジュースを飲み干して、私にニコッと笑顔を向けた。
「ありがとう、言ってくれて。気持ちを聞けて嬉しい。…ねえ凪砂、あたし凪砂が大好きだから気づいちゃったんだけど、もしかしてもう、亮太のことは好きじゃない?」
「な、なに、なんで」
「だって亮太への気持ち、全部過去形だったから」
か、夏菜子が、恐ろしい。
驚きと恐怖で涙も引っ込んだ。なんて観察力があるんだろう。
もう亮太の顔は思い浮かばない。
いつの間にか央輔の顔が思い浮かぶようになった。
淡い気持ちだ。
恋してるなんて、まだ言えないほどに小さな気持ち。
「…あたし、凪砂とはもう友達に戻れないかもって思ってたの」
「え?どうして」
目を丸くする。お互いに友達でいたいって思ってるのに、なんでそんな。
「どうしたって気まずくなるじゃん。あたしは誰より凪砂が大事だけど、だからって亮太と別れてもいいって訳じゃないし。…亮太のことも、ちゃんと好きだから。いくら2人のこと信頼してたって、亮太を好きな凪砂と、亮太が2人でいるの見たら少なくとも落ち着いてはいられないよ。…嫌な感情だって、当然湧く」
夏菜子の立場にはなれないけど、理屈で説明できない感情が存在することは知っている。
夏菜子の気持ちを想像した。もし私が夏菜子なら、私も夏菜子と同じ気持ちになると思った。
「あたしは性格悪いから、自分にとって都合よく進むなら、いくらでもその可能性にしがみつくよ。もし凪砂が亮太をもう好きじゃないなら、…もし凪砂が、また私と友達になってもいいって思ってくれるなら」
…えぇ、と。うーん。
夏菜子。私、夏菜子のこと誤解していた気がする。
私の中の夏菜子は天真爛漫で、純粋で優しくて、可愛い女の子。
幼なじみをずっとやってきたけど、夏菜子がまさかこんな、ゴリ押し系女子だったなんて。
涼しい店内にいるはずなのに、汗が頬をたらりと伝った。
「ねえ凪砂。あたしたち、また友達になれる?」
にっこりとした笑みを向けてくる夏菜子。
…言い方は強引だけど、一応夏菜子が望むような展開ではあるのだ。
私はもう亮太が好きじゃない。
夏菜子のことが大好きだから仲直りしたいし、…多分、いやまだ確定もできない感情だけど、恐らく私は、央輔を好きになりかけているし。
…あぁ、私の友達が、まさかこんな悪どい感情を持っているような子だなんて。
「…夏菜子って、ほんと」
はぁ、とため息をついた私に、夏菜子がびくりと肩を揺らした。
さっきまできらきらした笑顔をして私の言葉を待っていたのに、今は呆れる私にびくびくしている。
表情が暗くなっている。
「…私と友達でいたいとか、…初めて話した時にも言ってたけど、私のことが好きとか」
ひとつ、目を閉じる。
凪砂、と私に笑いかける夏菜子が瞼に浮かぶ。
ふ、と笑みが零れた。自分でも驚くくらい、柔らかい笑い声だった。
「……ばかだなぁ。でも、ばかでも、もし本当に性格が悪いんだとしても、…私、夏菜子のこと好きだよ。ずっと友達でいて、夏菜子。2人ともしわくちゃのおばあちゃんになって、夏菜子が死ぬ時になったら、亮太を押しのけて私が夏菜子の1番近くにいてあげる」
夏菜子と笑うのが好き。
へこんでも、落ち込んでも、夏菜子に話して夏菜子が明るく笑って励ましてくれたら、もうそれだけでどうにかなるかもって思う。
例えば世界中の皆が敵になっても、夏菜子だけは味方でいてくれるんだろうなという勝手な自信がある。夏菜子はそう思わせてくれる人。
そばにいるよ。だからずっと、そばにいて。
「…あは、なんであたしが凪砂より先に死ぬ前提なの?」
夏菜子が笑った。嬉しそうな、…安心したような笑顔だった。もうそれだけでいいなあなんて、思ったりもする。
「私は長生きするもん。夏菜子より先に死んでやらない」
「ひっどーい!凪砂小学校の時しょっちゅう風邪ひいてたくせに!」
「夏菜子は風邪引かない代わりに、いっつも怪我してたよね。昔から、ほんと危なっかしいんだから」
「危なくても凪砂が止めてくれるでしょ?」
「…もう止めてあーげない」
うそうそ冗談、と夏菜子が慌てる。
私がツンとそっぽを向いて、夏菜子がさらに焦って。それから、2人同時に噴き出した。
カフェから並んで出てきた私達に、窺うように「…仲直りした?」と出入口で待っていた亮太が言う。
明るく頷いた夏菜子に、心底安堵したように笑う亮太の横顔を、私は一緒に笑って眺めた。