もっと文化祭や、体育祭を盛りあげたい。
 生徒中心で、ほかにも行事を企画してみたい。
 部活に専念できるようにして欲しい。
 委員会などを、効率化したほうが良い。

 ……そんな意見を、すべてひっくるめて。

「生徒会を発足させる? しかも僕たちが、ですか?」
 思わず聞き直してしまった僕に。
海原(うなはら)君。三年生たちはね。あなたと、放送部だから託したいそうよ」
 寺上(てらうえ)校長が、あっさりと。

 ……なんとも重たいことを、伝えてくる。


 ま、まぁ……。
 もっと学園祭が盛りあがるのは、楽しいだろう。
 放送部が委員会を兼務するという、妙なルールはなにかいびつだ。
 それに独立した組織になれば。
 部活動なら部活動、生徒会なら生徒会と。
 それぞれの活動に、集中して取り組みやすくもなる……気はする。

 ただ、それにしても。
 それを『僕たちが』、やるべきことなのだろうか……。

 それだけではない。
 立ちあげに必要であろう、膨大なエネルギー。
 予測不可能な困難や、そもそも本当に賛同者が集まるのかとか。
 まだまだほかにも、問題や課題がたくさんあって。
 即答なんてとても、できる話題ではない……。


 しばしの沈黙を破ったのは、高尾(たかお)先生の隣に座る都木(とき)先輩で。
 その言葉は、いつものように。
「ごめんね、いままで黙ってて」
 ……僕たちを気づかうところから、スタートする。

「いえ、あの。先輩は別に……」
 悪くない、そんなことは当たり前で。
 むしろいままで、待っていてくれたのだろうと思うと。
 やっぱり、先輩は最上級生で。
 僕とは色々な面で。大きな差があると、感じてしまう。


「きっと都木先輩は、いろいろ配慮してくれたんだと思います」
 僕にしては、珍しく気づかいのある発言ができて。
「あ、ありがとう……」
 そこまでは、問題なかったのだけれど。

「……ところでどうして、いままでそんな話しがなかったんですか?」
 それに続いた、何気ない質問が。
 目の前の大人たち三人の心を。
 遠慮なしに、えぐってしまったことなど。


 ……このときはまだ、理解していなかった。





 ……静かに海原くんを見つめる、美也(みや)ちゃんの姿を見て。

 文化祭のあともそれなりに。
 わたしたちと一緒に、いてくれたはずなのに。
 やはり美也ちゃんは、『引退』してしまっていたのだと。

 ……できる限りわかりたくなかった。

 そんな現実を。わたしは改めて、知った気がした。


「……ねぇ月子(つきこ)、聞いてもいい?」

 あのとき美也ちゃんが、わたしに確かめてきた『覚悟』とは。
 来年度の副部長や副委員長とか、そんな『肩書』だけの話しではなくて。
 もっとずっと、深いものだった。


 引退の次に待つのは、卒業で。
 そのときは残酷な現実として。
 こうして日々、近づいている。


 それにしても。
 美也ちゃんはわたしとは、大違いだ。
 学校の未来とか、後輩たちのために物事を考えられるなんて。
 わたしには……とてもできない芸当だ。

 加えてわたしは、わがままだから。
 自分が一緒に関われないことに、海原くんとの時間を奪われるなんて。
 とても、そんなことなど……。





 ……わたしを見つめる、月子の瞳を見て。
 少し『誤解』があると、わかってしまった。

 あのね、月子。
 わたしはあなたの『覚悟』について聞いたけれど。
 あなたに『託した』とは、伝えていない。

 ほかの三年生たちの意見と、わたしのそれも少し違っているし。
 そもそもわたしは。


 ……聖人君子、なんかじゃない。


 ただいまはそれより、先生たち。

 三人の先生たちが、なにか。
 伝えるべきか迷っていることがある。
 そのことのほうが、優先だと思った。

「どうして、いままで生徒会がなかったんですか?」

 海原君の質問は、何気ないものだったけれど。
 きっとそれは、とても重要なことなのだと。

 ……わたしは直感的に、わかってしまった。





「……ねぇ(すばる)君。なんだか、大変なことになってきたね!」
 この重苦しい、空気を入れ替えようと。
 わたしは明るく、みんなに聞こえるように声を出す。

「れ、玲香(れいか)ちゃん?」
「なに? どうかした?」

 ……もう、そんな驚いた顔しないでよ。

 あのね、この部屋にはね。
 美也ちゃんとか、月子もいるけれど。
 わたしだって、昴君のそばにいるんだよ。


 小学校のときは、たくさん一緒に遊んだから。
 わたしには、楽しい思い出がいっぱいある。
 別の中学になってからは『寄り道』したけれど。
 それでもいまはまたこうして。
 わたしは、昴君のそばにいる。


 美也ちゃんとか、姫妃(きき)の気持ちは知っている。
 昴君を好きだと、はっきり口にしたふたりはまだ。
 その気持ちを、持ち続けたままで。
 むしろ、特に美也ちゃんなんてあの頃よりもっと。
 昴君への想いが、強まっている。

 あと……正直ね、月子の想いは。
 もう、どっちだっていい。

 だって本人の自覚とか、言葉にしたかどうかなんて考えなくても。
 月子が過ごす日々はもうとっくに。

 ……昴君を中心に、回っているのだから。


 でもね、忘れないでよ。

 ……わたしはちゃんと。昴君のそばにいる。

 だからわたしは。
 わたしたちの、目の前の課題。
 生徒会がどうとかとかいう、新たな難題について。
 昴君と一緒に、考えていきたいの。





「……決めなよ」
「へ?」
 ……高嶺(たかね)がなにか、つぶやいた。

「部長の海原君が、決めなよね」
 波野(なみの)先輩が、笑顔で僕を見ると。
由衣(ゆい)とわたしは、それでいいからねっ!」
 わざとらしく、ふたりで肩を組んで。
 まるで励ますかのように、僕を見た。


「い、いやでも……」
 ただ僕が、続ける前に。
「今回ばかりは、それはダメ」
 三藤先輩が、ピシャリと否定する。

「放送部のことなら、部長に任せたとしても。これは生徒会のことなのよ」
 そういったあと、先輩は。
「だから新しい誓いがないと、あと『覚悟』がないと……絶対ダメなの……」
 都木先輩を、チラリと見ながら。
 まるで自分にいい聞かせるように、つぶやいた。



 もう一度、重い雰囲気が会議室を包みだす。
 ただ、この『重さ』は。
 僕たちというよりはむしろ……。
 藤峰(ふじみね)先生と、その相棒と。
 加えて校長の側から、発せられている気がして……。


「以前なにか、あったんですね?」
 そのとき。
 僕だけではなくて、幾つもの声が。

 ……同時に、ひとつのことを質問した。



「あ、あのね……」
「む、むかしね……」
 口を開きかけた、ふたりに。
「……いいのよ佳織(かおり)響子(きょうこ)
 校長は、そっと手を伸ばしてやさしく制すると。

 会議室にいるひとりひとりの顔を、ゆっくりと眺めてから。


 手元のファイルを、愛おしそうに開くと。
「あなたも、聞いていてね」
 その中身に、そっとつぶやいてから。



 よくとおる、落ち着いた声で。


「……少しつらい話しをするのだけれど。聞いてもらえるかしら?」


 ……そういって僕たちに、語りはじめた。