「……来年度の、放送部の体制ですか?」
「そうだよ、月子(つきこ)。もう、決まってる?」
「いいえ」
「だよねぇ〜」

 ……そんなことはなにも、考えていなかった。

 さすが、美也(みや)ちゃんだ。
 そこまで心配して、くれているなんて。

「う〜ん、ちょっと違うかな?」
「えっ、どこがですか?」
「わたし、引退した先のことなんて口出ししないつもりだったしね」
「……でも。いまのは『過去形』ですよね?」
「うん。だからこうして、改めて聞いている」


 ……ねぇ、海原(うなはら)くん。

 来年度のことなんて、考えていた?
 わたしはなにも、考えていなかった。

 部長が、そのままなのは当たり前だとしてもね……。


「……えっ! 来年も僕なんですか?」
「ねぇ。ほかにやる人が、いるとでも?」
「か、考えても、いませんでした……」
「では改めて聞くわ。海原くん、どうするの?」
「あ、あみだくじ、とかでは……?」

 ……もう。
 いつまでも腕相撲とか、ババ抜きとか、早食い競争とかいっていないでよ。
 海原くん以外に。
 わたしたちの、部長なんていないでしょ?


 ……ただ問題は、『副部長』なのよ。


「それこそ……。三藤(みふじ)先輩じゃ、ないんですか?」
「特に深くは、考えていなかったわ」
「いま、というか都木(とき)先輩に聞かれたときに。考えたんですよね?」
「だから問題だと、わかったのよ」


 ……わたしのままでいいと思う。
 確かに美也ちゃんは、そういった。
 でもわたしは、きちんと。
 わたしでいいのか、みんなに聞かなければいけないと思った。


「……ねぇ月子、『添い遂げられる』?」
「えっ……?」
「あっ、ゴメン! えっと、そういう意味じゃない」
「ほ、ほかにありましたっけ……?」

 ……ダメだ。
 このやりとりだけは。
 海原くんには、とてもいえない。


「話していてね、なんだか。とっても重たい役を、回されそうな気がするの」
「い、いままでよりも……ですか?」
「そうね。具体的にはよく、わからないけれど……」

 美也ちゃんの言葉が。
 まるで奥歯に、ものが詰まったみたいで。


「……要するに、どういうことですか?」
「まぁ、月子ならそう聞くよねぇ? だからわたしも困ったんだけど……」


「……副部長としての、『覚悟があるか』ですか?」
「う、うん」
「三藤先輩。精一杯やっているのに、どうしてなんでしょうかねぇ?」
「えっ?」
「いえ。だから先輩は、頑張ってるのになんでかなって……」
「ねぇ? いまもしかして、ほめてくれてる?」
「は、はい……」

 ……海原くんに、ほめられて。
 うれしかった。
 とっても、うれしかった。

 でも同時に、これでは足りないんだと。
 ようやく、気がついた。


「もっと人前でも話しをしろとか、愛想よくしろとか。そんなことかしら?」
「そうじゃなくて、もっとう〜ん。やさしくしろ、とかですか?」
「……海原くん、ふざけないで」
「す、すいません……」


 ふと、先日の長岡(ながおか)先輩や校長とのやりとりを思い出した。

「臨時委員会は、どうなった?」
「中間試験が終わってからにするわね……」

 ……三年生と、先生がたは。
 いったい、なにを考えているのだろう?


「いままで以上に。放送部というか、委員会の仕事が」
「増えるということ、かしら?」
「ただ。部長と副部長に『覚悟』が必要だということは……」
「余程、労力のいるなにかを頼まれるということなのよね?」

 試験も終わったので、近々話しがあるのだろう。
 だから、美也ちゃんは。
 その事前の、心構えをしておくようにと。
 そういうこと、だったのだろうか?



「……あの、三藤先輩?」
 海原くんとしては、ごく自然な質問なのだろうけれど。
 わたしは、正直。
 その質問に答えるのに、躊躇してしまった。

「先輩とふたりだけでは、大変でも」
 そう、ふたり『だけ』ではなくても。
「みんながいればできることなら、どうしますか?」
 放送部の、『みんな』と取り組めるのなら……。


 ……わたしは。


 海原くんと、ふたりでできることだけでも。
 それはそれで、構わない。


 だがそれは。
 果たして『部活動』と、呼ぶに足るものだろうか?


 ふたりいれば、できること。
 ふたりだけで、できること。

 ふたりで、いい。


 ふたりが、いい。



 えっ?
 も、もしかして。
 こういう気持ちって……。


 ただ、幸か不幸か。
 このときの、わたしの微妙な心の動きは。
 海原くんには、伝わらなかった。

 いや、海原くんが。
 珍しく、『気を利かせてくれた』のだろう。


「みんなが納得したなら、なんでもできる気がします」

 きっと海原くんは、『みんなのこと』だから。
 わたしが、『みんなに聞かないとわからない』。
 そう答えなくても済むようにと。

 ……配慮してくれた、のだろう。


 このとき、もしわたしが。
「みんなのことなど、考えないで!」
 そうはっきりと、口に出せていたら……。

 たが、わたしは。
 自分の気持ちを自覚するためには。
 まだ、なにかが。

 ……足りて、いなかった。



 あるいは、もしかして。
 美也ちゃんのいう『覚悟』というのは。
 自分『だけ』の気持ちには、蓋をしろ。
 そんなことを、指しているのだろうか?

 ……でも。

 だとしたらそれは、誰のため?
 それが揺らぐ弱さは、許されないの?



「……ごめんなさい。なんだか、わからなくなってしまったわ」
 わたしはそういうと、力無く海原くんを見る。


 すると、これまた。
 珍しいことに。


「たぶんそのときがきたらわかりますから。いまは、空でも見ませんか?」

 海原くんは、そういってから。
 わたしにやさしく、ほほえんだ。



 ……海原くんの、このやさしさを。

 わたしが、独り占めする。

 このとき、強く。
 誰よりも強く、そう思えれば。
 わたしたちの『未来』はきっと、変わっていた。

 でも、どうしてもわたしには。


 ……都木美也。

 その人を超えるだけの、なにかが。
 まだ足りていないと、わかっていた。



「……ねぇ、海原くん」
「どうしましたか、三藤先輩?」

 それでも、いまのこの時間は。
 わたしだけの、ものだから……。



「少しだけ、お願いがあるのだけれど」

 わたしは海原くんと、同じ空を見上げると。


「しばらく、このままにさせて……」


 そう断ってから、そっと。



 ……彼の右肩に、自分の頭を乗せた。