僕は授業中かなり集中して内容を聞くタイプだと思う。
でも、午前中の授業が終わりお昼の時間になって振り返った時、僕が三時限ある授業の内容をほとんど覚えていないことに気が付く。
先輩の言うしっかりする時はするが間違いであることを図らずも証明してしまったのかもしれない。
「考え込んでいるようだね優」
陽気な声が目の前から聞こえてきた、前の席の明人が自分の机を僕の机とくっつけようとしているところだった。
「珍しいな、明人が教室でお昼を食べるなんて」
「たまには趣向を変えたい時があるもんさ、人間だからね」
「僕は明人の事を猫に近いと思ってるけどね」
ははっと明人は笑って応える。
「それは確かに言えてるかもね」
明人と僕は向かい合ってお弁当を食べる。
教室に居るのは数人の生徒だけで、残りの生徒はおそらく違う場所で食べているんだろう。
「部活に疑問があるんだろう?」
先に話しを切り出したのは明人だった。上目遣いで僕に視線を送りながらそう聞いてきた。
「ない方がおかしいんじゃないか?」
「そりゃそうだ、僕だってある」
僕は「じゃあなんで」と先輩に直接聞かないのか?と質問しようとした。
しかし、それより早く明人はこう続けた。
「僕じゃあね、聞けないんだ。多分今の優でもね。人には踏み込んで欲しくないことがある、あの部活の在り方は僕らが思うよりずっと個人的なことが絡んでる先輩のね」
そう言って、悲しむでもなく寂しがる様子もなく、何でもない顔でお弁当のおかずを口に運びながら「これ美味しいなー」と陽気に呟く明人。
一方の僕はなんだかモヤモヤとして、あまり箸が進まなかった。
「今はって言ったよね? 今後僕が知れる機会があるってことか?」
「なんだい知りたいのかい? 普段あまり周囲に無頓着な優にしては珍しいじゃないか」
「それは・・・・」
つい反射的にらしくない質問を投げかけてしまったことに気が付いて口ごもる。
そうだ、僕は入学してから友達は明人だけ、部活にも入らず勧誘にもあまり興味を示してこなかった。
ノルワードでの出会いが鮮烈だったのもあると思う。でもそれ以上にあの時、彼女の声を聞いて姿を見てどこか懐かしい面影を感じていた。
後からノルワードと今朝の彼女を思い返すと、その感覚はより一層強いものに変わる。
今日の午前の授業に身が入らなかったのはそれもあるからだ。
「まあ、先輩が自ら話すまで待つことをおすすめするよ、それと今日、僕は行かないから」
いつの間に平らげたお弁当を風呂敷に包みなおしながら明人が言う。
「来ないのか? どうせ暇だろう」
「あの部活は行きたい時に行けばいいんだ、それに気分によって暇の潰し方なんて変わるもんだよ?。優が雨の日だけノルワードに行くみたいにね」
「なるほど・・・・そういうもんか」
「そういうもんだよ、それに僕はそんなに暇ってわけでもないことを覚えるんだね」
そう言って机を元に戻して、お弁当をを閉まってから明人は最近ハマっているという文庫本を読み始めた。
僕も時計を確認し、午後の授業開始まで時間がないことを知ると、まだ残っているおかずを急いで口に運び、お弁当を閉まって教科書類を机に出す。
外は太陽が爛々と輝き、夏の訪れを感じさせるよう快晴だ。
午後の授業では逆に余計な事を何も考えないようにと意識的に授業に集中するようにした。
そのおかげで午前中よりもかなり内容を理解できたと思う。
夏休み前のテストも無論、手を抜くつもりはない。勉強が唯一の取り柄みたいなところがあるからだ。
そして、放課後になるとクラスメイトは部活に行くもの、家に帰るもの両者共に教室から出て行く。
残っているのは数人で、友達とこの後の予定を話し合っている生徒と僕だけだ。
