三日目。
子犬騒動はこれで終わりではなかった。
翌日、真二郎が三匹目を連れて帰ってきたのだ。三匹目の額は、模様はわかるが白いので、白丸に決まっていた。
「ねぇ、真二郎」
璃斗のスマートフォンで写真を撮ろうとしている真二郎に、璃斗は硬い口調で語りかける。真二郎は完全にスルー状態で、白丸に夢中だ。
「三匹はさすがに飼えないよ。飼い主が見つからなかったら里親探しやシェルターに連絡するからね」
「えーーー」
「二匹までだ」
「白丸だけ飼っちゃダメっておかしいよ! 一匹だけ兄弟から引き離すなんて可哀相じゃないか」
「じゃあ、一匹だけにするか、三匹全部里子に出すか、どっちかだ」
「ヤだよ!」
「うちはお弁当屋で、商売をしてる。二匹までなら面倒見てあげられるけど、三匹は絶対に無理だよ。真二郎は学校があるから昼間は家にいない。変に無理するのは、犬にとってもマイナスだ。自分の置かれている状況をきちんと理解しないとダメだ。気持ちだけで生き物は飼えないんだよ。その子を不幸にしてしまうからね」
「…………」
真二郎の頬がぷっと膨らんでいる。
「それに犬はけっこうお金がかかるんだ。狂犬病の注射とか、健康診断とか」
「…………」
「一匹を選べないなら、三匹全部里子に出す、これは僕としても譲れない。いいね」
璃斗の念押しに真二郎はぷいっと顔を背け、璃斗のスマートフォンを置いてパソコンに向かう。手慣れた感じで操作している。
璃斗は、はあ、と小さく吐息をついた。
(犬を飼うのは賛成なんだよ。真二郎が明るくなって、うまく交流できたら嬉しい。だけど、さすがに三匹は無理だ。いやいや、本音としては一匹だけにしてほしい)
当時六歳だった血のつながりのない幼い弟は、璃斗の父を受け入れられないようだった。だから璃斗のことも露骨に避けていた。
ぎこちない家族の状態はたった二年で壊れた。両親が事故に巻きこまれて亡くなったのだ。
二十歳だった璃斗は大学を辞めて父の弁当屋を継いだ。それは金の問題ではなく、真二郎を育てるためには、終日家にいたほうがいいと考えてのことだった。
自宅兼店舗である弁当屋を継げば、いつでも真二郎のために動くことができる。だが、それが真二郎の不興を買った。自分のために兄が学校をやめたことが気に入らなかったのだ。もちろん、それは自分が璃斗の負担になっているという負い目からであるのだが。
そんな真二郎が「にいちゃん」と呼んでくれるのだから、できるだけのことはしたいと思う。思うのだが。
(生き物だから、理想や願望では動けない)
璃斗としてもゼロが一匹か、そこは譲れないラインである。
「なぁ、真二郎。黒丸と白丸も神社で拾ったの?」
「うん。みんな茂みの中から出てきたんだ。あそこ、無人だろ? 餌にありつけないだろうから、きっと腹、すかせてるんだよ。もってたパンをあげたら、ものすっごい勢いで食ったから」
「……そのパンって」
「給食」
そうなのだ。真二郎はパンが好きではない。米派だった。弁当屋として米にはこだわっているから、ご飯をおいしいと思ってくれるのは嬉しいが、子どもなのだから好き嫌いをせず、なんでも食べてほしいと思う璃斗である。
「他にもいないか気になって通ったら、昨日も今日も出てきたんだ。で、パンをやったらがっついてさ」
「そっか」
「できた。行ってくる」
「うん。気をつけてね」
「わかってる」
USBメモリと財布を握りしめて部屋を飛び出していく。真二郎の背中を見送り、璃斗も総菜作りのために調理場に向かった。
子犬騒動はこれで終わりではなかった。
翌日、真二郎が三匹目を連れて帰ってきたのだ。三匹目の額は、模様はわかるが白いので、白丸に決まっていた。
「ねぇ、真二郎」
璃斗のスマートフォンで写真を撮ろうとしている真二郎に、璃斗は硬い口調で語りかける。真二郎は完全にスルー状態で、白丸に夢中だ。
「三匹はさすがに飼えないよ。飼い主が見つからなかったら里親探しやシェルターに連絡するからね」
「えーーー」
「二匹までだ」
「白丸だけ飼っちゃダメっておかしいよ! 一匹だけ兄弟から引き離すなんて可哀相じゃないか」
「じゃあ、一匹だけにするか、三匹全部里子に出すか、どっちかだ」
「ヤだよ!」
「うちはお弁当屋で、商売をしてる。二匹までなら面倒見てあげられるけど、三匹は絶対に無理だよ。真二郎は学校があるから昼間は家にいない。変に無理するのは、犬にとってもマイナスだ。自分の置かれている状況をきちんと理解しないとダメだ。気持ちだけで生き物は飼えないんだよ。その子を不幸にしてしまうからね」
「…………」
真二郎の頬がぷっと膨らんでいる。
「それに犬はけっこうお金がかかるんだ。狂犬病の注射とか、健康診断とか」
「…………」
「一匹を選べないなら、三匹全部里子に出す、これは僕としても譲れない。いいね」
璃斗の念押しに真二郎はぷいっと顔を背け、璃斗のスマートフォンを置いてパソコンに向かう。手慣れた感じで操作している。
璃斗は、はあ、と小さく吐息をついた。
(犬を飼うのは賛成なんだよ。真二郎が明るくなって、うまく交流できたら嬉しい。だけど、さすがに三匹は無理だ。いやいや、本音としては一匹だけにしてほしい)
当時六歳だった血のつながりのない幼い弟は、璃斗の父を受け入れられないようだった。だから璃斗のことも露骨に避けていた。
ぎこちない家族の状態はたった二年で壊れた。両親が事故に巻きこまれて亡くなったのだ。
二十歳だった璃斗は大学を辞めて父の弁当屋を継いだ。それは金の問題ではなく、真二郎を育てるためには、終日家にいたほうがいいと考えてのことだった。
自宅兼店舗である弁当屋を継げば、いつでも真二郎のために動くことができる。だが、それが真二郎の不興を買った。自分のために兄が学校をやめたことが気に入らなかったのだ。もちろん、それは自分が璃斗の負担になっているという負い目からであるのだが。
そんな真二郎が「にいちゃん」と呼んでくれるのだから、できるだけのことはしたいと思う。思うのだが。
(生き物だから、理想や願望では動けない)
璃斗としてもゼロが一匹か、そこは譲れないラインである。
「なぁ、真二郎。黒丸と白丸も神社で拾ったの?」
「うん。みんな茂みの中から出てきたんだ。あそこ、無人だろ? 餌にありつけないだろうから、きっと腹、すかせてるんだよ。もってたパンをあげたら、ものすっごい勢いで食ったから」
「……そのパンって」
「給食」
そうなのだ。真二郎はパンが好きではない。米派だった。弁当屋として米にはこだわっているから、ご飯をおいしいと思ってくれるのは嬉しいが、子どもなのだから好き嫌いをせず、なんでも食べてほしいと思う璃斗である。
「他にもいないか気になって通ったら、昨日も今日も出てきたんだ。で、パンをやったらがっついてさ」
「そっか」
「できた。行ってくる」
「うん。気をつけてね」
「わかってる」
USBメモリと財布を握りしめて部屋を飛び出していく。真二郎の背中を見送り、璃斗も総菜作りのために調理場に向かった。



