言の葉の空

2025-08-29
『音信不通』

ある日突然、彼女が音信不通になった。
幾ら電話をかけようとも出てくれない。

出会いは雨の日の書店だった。
傘を持っていない僕に対して。

「傘、使ってください」と言ってくれた。
「でも、あなたが濡れますよ」と言うと。

「家が近いので走ります」と言い捨て
僕に背を向けて走り出していったから。

渡された傘で雨をしのぎながら
自分も家の方向へ歩みを進めた。

それから借りた傘を返そうと思い
何度も書店を訪れていたけれども
その女性が現れることはなかった。

傘を借りた1ヶ月後の雨の日
その女性が書店に佇んでいた。

雨の日にしかそこにいない女性に
僕はどこか心惹かれる部分があり
「お久しぶりです」と話しかけた。

覚えていないような表情をしていたけれども
借りた傘を見せると「あ」と思い出していた。

「あのときはありがとうございます」と言い
「この傘にあの日、救われました」と返した。

「救えたのなら幸いだよ」と言われ
「よくここに来るの?」と聞かれた。

「そうですね、本が好きですから」と答えた。
「よく来るんですか?」とこちらからも聞く。

よく来ていないことを知っているというのに。

「あまり来ないかな」と言い、
「雨の日は来るよ」と続けた。

それからというもの
色んな話題を話した。

どういう性格をしているのか
どういう仕事をしているのか
どういう書籍を好んでいるか
どういう人を好きになるのか。

相性が良かったのだろうか、心地よいと感じる。
最終的に「書店で立ち話は良くないね」となり
女性が「うちでもっと語り合おうよ」と言った。

その流れで女性の住んでいるマンションへと行き
初めて女性の住んでいる部屋というものを知った。

5階の角部屋に住んでおり
防犯面もしっかりしていた。

ここに来るまでにコンビニで
飲み物や食べ物は買ったから
そのまま座り込み語り合った。

僕は素直に今、思っていることを言った。

1ヶ月もの間、女性を探していたことも。
1ヵ月もの間、思いが募っていたことも。

そして思いが溢れるかのように
「付き合いたいです」と言った。

女性は半ば呆れた様子だったけれど
「付き合ってみようかな」と言った。

連絡先を交換して、何気ないスタンプを送った。
「何このスタンプ」と笑う彼女が愛おしかった。

。。。

告白をしたあの日から3日後。

付き合えたわけだしデートにも行きたい。
そう思って連絡をするけれども返信なし。

雨の日になればまた、書店に現れると思い
雨の日をまだかまだかと待つ日々が続いた。

そしてようやく、雨が降り注ぐ日となり
僕はワクワクしながら書店に向かったが
彼女が書店に佇んでいないことを確認し
傘も捨ててマンションに走って向かった。

どうして連絡を返してくれないんだよ
どうして書店にも来てくれないんだよ。

マンションに入るためには鍵が必要だった。
僕は入れなくてずっと玄関で待っていると。

大家さんらしき人が現れ
「どうした」と聞かれた。

「5階に住んでいる彼女の部屋に行きたいんです」と言うと
大家さんは驚いた表情をして、言いにくそうな表情になった。

僕が「どうしたんですか」と聞くと大家さんは
「実はな、5階には誰も住んでいないんだ」と。

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