翌日も朝から天気は雨だった。僕ではなかったら朝、目覚まし時計の音で目が覚めて外がどんより薄暗い雨模様だったら気分も下がるのかもしれない。
傘をさして大して行きたくもない学校に行くのは確かに苦痛だ。
でも、僕は雨の日が好きで朝にしては暗い自室を眺め、目をこすって窓を見た時に雨が降っていると、何故だかとても落ち着いた気持ちになる。
雨の日の憂鬱とはよく言うけど、僕はそれが根本的に真逆なのだ。
身支度を整えて、玄関までついてきた母に挨拶をする。
「行ってきます」
母は穏やかに微笑んで「ええ」と言って手に持っているお弁当を差し出す。
「ありがとう、忘れるところだったよ」
お弁当を受け取りバッグに入れると傘を差して家を出た。
高校行きのバスに乗るためにバス停までの街道を歩く、雨は昨日と同じくらいの強さで湿り気のある空気の匂いと一定の雨音が僕の心を丁度いい具合に調整してくれる。
バス停が見えてくると、見知った顔の男子生徒がこちらに気づき手を振っていた。
短い髪に僕と同じくらいの背丈の男子生徒は目を細めてこちらに笑みを浮かべている。
「やあやあ、優は元気そうだねー僕は朝から雨降りで参っていたところさ」
「参っているよには見えないけどね」
「ああ、そうだね正直なところ参ってない、僕はいつだってそうさ。でもたまに参ってるふりをしておくのも面白いだろ?」
「下手くそな演技だけどね、僕なんかに見抜かれるって」
陽気が全身から溢れ出ているようなこの小柳明人に精神的に参ってるふりなんて出来っこない。
明人は「はは」と笑って僕の肩をポンと叩いて言った。
「そこは大目に見て欲しいね」
「ところで明人がバス通なんて何かあったのか?」
明人はいつも親に送り迎えをしてもらうか、自転車で通学することが多い。
「それは、なんだか優が面白い話の種を持っている予感がしたからさ、どうだい?」
「それは・・・・事実なんだが」
僕がそう返すと丁度バスが道路の雨水をかき分けながら、ブレーキとエンジン音を鳴らし到着した。
「続きはバスの中で聞こうか」
僕らは後ろから二番目の空いている席に並んで腰を下ろす。
周りの乗客はほとんどが僕たちと同じ高校の制服を着た学生達で、眠そうな顔をしながらスマホをスクロールする者もいれば、隣同士の友達と仲良く談笑している生徒もいる。
そんな周囲をぼんやりと眺めている中、バスが走り出す。
「それじゃあ、話を聞かせてもらおうか優」
隣の明人が好奇心を宿し、目を輝かせてこちらに視線を送ってくる。
ずっとおやつをじらされた子供みたいだ。
僕は話す前に息を吸って吐き肩の力を軽く抜いた。
「そうだな、昨日ノルワードに行ったんだ」
「ああ、優行きつけの喫茶店だね、それで?」
そこから、僕は昨日会ったことの顛末を一通り話した。
明人は相槌をうちながら聞いていて、話が終盤に差し掛かるにつれてにやにやとし始めた。
「──と、言うわけだ」
「ふはは、いやーそれを完全に偶然の出会いだと勘違いしているのは優だけだね」
偶然の出会いじゃない・・・・それは一体。
「優のことは実里先輩にもたまに話していた、ノルワードによく行くこともね」
「それで、先輩はそれらしき人物に声を掛けたと?」
明人は「そうそう」と頷き、続けた。
「ノルワードに行く学生は結構限られてるんだ、あとは勘だろうねー。だから半分は偶然かな」
バスは丘を登り始めた、高校はこの丘の頂上にある。
雨は止み、太陽が曇り空をかき分けて顔を出し街を照らして遠くには虹も出ていた。
それは新しい学校生活が始まる合図のように僕には感じられた。
「それにしても、柊高校の三大変人がようやく集まったねー」
「僕を勝手にそんなカテゴリーに入れないで欲しいけどね」
「まあ、映像研は自由をモットーに活動してるからね、僕や優にとって都合が良いのは先輩の言う通りだよ。気に入られてるみたいだしね」
「ふむ・・・・」
明人は最後に「でも」と前置きして少しおかしそうに言った。
「ハイカカオのケーキでつられるとは、してやられたね。まあ先輩らしい用意周到さだ」
柊高校前のバス停で降り、明人は用があるからと言って先に校舎の方へ駆け出して行った。
六月、校内の木々は緑色の葉を付けていて雨上がりで濡れた葉の先からぽたぽたと雫が落ちる。
曇り空は完全に晴れた青空に変わり、所々にある水溜まりが空の青を反射していた。
僕は雨模様も好きだけど雨上がりの瞬間というのも悪くないと思っている。
昇降口への道をゆっくりと歩き、一つ二つとため息のようなものを吐く。
「おや、昨日ぶりだね」
後ろから声がした。一瞬、僕以外の誰かに向けたものだと勘違いしたけど、実里先輩が「おーい」と言って横からひょいっと顔をこちらに出したのを見て僕に向けたものだと理解した。