僕は、その生徒達の楽しそうな談笑を背に教室から廊下に出て職員室まで歩く。
放課後の廊下は暖かかな夕陽の光が窓から斜めに差し込み、窓についたカーテンは穏やかな風に吹かれてゆらゆらと揺れている。
職員室の前に立ち、こんこんとノックをして中に入る。
「御崎です、映像研のことについて聞きたくて来ました」
そう言うと、職員室の奥から中年くらいの女性教員がこちらに微笑みを浮かべてやってくる。
「君が、そうなのね、映像研は旧校舎一階の一番奥の教室よ、行けば分かるわ」
「そうですか、ありがとうございます」
僕が職員室を後にしようとすると、教員が「ちょっと待って」と言ってそれを止める。
「なんでしょうか?」
「あの子は癖があるけど悪い子ではないの、だから仲良くして頂戴ね」
何故、あの生徒ではなくあの子と呼ぶのかそこに微かな違和感を感じたけっど大した問題でもなさそうなので、僕は無言で頷いてその場を後にした。
本校舎から古い木と埃の匂いが漂う旧校舎の廊下に入る。
途中、ぎしりと音がして、床が落ちないか少し冷や冷やしながら歩いていた。
遠くのグランドからは野球部の球を打つ甲高い金属音がこちらまで響き、旧校舎近くにある音楽室からは吹奏楽部の演奏が聞こえる。
僕はそんな如何にも放課後の時間という雰囲気を感じながら廊下の奥まで歩いた。
奥まで行くと丁度先輩が鍵を開けているところだった。
「今朝ぶりですね、先輩」
僕が声を掛けると先輩はこちらを向いて目を細めて微笑む。
「来てくれて本当に嬉しいよ」
「もしかして疑っていたんですか?」
先輩が苦笑しながら頷いた。仮入部の部員で来るのも来ないのも自由なら来ないかもしれないと思うのは当然か。
「まあ、中に入ろう」
僕は促されるままに先輩と一緒に部室に入る。
廊下は埃臭く、部室もそんな感じだろうと思っていたけど、そんなことはなかった。部屋の中央には長机があり、パイプ椅子が三つ、部屋の両端には本棚が置かれていて、古い本からライトノベルまで揃っている。
他にもホワイトボードなどが置かれ、さながら文芸部のようだ。
全体的に整理整頓が行き届いていて、掃除もされているのか埃臭いということもない。
「ここの掃除は誰が?」
「顧問だよ、私はやらない」
僕と彼女は長机を挟んで向かい合う形で座った。
「とりあえず、お菓子を持ってきた、歓迎の意を示して君にもあげよう」
ざっと彼女はスクールバックの中から家から持ってきたのであろうお菓子を机の上に出した。
僕は適当に醤油せんべいを手に取り口に運ぶ。彼女はキューブの形をしたチョコレート。
「どうして甘い物が嫌いなのかな?」
「食べ物の好き嫌いにそんなに大した理由はないと思うんですけど」
「きっかけくらいはあるでしょ?」
うーんっと僕は考えてみる。きっかけ・・・・か。
「特にそれらしいきっかけもないですね」
「君が雨の日や雨上がりの瞬間が好きなのもかな?」
それには理由があった。話すべきか迷ったけど、別に隠すことでもないように思えたので話すことにした。
「昔ですけどね、仲の良い友達が雨が好きだったんですよ」
ほう、と彼女は興味を持った様子で言った。
「小柳くんではないんだよね?」
「もちろん、もっと昔のことです」
彼女は小さく頷いて先を促す。
「それだけですよ、ただその友達と一緒に居て別れた名残りのようなものです」
彼女はふうんと呟きながらからチョコレートどんどん口に運ぶ。
机にあるチョコレートを全て平らげるつもりらしい。
「余計なお世話かもしれないんですけど、あまり甘い物を大量にとるのは良くないのでは」
それを聞いた彼女はこちらに鋭い視線を送って、途端に不機嫌になってしまった。
「余計なお世話だね、何が良くて何が悪いかなんて私の勝手じゃないか」
