大学に無事合格した。
学部は違うが夏菜子も一緒だ。
夏菜子は相当勉強漬けの日々に嫌気が差していたらしく、合格発表の日から浮かれっぱなしで、私と亮太とを交互に、ほぼ毎日遊んでいる。
大学は家から少し遠かった。
通えないこともないけど、それにしても通学時間が長くてもったいない。
お父さんとお母さんと相談して、一人暮らしをすることになった。自分だけの家。わくわくする。
どんな家具を置こうか、と心が躍った。
ウッド調のベッド。その隣に置くサイドテーブル。本が好きだから本棚もたくさん置きたいし、勉強用に小さなテーブルと椅子も欲しい。
2人掛け用のソファーだって魅力的だし、央輔と揃いの、マグカップだって買いたい。
…央輔とは、私が高校を卒業するまでは付き合わずにいようとあの日に決めた。
人の噂は鬱陶しいが、社会人と高校生が付き合うということが腑に落ちないという意見だって分かる。なんならそれであることないこと言いたくなる気持ちだって理解できる。
誰にも責められずに、2人で幸せになりたかった。
責められないような付き合い方をしようと2人で話した。煩わしいものをできるだけ発生させないようにしよう、と。
神社には定期的に顔を出して、中山さんや和田さんとたまに遊んで、タイミングが合えば静枝さんと央輔にも会えた。けれどやっぱり本格的な秋の終わりになると受験シーズンで忙しいのか、社務所を訪れても誰もいないこともある。
私も受験で勉強を怠れないし、央輔も静枝さんも、塾の方にかかりっぱなしだった。
なんだかんだで、央輔に会えずに暫く経ってしまっていた。
その間に受験に合格し、入学手続きや一人暮らしの部屋探し、引越しの準備をしていたら、あっという間に4月が始まって2日経ってしまった。
ぴろん、と不意にスマホが鳴る。
携帯を見ると、央輔からだった。
『もうすぐ着く』
久しぶりに央輔に会えると思うと、つい笑みが零れた。
待ってるね、着いたら連絡して、と返事を打つ。
洗面所に行って、鏡を見ながら最終チェックをした。
央輔の連絡先を、先日静枝さんから教えてもらった。そういえば今まで連絡先を知らなかったことにやっと気づいた。
央輔と何度かやりとりをして、今日会うことになっていた。
場所は私の新居。1人暮らしの部屋。
どこか出かける?と提案したけど、渡したいものがあるから一旦それだけ渡したい、そのあとどこか行こうと返された。
渡したいものとやらも気になるけど、何より央輔に会えることが嬉しすぎてそわそわする。
だって、もう私は高校を卒業した。
まだ入学式はしていないけど、名目上は大学生だ。
央輔と付き合える。央輔の彼女になれる。
まだその話を央輔としていない。
今日直接会って話をするつもりだけど、改めて気持ちを伝えなければならないと思うと、すごく緊張する。
でも、気持ちは言葉にしなければ伝わらない。
人の気持ちは目で見て知れない。
自分の感情を伝えるために言葉がある。
何より央輔に好意を伝えるのは、あの日以来だ。
やっと両思いだと明らかにできる。周囲を気にせずいられる。
待ち望んでいたのだから、緊張なんかしている場合ではないのに。
…あぁあああぁ、でもやっぱり、緊張する。
指先が震える。さっきから落ち着かなくて、まだ家具が揃い切っていない部屋をうろうろと忙しなく行き交ってしまう。
言うことを聞かない自分の身体を叱咤していると、ピンポーンとチャイムが鳴る。
インターフォンを見ると央輔がいた。
「央輔!」
『おー、凪沙、着いた。開けて』
緊張が飛ぶ。嬉しくなって心が躍って、逸る心臓を忘れて玄関へ駆け出した。
ドアを勢いよく開ける。
「央輔!ひさしぶり!」
言い切る前に、パ、と視界が華やいだ。
色とりどりの鮮やかなそれが世界を彩る。
驚きで目を見開いた。
央輔は悪戯っ子みたいに笑っていた。
「凪沙、好きだよ。俺と付き合ってください」
花束を抱えた央輔が、たくさんの草花の向こうで笑っていた。
驚きと嬉しさで感情が昂って、望んでもないのに涙が出てくる。
止まらない。ぼろぼろと目から溢れていく。
だけど拭ってなんかいられない。この幸せな光景を目に収めるのに忙しかった。
「え、えぇ、もう、ちょっと何これ〜!央輔かっこつけすぎ!」
央輔が私の家の中へ入る。
ばたん、と戸が閉められた。
「男は格好つけたいものだからな。お気に召しましたか、お嬢さん」
「お嬢さんってやめてよ!もう私大学生のお姉さんなんですけど!」
涙を落としながら頬を膨らませて怒る。
花束を受け取ると、本当に色々な花が組み込まれているのが分かった。
青。黄色。白。薄ピンク。水色。
爽やかな色合いで統一されていた。
出会った時の初夏を彷彿とした。
「はは、ごめん。…じゃあ、瀬川凪沙さん」
改めて名前を呼ばれて、どきりと胸が高鳴る。
真剣な顔の央輔。
酷く緊張していることが分かった。
「大好きです。俺の彼女になってください」
花束の中で、一本だけ名前の分かる花があった。
青いデルフィニウム。初夏に咲く花。
花言葉は。
「絶対幸せにする。だから、俺と一緒にいて」
堪らなくなって、央輔の両肩に手をついて、おもいきり背伸びした。央輔は不意のことに驚きながらも、私の意図もわかっていないくせに、合わせて屈んでくれる。
ちゅ、と音が鳴った。
短い音の後、すぐに身体を離す。
衝動に身を任せてしまった。後から感情が追いついた。顔に熱が集まる。
だけど動揺を悟られないよう、花束を抱えて、思い切り笑って見せた。
「ばーか!もう幸せになってる!」
顔を真っ赤にして手で口元を抑える央輔が世界で1番愛しく思えて、私は声をあげて笑った。