「ああ、すみませんぼんやりしてて」
「ふうん、まあいいよ。それに君は四十ぼんやりしてそうだ」
「昨日はしっかり者だと言っていたのにですか?」
「そうだね、基本はぼんやりしてるんだけど、しっかりする時はするみたいな」
明人は彼女が用意周到だと言っていたけど、こういう言い回しを聞くとその場その場で言うことを変えるタイプにも思える。
それとも一度で皆まで言わないタイプなのか、真相は定かではない。
「雨上がりの光景がそんなに好きなのかな?」
「先輩、昨日は興味なさげな雰囲気だったのに今日は積極的ですね」
ふふっと彼女は微笑んで「それはね」と言って続けた。
「仮部員に親しく接することで部への好感度を上げたいからかもしれない」
「・・・・本当ですか?」
「冗談だ、私は君に個人的に興味があるだけだよ。素っ気なかったのは初対面だったからだ、誰だってそうだろうお互い様だよ」
返す言葉もなかったので僕はとりあえず黙ってうなずく。
そんなやり取りをしながら歩いているうちに昇降口に着いてしまった。
彼女は自分の下駄箱に行く前にこちらを向いて言った。
「君の趣向については、放課後の部活で聞こうかな。もちろん来るんだろうね?」
「行くつもりですよ、これといった用事もないので」
今日はこのままずっと晴れていそうだし、ノルワードに行くのは曇りか雨の日と僕の中で明確に決めている。
夕飯の買い出しもそこまで早くしないといけないことではない。
そうなると必然的に放課後、部活を休む理由は特にないのだ。強いて言えば少し面倒なくらいだ。
「まあ、気楽に来てもらって構わない大したことなんて本当にしないんだから」
それに関してもいくつか疑問がある。なぜそんな活動が許されているのか、そんな天国のような部活なのに部員が二人しか居ないのかなどだ。
ただここでそれを聞いている時間の余裕はないし、あくまで僕は仮入部の部員であってそこまで聞く権利があるのかも怪しい。
「分かりましたよ」
僕は疑問を全て飲み込んでそう一言だけ返して自分の下駄箱に向かった。
──教室に到着したのはホームルームギリギリの時間だった。
大半の生徒は席に着いていて、僕が後ろのドアを開けて窓際の自分の席に行く時に向けられた数人の視線が少し痛かった。
僕が席に着くのと同時に、教室の前のドアが開き、若い男性教師が入ってきて朝のホームルームと一日の授業が始まった。
傘をさして大して行きたくもない学校に行くのは確かに苦痛だ。
でも、僕は雨の日が好きで朝にしては暗い自室を眺め、目をこすって窓を見た時に雨が降っていると、何故だかとても落ち着いた気持ちになる。
雨の日の憂鬱とはよく言うけど、僕はそれが根本的に真逆なのだ。
身支度を整えて、玄関までついてきた母に挨拶をする。
「行ってきます」
母は穏やかに微笑んで「ええ」と言って手に持っているお弁当を差し出す。
「ありがとう、忘れるところだったよ」
お弁当を受け取りバッグに入れると傘を差して家を出た。
高校行きのバスに乗るためにバス停までの街道を歩く、雨は昨日と同じくらいの強さで湿り気のある空気の匂いと一定の雨音が僕の心を丁度いい具合に調整してくれる。
バス停が見えてくると、見知った顔の男子生徒がこちらに気づき手を振っていた。
短い髪に僕と同じくらいの背丈の男子生徒は目を細めてこちらに笑みを浮かべている。
「やあやあ、優は元気そうだねー僕は朝から雨降りで参っていたところさ」
「参っているよには見えないけどね」
「ああ、そうだね正直なところ参ってない、僕はいつだってそうさ。でもたまに参ってるふりをしておくのも面白いだろ?」
「下手くそな演技だけどね、僕なんかに見抜かれるって」
陽気が全身から溢れ出ているようなこの小柳明人に精神的に参ってるふりなんて出来っこない。
明人は「はは」と笑って僕の肩をポンと叩いて言った。
「そこは大目に見て欲しいね」
「ところで明人がバス通なんて何かあったのか?」
明人はいつも親に送り迎えをしてもらうか、自転車で通学することが多い。
「それは、なんだか優が面白い話の種を持っている予感がしたからさ、どうだい?」
「それは・・・・事実なんだが」
僕がそう返すと丁度バスが道路の雨水をかき分けながら、ブレーキとエンジン音を鳴らし到着した。
「続きはバスの中で聞こうか」
僕らは後ろから二番目の空いている席に並んで腰を下ろす。
周りの乗客はほとんどが僕たちと同じ高校の制服を着た学生達で、眠そうな顔をしながらスマホをスクロールする者もいれば、隣同士の友達と仲良く談笑している生徒もいる。
そんな周囲をぼんやりと眺めている中、バスが走り出す。
「それじゃあ、話を聞かせてもらおうか優」
