2025-08-27
『罪と罰』

とある老人ホームへ行ったとき
40代の男性と60代の女性が
微笑ましく話しているのを見て。

何を話しているのだろうと気になり
少し近くへ寄って話を聞いてみると。

女性は「あんた誰ね、でも男前やね」と。
男性は「誰でしょうね、男前でしょ」と。

きっとこの女性は男性の母親で
認知症を患っているのだろうか。

忘れ去られたとしても
愛された日々は薄れず。

幼い頃、母親から受けた愛を漸く(ようや)
大人になって返しているみたいで
愛は循環するものなのだと思った。

「この人は覚えているかな?」と男性。
「うーん。誰だったかしらね」と女性。

1枚の写真が男性から女性へ渡される。

まじまじと写真を見つめる女性はただ一言
「左側に写っている子は知っているよ」と。

男性は気まずさを隠せそうもなく
「右側の人は知ってる?」と聞く。

「うーん、うーん」と考えていたが
「左側の子しか覚えてない」と女性。

急に後ずさりをした男性が
私とぶつかりそうになった。

けれど男性は私の体をすり抜け
まるで私がいないみたいになる。

「あ、」と言って女性が写真を落とした。
写真には幼い頃の私と父親が写っている。

男性は落ちた写真を拾ってもう一度
女性に「覚えてないの?」と聞いた。

「もう写真を見せないでほしい」
「あの子の顔が今も思い浮かぶ」

父親の不倫が原因となって
母親をずっと苦しめていた。

母親が妊娠をしたと同時期に
父親は母親を置いて逃げ去り。

それで生まれたのが弟だった。

父親についていった私も
今思えば相当馬鹿だった。

ご飯も与えてもらえず
私はそのまま餓死した。

それから母親のことが気になり
毎日のようにずっと眺めていた

弟を見つめる母親の視線には
いつも愛があるように見えた。

私が成仏できていない理由はきっと
母親のことを裏切ってしまったから。

だから弟には裏切ってほしくないと思い
今日、老人ホームを訪れることになった。

弟はまだ写真を見せ続けている。
もう見せなくてもいいのに、だ。

母親は困り果てた顔をして
「もう帰ってください」と
弟を突き返す形になったが。

そのときの、母親の視線は弟ではなく
私のほうを向いているのだと気付いた。

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