……終わりにしたのは、僕なのに。
 先輩たちは、とてもやさしかった。

 全員を見送り終えると。
 社会科教室には、放送部のみんながいて。
 加えて三人の先生たちも、まだ残ってくれている。


「あ、あの。生徒会のことで……」
 いいかけた僕を、みんながとめる。

「あ、それ。もういいからさ」
「えっ? 高嶺(たかね)?」
「そうそう、つ・ぎ・い・く・よ!」
「……な、波野(なみの)先輩?」
 もう、おしまいでいいんですか?

 ……ほんとに、こんな幕引きで?

 玲香(れいか)ちゃんと春香(はるか)先輩。
 それに三藤(みふじ)先輩にも、異論はないようで。
 でもせめて、都木(とき)先輩なら……。
「どうしたの、海原(うなはら)君?」
 えっ、本当に……。
 そ、それでいいんですかっ?


「まったく……海原君は」
 高尾(たかお)先生が、小さくため息をつくと。
「はいじゃぁ佳織(かおり)、出番よ」
「オッケー! はい、じゃぁそこの男子! シャキッとしなさい!」
 藤峰(ふじみね)先生が、待ってましたとばかりに。
 背中を平手で、思いっきり叩いてくる。

「なに? 文句あるとか、ないよね?」
 あぁ……なんでこのタイミングで。
 この先生は、無駄なウインクとかができるんだろう?

「若いからかしら? なかなかいい音したわね」
「……へっ?」
 こ、校長ですよね!
 若いからとか、関係なくて。
 むやみやたらと生徒を叩かないと、注意するところじゃないんですかっ?


「海原くん……」
 三藤先輩は、別に気にならないのだろうか?
「いくわよ」
 あぁ、なるほど。

 ……もうみなさん。『そっちのほう』が大切なのだと。

 ここにきてようやく。
 僕にも理解ができた。


 ちなみに、ゾロゾロと移動を開始する際は。
「痛そうだね……」
 やさしかったのは、都木先輩で。
「ほんとだ、痛そう!」
 春香先輩はそういったあとで。
 なぜか同じところを。
 気持ちよさそうに、スナップを効かせて叩いてから。
 玲香ちゃんと波野先輩の手を引っ張って、走り出して。

「……なによ?」
 ふと目の合った高嶺は、そういうと。
「お疲れ」
 珍しく僕を(ねぎら)ったのだと思ったのに……。
 しっかり、上履きを踏みつけてから。
「早くいくよっ!」
 ノシノシと、歩き出した。



 ……グラウンドに出ると、少し早足で。

 僕たちは、『あの場所』へと向かっていく。

 ところが『そこ』には先客がいて。
 理事長の鶴岡(つるおか)宗次郎(そうじろう)がひとりで。
 カエデの木の前で、しゃがみ込んだまま。
 目を閉じて、静かに手を合わせていた。


「やぁ、全員揃ったか」
「あの……い、いらしてたのですか?」
「なに、その前にちゃんと社会科教室にも。寄らせてもらったぞ」
「えっ……?」
「こうやって、うしろ扉を少し開いてな」
 老人は、楽しそうな声で。
「不審なジジイだと捕まるかと思ったが、杞憂じゃった」
 一度豪快に笑うと。

「生徒会は、失敗ではないぞ。時期がくればまた、誰かが挑戦するじゃろう」
 今度は、真面目な声でそういいきってから。
「……未熟な校長や、力不足な先生がいても問題ない」
 力強くうなずくと。
「学校は生徒が主役だ。きょうは、間違いなくみなさんが主役だったと……」
 もう一度、カエデの木に向かって。
「学校を経営する身として、最高の一日じゃと。『卒業生』に報告しておった」
 静かに、語りかけた。



「さて、と……」
 理事長には、僕たちがここにくることが。
 あらかじめ、わかっていたのだろう。
「『先輩』への報告はな、もうワシが存分に済ませたておいたのでな……」

 ……ぜひ、協力してもらいたいことがある。

 そういってから、鶴岡理事長は。
 手にしていた長い筒の蓋を、ゆっくりと外しだす。


「あの。も、もしかして……?」
 寺上(てらうえ)校長が、『なにか』に気づいたらしく。
「あぁ。ただ、当時の校長印は押せんので。ワシの印ですまんがの……」
「かえで……」
 同時に高尾先生も、驚いた表情をしていて。

「事務長とふたりで、頑張って再現はしたつも……」
 そして理事長が、いい終わるより前に。
 あろうことか藤峰先生が。
 僕たちの前で声をあげて、泣き出した。



 ……生徒代表が右、教師代表が左に整列し。
 卒業生の保護者が、カエデの木の隣に立つと。

 矍鑠(かくしゃく)とした声で。
 鶴岡宗次郎が、『卒業証書』を読みあげる。

「寺上かえでさん、認定が遅くなって申し訳ない」
 理事長が、最後に付け加えると。
 母親のつぼみが、流れ落ちる涙など気にせず。
 大切そうにその証書を受け取って、美しく一礼する。

「……お願い、あなたたちも見てあげて」
 校長のその言葉を、待ちかねていたかのように。
 藤峰先生と高尾先生が駆け寄ると。
「おめでとう!」
 三人はかえで先輩に、直接伝えられなかったその言葉を。
 泣きながら何度も。
 何度も、繰り返していた。



「……ワシには、尊すぎる光景じゃな」
 僕の隣で、理事長はつぶやくと。
「これも君たちのおかげじゃ、礼をいう」
 なんとももったいない言葉を、口にする。

「ところでな、海原君」
「は、はい」
「実は、君にな……」
 何かをいいかけたところで、藤峰先生が。
「ちょっと! 全員集合〜!」
 大声で、僕たちを呼んでくる。

「ほれ、海原君もいきたまえ」
「えっ? お話しの途中では?」
「急ぐことでもないから、気にせんでええ」
「は、はぁ……?」
「ほれほれ、皆が君を待っとるぞ」
 理事長は、そういうと。

 一緒にいかないのかと聞いた僕に。
「ワシが加わるには、尊すぎる……」
 先ほどとまた同じことを、口にして。

「ジジイはな、式典が終わればただのジジイじゃ」
 ほかにも、寄り道したいところがあると。
 校舎の三階を見上げてから、少し楽しそうに歩き出した。




「つぼみちゃん、かえでってさ……」
「わたしたちに似ちゃって。堅苦しいのが苦手なんだよねぇ……」
「いいじゃない! あの子と、あなたたちらしくてわたしは好きよ」

 母親とふたりの親友。
 そして『かえで先輩』の、七人の後輩たちが。
 みんなで手をつないで、『カエデ』の木を取り囲む。


「よし、じゃぁいくよっ!」
「せーの!」

「卒業、おめでとう!」


 グラウンドと、校舎と、冬を迎えつつある大きな空に。

 みんなの声と想いが、響き渡ると。


 まるで照れて恥ずかしがる、女子高生のように。
 カエデの枝が小さく、控えめに。



 ……僕たちのために、揺れてくれた。