隣の明人が好奇心を宿し、目を輝かせてこちらに視線を送ってくる。
ずっとおやつをじらされた子供みたいだ。
僕は話す前に息を吸って吐き肩の力を軽く抜いた。
「そうだな、昨日ノルワードに行ったんだ」
「ああ、優行きつけの喫茶店だね、それで?」
そこから、僕は昨日会ったことの顛末を一通り話した。
明人は相槌をうちながら聞いていて、話が終盤に差し掛かるにつれてにやにやとし始めた。
「──と、言うわけだ」
「ふはは、いやーそれを完全に偶然の出会いだと勘違いしているのは優だけだね」
偶然の出会いじゃない・・・・それは一体。
「優のことは実里先輩にもたまに話していた、ノルワードによく行くこともね」
「それで、先輩はそれらしき人物に声を掛けたと?」
明人は「そうそう」と頷き、続けた。
「ノルワードに行く学生は結構限られてるんだ、あとは勘だろうねー。だから半分は偶然かな」
バスは丘を登り始めた、高校はこの丘の頂上にある。
雨は止み、太陽が曇り空をかき分けて顔を出し街を照らして遠くには虹も出ていた。
それは新しい学校生活が始まる合図のように僕には感じられた。
「それにしても、柊高校の三大変人がようやく集まったねー」
「僕を勝手にそんなカテゴリーに入れないで欲しいけどね」
「まあ、映像研は自由をモットーに活動してるからね、僕や優にとって都合が良いのは先輩の言う通りだよ。気に入られてるみたいだしね」
「ふむ・・・・」
明人は最後に「でも」と前置きして少しおかしそうに言った。
「ハイカカオのケーキでつられるとは、してやられたね。まあ先輩らしい用意周到さだ」
柊高校前のバス停で降り、明人は用があるからと言って先に校舎の方へ駆け出して行った。
六月、校内の木々は緑色の葉を付けていて雨上がりで濡れた葉の先からぽたぽたと雫が落ちる。
曇り空は完全に晴れた青空に変わり、所々にある水溜まりが空の青を反射していた。
僕は雨模様も好きだけど雨上がりの瞬間というのも悪くないと思っている。
昇降口への道をゆっくりと歩き、一つ二つとため息のようなものを吐く。
「おや、昨日ぶりだね」
後ろから声がした。一瞬、僕以外の誰かに向けたものだと勘違いしたけど、実里先輩が「おーい」と言って横からひょいっと顔をこちらに出したのを見て僕に向けたものだと理解した。
「ああ、すみませんぼんやりしてて」
「ふうん、まあいいよ。それに君は四十ぼんやりしてそうだ」
「昨日はしっかり者だと言っていたのにですか?」
「そうだね、基本はぼんやりしてるんだけど、しっかりする時はするみたいな」
明人は彼女が用意周到だと言っていたけど、こういう言い回しを聞くとその場その場で言うことを変えるタイプにも思える。
それとも一度で皆まで言わないタイプなのか、真相は定かではない。
「雨上がりの光景がそんなに好きなのかな?」
「先輩、昨日は興味なさげな雰囲気だったのに今日は積極的ですね」
ふふっと彼女は微笑んで「それはね」と言って続けた。
「仮部員に親しく接することで部への好感度を上げたいからかもしれない」
「・・・・本当ですか?」
「冗談だ、私は君に個人的に興味があるだけだよ。素っ気なかったのは初対面だったからだ、誰だってそうだろうお互い様だよ」
返す言葉もなかったので僕はとりあえず黙ってうなずく。
そんなやり取りをしながら歩いているうちに昇降口に着いてしまった。
彼女は自分の下駄箱に行く前にこちらを向いて言った。
「君の趣向については、放課後の部活で聞こうかな。もちろん来るんだろうね?」
「行くつもりですよ、これといった用事もないので」
今日はこのままずっと晴れていそうだし、ノルワードに行くのは曇りか雨の日と僕の中で明確に決めている。
夕飯の買い出しもそこまで早くしないといけないことではない。
そうなると必然的に放課後、部活を休む理由は特にないのだ。強いて言えば少し面倒なくらいだ。
「まあ、気楽に来てもらって構わない大したことなんて本当にしないんだから」
それに関してもいくつか疑問がある。なぜそんな活動が許されているのか、そんな天国のような部活なのに部員が二人しか居ないのかなどだ。
ただここでそれを聞いている時間の余裕はないし、あくまで僕は仮入部の部員であってそこまで聞く権利があるのかも怪しい。
「分かりましたよ」
僕は疑問を全て飲み込んでそう一言だけ返して自分の下駄箱に向かった。
──教室に到着したのはホームルームギリギリの時間だった。
大半の生徒は席に着いていて、僕が後ろのドアを開けて窓際の自分の席に行く時に向けられた数人の視線が少し痛かった。
僕が席に着くのと同時に、教室の前のドアが開き、若い男性教師が入ってきて朝のホームルームと一日の授業が始まった。