彼女は言って、次のチョコレートを手に取るのをやめた。
「でも君の言うことも間違ってないこれくらいにしておくよ」
思っていた以上に彼女は律儀だった。残りのチョコレートをスクールバックの中に入れていく。そんな彼女に逆に僕が質問した。
「先輩は甘党になったきっかけとかないんですか?」
「女の子らしく可愛らしいイメージで見られたいから」
・・・・即答でらしくない答えが返って来た。
どう反応すればいいのか悩んでいると彼女は「なんてね」と言ってこちらに微笑む。
「そうだね、私は人生のある時から自分に甘く生きようと思ったんだ、だから食べる物も甘くて美味しいものをなるべく食べる。身体には悪いかもしれないけど、いまさらといえばいまさらなんだよ」
どうやら僕らの食べ物の好みは個人的な思いや記憶と結びついているらしい。
話しているうちに部活終了の時間になる。僕は椅子から立ち上がり荷物を持つ。
「それじゃあ僕はこれで」
彼女は深く頷いて片手の手のひらを左右に振った。
「私はもう少しだけ残っていくよ、また来てくれると嬉しい」
空は茜色からやや薄暗く夜の訪れを感じさせる色に変化していた。
僕は学校前のバス停からバスに乗り、街中へと下っていく。
通り過ぎる景色をぼんやりと眺めながら今日の出来事を振り返った。
彼女の言葉には少し引っかかるところもあったけど、明人の言葉を借りるなら今の僕では聞くことは出来ないんだろう。
つまり──当分の間は気にしても仕方ないということだ。
僕は一つため息を吐く、未だにノルワードの時に感じた既視感の正体が分からない。
「おかえりなさい優、雨の日でもないのに今日は遅かったわね」
「部活に入ったんだ、仮入部だけど」
それを聞いた母親の顔つきがみるみる明るくなった。
「優がついに部活に良いわねー青春」
「だからまだ仮入部なんだって、着替えてくるよ」
僕は謎に目を輝かせる母親の横を通り過ぎて二階の自室へと向かった。
そこからはいつも通り、父と母と僕で夕食を取り、湯舟に浸かって程よい眠気を感じながら寝る前に少し勉強をして床についた。
──それは鮮明な夢だった。周囲は白い壁や寝具、無機質な機械、アルコールの匂い。
病院の入院患者の部屋らしい。昔の僕が慣れるくらいお世話になった場所だ。
どうやらこの夢は僕の過去の再現のようなもので、意識を保っている僕はそれを外から眺めている。まるで映画を見ているかのように。
映像は飛び飛びでほとんどが何気ない面会の光景だったり、夜一人で泣いていたりそんな様子が映し出されていた。
「ねえ、君の名前はなに?」
映像が消え、暗転した中で声だけが聞こえる。
「教えない、見ず知らずの人には」
ふふっと少女の笑う声が聞こえる。
「真面目だね、じゃあ私も秘密」
再び映像が映る。病院の一階にある売店近くの喫茶店で僕ともう一人向き合う形で座る人影がある。
しかし、もやが掛かっていて誰なのか判別出来ない。
映像の中の僕は良く笑っていた。
そうだ、僕は昔あんなにもよく笑って話すような子供だった。
あのもやの掛かった子は誰なのか思い出そうとしても思い出せない。
会話の声も聞こえないので何を話しているのかも見ている外からは分からなかった。
喫茶店の周りに視点がまわったと思ったら、どんどん映像は遠ざかっていき、そこから感じる匂いなども薄れていく──。
やがて全てが遠くに消えた時、目に映ったのは自室の天井だった。
僕はゆっくりと上体を起こして、自室の窓を見る。
雨は降っていないが、曇り空だった。これは夕方には降り出すかもしれない。
僕は咄嗟に夢の内容を思い出そうと目を閉じる。
なにも・・・・思い出せることはなかった。まるで夢なんか見ていなかったのではないかというくらい綺麗に消えていた。
