「……わたしたちらしくて、好きだなって思ったんです」
生徒会の設立準備はするけれど、生徒会役員には加わらない。
その理由を高嶺が、なんとかして告げようとしたのが伝わって。
「なるほど……よく理解できたよ」
老人は、それ以上は聞くまいという顔をした。
「あ、そういえば!」
一瞬の静寂を破るように、玲香ちゃんがそういうと。
スマホをカバンから取り出して、画面を急いで操作しはじめる。
早くもその意図を察したらしく。
「隠し撮りですよ、レアですよ」
都木先輩が珍しいことを。楽しそうな声で、口にして。
それから、しばらくのあいだ。
カエデの木の下ではしゃぐ、大人三人の姿を。
……老人は、食い入るように見つめていた。
「寺上先生は、こんな風に笑えるのかい?」
「えっ? ご存知なのですか?」
「い、いやまぁいい。それにしても……」
「あぁ。その教え子の教師ふたりも……いい顔してますよね……」
思わず、僕が答えると。
すかさず三藤先輩が、
「あら、随分とお気に入りなのね?」
なんだか含みのあることを、僕にいう。
「それはそうとですね」
波野先輩が、すこぶるご機嫌に。
「放送部って。悲しい出来事があっても。前向きなんですよ!」
そういって、無意識におでこに手をあてると。
「あぁ……その傷も。どうやら、前向きなものになったようだね」
老人が少し、目を細めてから口にして。
「……えっ? そ、そうなんです。すごいっ、そんなこともわかるんですね!」
先輩が、ちょっと感動したような顔をしたところ。
「まぁこれでも……おっと」
老人がなにかを口にしようとして。
慌ててそれを、とめた気がした。
「……ところで、明日は理事長と面談だといったかい?」
切り替えた老人が、誰に向かうとでもなく問いかけると。
「そうなんです!」
すかさず高嶺が。
「明日『ラスボス』倒すぞって。コイツが張り切ってるんですよ!」
また勝手なことを口にする。
「おい……誰も『ラスボス』とはいってないぞ……」
「そうね、海原くん」
おまけに、三藤先輩まで。
「トップを味方につけて、勢いをつけようといっただけよね?」
わ、わざと。
雑な訂正をしないでください……。
「……あの。訂正の訂正に、なりますけれど」
そういいながら、僕は頑張って老人に向けて……。
「……要するに、『賛成』じゃなくても、いいということかい?」
十分に伝えられたのかどうか、自信はないけれど。
決して倒したり、味方につけようとしているわけではないと説明した。
「賛否を決めるチャンスを、在校生に与えて欲しいとお願いするつもりです」
都木先輩が、僕の思いを端的に表現してくれると。
続いてみんなが。
「……先生がたが、どう思うかではなくて」
「かといって、先輩にいわれたからでもなくて」
「自分で決められるんだと、思ってもらえないと……」
「仮に発足しても、継続できないだろうと考えたんですけれど……」
次々に、補足してくれて。
そして最後に春香先輩が。
「あの……どのように思われましたか?」
祈るような顔で、老人に問いかけた。
……結局、老人は。
賛成とも反対とも、答えてはくれなかったけれど。
「君たちに託された理由は、よくよく理解できたよ」
そのニュアンス的に、一応は。
……ほめてはくれた、気がした。
「……ところで君たちは。弱い子の味方には、なれるのかい?」
再び老人が、僕たちに問いかけると。
「わたしは、前の学校でつらかったけれど。みんなのお陰で救われました」
玲香ちゃんが、即座に答えてくれて。
「どうしようもないどん底から、助けてくれま・し・た!」
波野先輩も、自信満々に返答したのだけれど。
しかし、老人の片手が。
意志を持って、それを制してきて。
「……それらは、救われた者の思い出だ」
老人は、意外な力強さを伴った声で。
「わしは存分に理解した上で、聞いておる」
僕たちを、ゆっくりと見回すと。
「将来も。弱い子の味方になれるのか? それが君たちなのかと、聞いておる」
それが大切な質問だと、改めて僕たちに問うてきた。
……並木道を、にぎやかな声が通過する。
だがこのとき、僕たちのいる裏道は。
……今度はやや緊張感のある静寂が。しばしのあいだ、支配した。
「……ひとりひとりの、声ですね」
僕がつぶやくと、老人は。
「そうだ。快く賛同してくれるものばかり集めるのは、偽善だ」
「はい」
「声なき声を、集める覚悟を見せろ」
「はい」
教育者、という雰囲気で厳かに告げたあとで。
「まぁ、老人の戯言だがな……」
今度は、びっくりするくらいやさしい声になると。
白い歯まで見せて、笑顔になった。
……それから、老人は。
最初に出会ったときと、同じく。
校舎の上のほうを眺めると。
「弱いものを見つけてやって、ひとりでもいいから、救って欲しい」
少し悲しげな表情で、つぶやいた。
……自分にできないことを、偉そうに。
やれやれ。
若い力に、負けられないと。
つまらないことを、最後に口にしてしまった。
今頃、あの未来ある生徒たちは。
スクールバスで駅に向かっているのだろう。
そこにもし『あの子が』、誠実で活力ある集団の。
仲間に入ったとしたら……。
「……きょうは、どうすると?」
「いつもどおり別で、帰るそうです」
「そうか……」
ノックした部屋の、入り口に座る女性が。
日常に変化はないと、わたしに伝えてくる。
いや、きょうは。いつもとは違う話しを。
ぜひ、聞いて欲しかったのだが……。
いつも以上にがっかりと肩を落とすと。
静かに階段をおり、校舎の外に出る。
これ以上負担をかけるのも、悪いとは思うが。
きっとこれも。なにかの縁だろう。
……ならばわしも。『彼』に、頼ってみようかの。
「……あの顔、どこかで見たことがあるのよね」
……帰りの列車で、三藤先輩がそんなことを口にする。
「おじいちゃんだから、みんな似てるんじゃないですか?」
「う〜ん。でも由衣。わたしもなんか、夏休み前にどこかで見た気がする」
「えっ、玲香ちゃんもなの?」
「でも……思い出せないんだよね……」
残念ながら、僕には心当たりはないのだけれど。
……また、会う気がする。
そんな予感が、なぜかして。
そして僕はこれが。
確実に、当たる気がしていた。


