9
【大阪は晴れ】
二十二歳、まだ私たちと同じ歳で大学生をやっている子もいる。なんて言い訳をしながら、ハリーポッターのローブを買った。もちろん私はスリザリン。マルフォイ役のトムフェルトンが好きだって言うのもあるけど、緑は文哉の色で、無意識に緑を基調としたスリザリンが好きだった。
一緒に来てくれたスズッキーさんはかけているメガネはまん丸じゃないけど、ショートヘアーでなんとなくハリーっぽいという理由でグリフィンドールのローブを買った。寒かったからコートを脱ぐことは出来ず、着るというよりはただ肩から羽織る形だったけど、気分は魔法使いになり、気がついたら杖も買っていた。本当にその杖で魔法が使えるエリアもあったし、買ってよかった。
「全部魔法で作れたらいいのに」
大阪の青空に向かってホットのバタービールを飲みながら私がそう言ったら、スズッキーさんは「魔法で作ったものって手作りって言うのかな?」と訊いてきた。
「映画だとロンのお母さんが魔法で編み物の棒を動かしてなんか編んでるシーンがあるんだけど、ロンはお母さんの作ったセーターって言ってるよね」
「魔法を使った人が製作者になるのかねぇ」
「どうなんだろう。入れ歯も銀歯も3Ⅾプリンターで作れるし最新の技術ってみんな魔法みたいなもんだよね」
スズッキーさんこと鈴木エリカは帰国子女で高校生の時にイギリスから来て、日本の高校生活になじめず『一人で黙々と作業できる医療系職業』という理由で一緒の歯科技工士の専門学校で二年間を過ごした。
私と一緒でアニメとか漫画が好きで、すぐに意気投合して休み時間に推しのイラストを描いて遊ぶような仲だった。スズッキーさんは実家の茨城から板橋にある学校の近所に住んでいて、私は何度もお泊りをさせてもらった。だから文哉がでているアニメのブルーレイなどを持参し、二人で感想を言い合いながら鑑賞する放課後を過ごした。
その時「なんでバイトもしてないのこんなにDVDとかブルーレイボックス持ってるの?」と訊かれ、私はスズッキーさんを信用して、私は持ってきているアニメに出演している千代文哉のカノジョなのだと打ち明けた。
驚いてはいたけど、スズッキーさんは私を虚言壁の女と疑わずにすぐに信じてくれて、一応、メッセージのやり取りや文哉が水戸錬太や他の声優と映っている写真や私との自撮りオフショットを見せたりしたけど、感心するだけで何か見返を、例えばサインが欲しいとか握手したいとかそういう厚かましいことも一切なく、今も私と文哉が付き合っていることをちゃんと秘密にしてくれているし、相談にも乗ってくれる。
そしていつも「ハネちゃんは日本人でたった一人の親友だから」と、いつも私の左側を歩き、私の左腕に絡みつくようにくっついてくる。その距離感が私は嬉しかった。
私も学生の時は勉強ばかりで優等生をやっていたし、高校までの友達には『使われている』という感覚があった。彼女たちはテスト前とかノート提出の時のために私を友達としてキープしているとわかっていたし、何度も文哉との関係を訊かれるたびに、はぐらかす私のことを面白くないと思われていても仕方がなかった。
実際、高校を卒業したら連絡の一つも来ないし、私から連絡して会いたいほど大切に思う友達はいなかった。
結局、優先してきたのは文哉との関係なのだ。
思い出さなくてもいいのに、また米田アイコのことを思い出していた。
多分文哉に興味のある女の子たちは私を文哉の受付カウンター係だとでも思っていたのか、文哉本人には訊かないのに私のところにはやってきた。質問の内容は「千代くんと付き合ってるの?」とか「千代先輩のカノジョなんですか?」とかそういうものだった。
でも、米田アイコが私を訪ねてきたのは卒業目前の三年生の時の一回だけ。
「大島さんさ、フミくんの好きな人知ってる?」だった。
何気なく言い放ち、どこか私に勝ち誇った表情を向けた米田アイコに、私は「知ってるよ」と笑顔で返した。普段なら、いや、誰かに同じことを言われていたら、きっと私は「仲は良いんだけど教えてもらってことないなぁ」とかはぐらかしてた。でも、米田アイコには意地悪をしたかった。
文哉の好きな人は私。あの頃は絶対的な自信があった。だけど、そろそろどうなのだろう。