今日で最初のため息をついた。
でも、午前中の授業が終わりお昼の時間になって振り返った時、僕が三時限ある授業の内容をほとんど覚えていないことに気が付く。
先輩の言うしっかりする時はするが間違いであることを図らずも証明してしまったのかもしれない。
「考え込んでいるようだね優」
陽気な声が目の前から聞こえてきた、前の席の明人が自分の机を僕の机とくっつけようとしているところだった。
「珍しいな、明人が教室でお昼を食べるなんて」
「たまには趣向を変えたい時があるもんさ、人間だからね」
「僕は明人の事を猫に近いと思ってるけどね」
ははっと明人は笑って応える。
「それは確かに言えてるかもね」
明人と僕は向かい合ってお弁当を食べる。
教室に居るのは数人の生徒だけで、残りの生徒はおそらく違う場所で食べているんだろう。
「部活に疑問があるんだろう?」
先に話しを切り出したのは明人だった。上目遣いで僕に視線を送りながらそう聞いてきた。
「ない方がおかしいんじゃないか?」
「そりゃそうだ、僕だってある」
僕は「じゃあなんで」と先輩に直接聞かないのか?と質問しようとした。
しかし、それより早く明人はこう続けた。
「僕じゃあね、聞けないんだ。多分今の優でもね。人には踏み込んで欲しくないことがある、あの部活の在り方は僕らが思うよりずっと個人的なことが絡んでる先輩のね」
そう言って、悲しむでもなく寂しがる様子もなく、何でもない顔でお弁当のおかずを口に運びながら「これ美味しいなー」と陽気に呟く明人。
一方の僕はなんだかモヤモヤとして、あまり箸が進まなかった。
「今はって言ったよね? 今後僕が知れる機会があるってことか?」
「なんだい知りたいのかい? 普段あまり周囲に無頓着な優にしては珍しいじゃないか」
「それは・・・・」
つい反射的にらしくない質問を投げかけてしまったことに気が付いて口ごもる。
そうだ、僕は入学してから友達は明人だけ、部活にも入らず勧誘にもあまり興味を示してこなかった。
ノルワードでの出会いが鮮烈だったのもあると思う。でもそれ以上にあの時、彼女の声を聞いて姿を見てどこか懐かしい面影を感じていた。
後からノルワードと今朝の彼女を思い返すと、その感覚はより一層強いものに変わる。
今日の午前の授業に身が入らなかったのはそれもあるからだ。
「まあ、先輩が自ら話すまで待つことをおすすめするよ、それと今日、僕は行かないから」
いつの間に平らげたお弁当を風呂敷に包みなおしながら明人が言う。
「来ないのか? どうせ暇だろう」
「あの部活は行きたい時に行けばいいんだ、それに気分によって暇の潰し方なんて変わるもんだよ?。優が雨の日だけノルワードに行くみたいにね」
「なるほど・・・・そういうもんか」
「そういうもんだよ、それに僕はそんなに暇ってわけでもないことを覚えるんだね」
そう言って机を元に戻して、お弁当をを閉まってから明人は最近ハマっているという文庫本を読み始めた。
僕も時計を確認し、午後の授業開始まで時間がないことを知ると、まだ残っているおかずを急いで口に運び、お弁当を閉まって教科書類を机に出す。
外は太陽が爛々と輝き、夏の訪れを感じさせるよう快晴だ。
午後の授業では逆に余計な事を何も考えないようにと意識的に授業に集中するようにした。
そのおかげで午前中よりもかなり内容を理解できたと思う。
夏休み前のテストも無論、手を抜くつもりはない。勉強が唯一の取り柄みたいなところがあるからだ。
そして、放課後になるとクラスメイトは部活に行くもの、家に帰るもの両者共に教室から出て行く。
残っているのは数人で、友達とこの後の予定を話し合っている生徒と僕だけだ。
僕は、その生徒達の楽しそうな談笑を背に教室から廊下に出て職員室まで歩く。
放課後の廊下は暖かかな夕陽の光が窓から斜めに差し込み、窓についたカーテンは穏やかな風に吹かれてゆらゆらと揺れている。
職員室の前に立ち、こんこんとノックをして中に入る。
「御崎です、映像研のことについて聞きたくて来ました」
そう言うと、職員室の奥から中年くらいの女性教員がこちらに微笑みを浮かべてやってくる。
「君が、そうなのね、映像研は旧校舎一階の一番奥の教室よ、行けば分かるわ」
「そうですか、ありがとうございます」
僕が職員室を後にしようとすると、教員が「ちょっと待って」と言ってそれを止める。
「なんでしょうか?」
「あの子は癖があるけど悪い子ではないの、だから仲良くして頂戴ね」
何故、あの生徒ではなくあの子と呼ぶのかそこに微かな違和感を感じたけっど大した問題でもなさそうなので、僕は無言で頷いてその場を後にした。
本校舎から古い木と埃の匂いが漂う旧校舎の廊下に入る。
途中、ぎしりと音がして、床が落ちないか少し冷や冷やしながら歩いていた。
遠くのグランドからは野球部の球を打つ甲高い金属音がこちらまで響き、旧校舎近くにある音楽室からは吹奏楽部の演奏が聞こえる。
僕はそんな如何にも放課後の時間という雰囲気を感じながら廊下の奥まで歩いた。
奥まで行くと丁度先輩が鍵を開けているところだった。
「今朝ぶりですね、先輩」
僕が声を掛けると先輩はこちらを向いて目を細めて微笑む。
「来てくれて本当に嬉しいよ」
「もしかして疑っていたんですか?」
先輩が苦笑しながら頷いた。仮入部の部員で来るのも来ないのも自由なら来ないかもしれないと思うのは当然か。
「まあ、中に入ろう」
僕は促されるままに先輩と一緒に部室に入る。
廊下は埃臭く、部室もそんな感じだろうと思っていたけど、そんなことはなかった。部屋の中央には長机があり、パイプ椅子が三つ、部屋の両端には本棚が置かれていて、古い本からライトノベルまで揃っている。
他にもホワイトボードなどが置かれ、さながら文芸部のようだ。
全体的に整理整頓が行き届いていて、掃除もされているのか埃臭いということもない。
「ここの掃除は誰が?」
「顧問だよ、私はやらない」
僕と彼女は長机を挟んで向かい合う形で座った。
「とりあえず、お菓子を持ってきた、歓迎の意を示して君にもあげよう」
ざっと彼女はスクールバックの中から家から持ってきたのであろうお菓子を机の上に出した。
僕は適当に醤油せんべいを手に取り口に運ぶ。彼女はキューブの形をしたチョコレート。
「どうして甘い物が嫌いなのかな?」
「食べ物の好き嫌いにそんなに大した理由はないと思うんですけど」
「きっかけくらいはあるでしょ?」
うーんっと僕は考えてみる。きっかけ・・・・か。
「特にそれらしいきっかけもないですね」
「君が雨の日や雨上がりの瞬間が好きなのもかな?」
それには理由があった。話すべきか迷ったけど、別に隠すことでもないように思えたので話すことにした。
「昔ですけどね、仲の良い友達が雨が好きだったんですよ」
ほう、と彼女は興味を持った様子で言った。
「小柳くんではないんだよね?」
「もちろん、もっと昔のことです」
彼女は小さく頷いて先を促す。
「それだけですよ、ただその友達と一緒に居て別れた名残りのようなものです」
彼女はふうんと呟きながらからチョコレートどんどん口に運ぶ。
机にあるチョコレートを全て平らげるつもりらしい。
「余計なお世話かもしれないんですけど、あまり甘い物を大量にとるのは良くないのでは」
それを聞いた彼女はこちらに鋭い視線を送って、途端に不機嫌になってしまった。
「余計なお世話だね、何が良くて何が悪いかなんて私の勝手じゃないか」
彼女は言って、次のチョコレートを手に取るのをやめた。