別れ話をして、新潟に逃げ帰り、なるべくスマホを見ないようにして、溜まっていく文哉のメッセージの数の多さに対し、当たり障りのない『頑張ってるね!』と『頑張って!』と『大丈夫だよ!』と、その三つを言い返すのが精一杯だったし、年末年始、新潟に帰ると連絡が来た時は『わかった~』と送った。何日の何時の新幹線で、何時に長岡駅に着いて、何日までいられて、何時の新幹線で帰らなきゃいけないとか。詳細な情報にも『わかった!』と『おっけー!』を繰り返してた。だけど、文哉がくれた詳細は記憶にも残らなかった。
逃げる気満々だったのだ。
両親にはもちろんフミ家にも足を運び、広い玄関に土下座する勢いで頭を下げた。そして自分が予想していた声量よりはるかに大きな声で「文哉にまだ会いたくないです!ごめんなさい!」と叫んでいた。
フミパパもフミママもフミアニも「そんなに自分を追い詰めなくていいんだよ」とか「文哉になんでも合わせなくていいのよ」とか「真面目すぎ」と口々に励ましの言葉をもらえた。
でも、私は確信していた。多分文哉は実家に帰ってきて私が新潟にいないと知ったら、絶対泣く。
付き合って知ったけど文哉はわりと平気で人前で泣く。フミアニがしっかりしている正統派の兄貴肌のせいか、文哉は物凄く弟属性気質だ。家族や友達から甘やかされているわけでもないし、身の回りのことも自分で出来るし頼ってこないけど、ちょっとだけ甘ったれだ。多分、よく言えば素直なんだと思う。裏表のない性格でみんなから好かれている。
学校でもオタクである自分をアイデンティティにしていて、誰かに嫌われることなんてなくて、程よく甘えるのが上手。
だからこそイメージした理想と違う結果になった時、平気で泣いて気分が落ち着くまで泣く。
私が東京の歯科技工士の専門学校に合格した時は、一緒に喜んでくれたけど、まだ自分の東京行きが決まっていなかった頃、毎晩フミアニの部屋で「ハネちゃんと遠距離になっちゃったらどうしよう」とか「東京の男にとられるかもしれない」とかごちゃごちゃ言いながらずっと泣いていたらしい。
泣き虫のくせに、声優になった頃の文哉の悩みが「なんか俺、泣く演技が一番苦手かも」だったことに、さすがに首をかしげたのを覚えている。
閉園時間の一時間前、私はスズッキーさんにお願いをしてまたハリーポッターのエリアに戻り、お土産を買いあさった。
朝一でローブと杖を買った時は、無職なのにこんなにお金を使っても平気か?と一瞬ためらったりもしたけど、安い給料でも使う暇がなければそれなりに貯金は出来ていたので、私は自分が買った月桂樹と不死鳥の羽の杖を買った。杖の材料に不死鳥の羽が入っていたので、自分の名前が羽根であることもあって、なんとなく気に入ってレジへ持っていったら、店員が「この杖は働き者の人にたくさんの魔法を使わせてくれる杖ですよ」と説明してくれた。
働き者の杖。今の私に相応しい杖かどうかはわからないけど、お守りにしたいと思った。でも、戻ってきて買ったもう一本は文哉の誕生日の五月生まれの人用のサンザシの杖を買った。周囲の人を大切にして愛情深い人の意味がある杖だそうだ。文哉にはピッタリだと思う。
一通りお土産を買い、シャトルバスに乗ってホテルに着いた。
チェックイン前に近くにあったコンビニで缶チューハイを六缶と、あたりめとビーフジャーキーと関東とは味が若干異なると噂の関西のカップうどんも買ってから、チェックインした。
先にスズッキーさんがシャワーを浴びている間、私はビーフジャーキーを口に入れてよく噛んだ。あたりめもそうだけど、硬いものがしっかり噛めるうちは硬いものをたくさん食べようと思っていた。
入れ歯を作るたび、この人はこの入れ歯で何を食べたいんだろうとか思って作業してたのが大きな要因だ。
館内着を着たスズッキーさんが出てきたので私もシャワーを浴びた。
二年間伸ばしっぱなしだった髪を肩まで切ったら髪が凄く洗いやすくなった。いや、石膏や金属の削りカスがついてないから洗いやすくなっただけかもしれない。
実家では寒くて必ず湯船につかるけど、大阪は別にシャワーでも全然問題なかった。東京でもほとんどシャワーだったけど、文哉と同棲を始めた初期は一緒に狭い湯船に入っていつも文哉が後ろからハグするように私を抱きかかえながら湯船につかって今日あったことを語り合った。
そして「こんなことしてるって家族は想像してるかな?」と文哉が言って「今更何言ってんの」と笑い返す余裕があった。
今は、どうだろう。