「でも君の言うことも間違ってないこれくらいにしておくよ」
思っていた以上に彼女は律儀だった。残りのチョコレートをスクールバックの中に入れていく。そんな彼女に逆に僕が質問した。
「先輩は甘党になったきっかけとかないんですか?」
「女の子らしく可愛らしいイメージで見られたいから」
・・・・即答でらしくない答えが返って来た。
どう反応すればいいのか悩んでいると彼女は「なんてね」と言ってこちらに微笑む。
「そうだね、私は人生のある時から自分に甘く生きようと思ったんだ、だから食べる物も甘くて美味しいものをなるべく食べる。身体には悪いかもしれないけど、いまさらといえばいまさらなんだよ」
どうやら僕らの食べ物の好みは個人的な思いや記憶と結びついているらしい。
話しているうちに部活終了の時間になる。僕は椅子から立ち上がり荷物を持つ。
「それじゃあ僕はこれで」
彼女は深く頷いて片手の手のひらを左右に振った。
「私はもう少しだけ残っていくよ、また来てくれると嬉しい」
空は茜色からやや薄暗く夜の訪れを感じさせる色に変化していた。
僕は学校前のバス停からバスに乗り、街中へと下っていく。
通り過ぎる景色をぼんやりと眺めながら今日の出来事を振り返った。
彼女の言葉には少し引っかかるところもあったけど、明人の言葉を借りるなら今の僕では聞くことは出来ないんだろう。
つまり──当分の間は気にしても仕方ないということだ。
僕は一つため息を吐く、未だにノルワードの時に感じた既視感の正体が分からない。
「おかえりなさい優、雨の日でもないのに今日は遅かったわね」
「部活に入ったんだ、仮入部だけど」
それを聞いた母親の顔つきがみるみる明るくなった。
「優がついに部活に良いわねー青春」
「だからまだ仮入部なんだって、着替えてくるよ」
僕は謎に目を輝かせる母親の横を通り過ぎて二階の自室へと向かった。
そこからはいつも通り、父と母と僕で夕食を取り、湯舟に浸かって程よい眠気を感じながら寝る前に少し勉強をして床についた。
──それは鮮明な夢だった。周囲は白い壁や寝具、無機質な機械、アルコールの匂い。
病院の入院患者の部屋らしい。昔の僕が慣れるくらいお世話になった場所だ。
どうやらこの夢は僕の過去の再現のようなもので、意識を保っている僕はそれを外から眺めている。まるで映画を見ているかのように。
映像は飛び飛びでほとんどが何気ない面会の光景だったり、夜一人で泣いていたりそんな様子が映し出されていた。
「ねえ、君の名前はなに?」
映像が消え、暗転した中で声だけが聞こえる。
「教えない、見ず知らずの人には」
ふふっと少女の笑う声が聞こえる。
「真面目だね、じゃあ私も秘密」
再び映像が映る。病院の一階にある売店近くの喫茶店で僕ともう一人向き合う形で座る人影がある。
しかし、もやが掛かっていて誰なのか判別出来ない。
映像の中の僕は良く笑っていた。
そうだ、僕は昔あんなにもよく笑って話すような子供だった。
あのもやの掛かった子は誰なのか思い出そうとしても思い出せない。
会話の声も聞こえないので何を話しているのかも見ている外からは分からなかった。
喫茶店の周りに視点がまわったと思ったら、どんどん映像は遠ざかっていき、そこから感じる匂いなども薄れていく──。
やがて全てが遠くに消えた時、目に映ったのは自室の天井だった。
僕はゆっくりと上体を起こして、自室の窓を見る。
雨は降っていないが、曇り空だった。これは夕方には降り出すかもしれない。
僕は咄嗟に夢の内容を思い出そうと目を閉じる。
なにも・・・・思い出せることはなかった。まるで夢なんか見ていなかったのではないかというくらい綺麗に消えていた。
今日で最初のため息をついた。
