「さわんないで!」
「ごめんよ」
「…………」
璃斗が叩かれた手をさすっている。それを見て、南風のテンションが少し下がった。頭に生えている三角の耳の先がへちゃっとなっている。
「痛かった?」
「ちょっぴりね。でも大丈夫だよ」
にっこり優しく微笑む璃斗をじっと見つめる南風の顔がへにょっとなり、口が大きくへの字に曲がる。そしてまた涙がこぼれ始める。
「たたいて、ごめん、なさい」
「いいよ。大丈夫だよ、これくらい。南風は優しいね。それにとってもかわいいよ」
「…………」
「ホントだって。ほかの子たちも、反射的に言い返してしまったようだけど、本心じゃないよ。南風も本気でみんなに言ったわけじゃない。みんな、わかってるよ」
「…………」
ボロボロボロと涙が落ちる。そんな南風に璃斗は、うんうん、とうなずき、彼女の背中に手を回して優しくなでた。すると南風はのそのそと四つん這いの姿で前進し、璃斗の腹部に座り込んでしまった。服の裾をぎゅっと握っている。
「じゃあ、みんなでおはぎを食べよう。僕、豊湧さんを呼んでくるよ」
「ここで呼べばいいよ」「僕らが呼ぶよ」「すぐに来てくださるよ」
と一斉に返事が起こる。
「豊湧様を呼ぶぞ」と東風。すると三人が一斉に「よし」と同意し、煙とともに狛犬の姿になった。そして――
「わうぅーーーーーーーーーーーん!」
と、遠吠えを始めた。
「わうぅーーーーーーーーーーーん!」
声を合わせた四匹の遠吠えが響き渡る。驚いて目を丸くしている璃斗と真二郎。
間もなく小さな足音がして、障子が開いた。
「呼んだか? 狛犬たち」
と、本当に豊湧が現れた。
「あん!」
「あんあん!」
「あんあんあん!」
「あんあんあんあん!」
四匹が吠え、そして煙を伴って子どもの姿になる。
「真二郎がおはぎを用意してくれたの」
と言ったのは、璃斗の足の上に座って、腹元に収まっている南風だ。あれだけ泣いて騒いだのに、すっかりいつも通りの様子も戻っている。
「おはぎ?」
「真二郎が買ってきたんです。ここの和菓子はおいしいですよ。お茶をいれるので、豊湧さんも、ぜひ」
「そうか。では、いただこうか」
璃斗の横に腰を下ろす豊湧はいつもながらに優雅で美麗だ。
「真二郎、どうかしたか?」
真二郎はうっすら笑っていることに気づいた豊湧が問いかけた。真二郎ははっとしたほうに肩を跳ねさせ、激しくかぶりを振った。
「なにもないよ」
「なにもないなら、どうして笑っている?」
「笑ってないよ! 豊湧さん、ヘンなこと言わないでよ」
二人を横目に見ながら璃斗が湯呑みに茶を入れる。それから、おはぎの載った皿に和菓子用の楊枝である黒文字を置き、お茶とセットで座卓についている七人の前にスライドさせた。
しかしながら、四人の狛犬たちと真二郎は黒文字を使わず、手でつかんで元気いっぱいかぶりついた。
「うまーーい!」「おーーいしーー!」「うまうまーー」「これイケるっ」
狛犬たちが口々に叫んでいる。頬や唇にあんこをつけている者もいれば、なぜか額についている者もいる。
一方、おはぎを買ってきた真二郎は狛犬たちが喜んでいる姿に大満足のようだ。さらに視線を璃斗と豊湧に向け、また目を輝かせた。
璃斗と豊湧は並んで座っているだけではなく、今にも肩がつきそうなほど寄り添っている。二人とも黒文字を使っておはぎを一口大に切り、刺して口に運んでは顔を見合わせて笑う。
「真二郎、やっぱりご機嫌だよ。どうかした?」
今度は璃斗が問いかけた。すると真二郎は慌ててかぶりを振りながら、手に持っている半分に減ったおはぎを口の中にいれた。
「真二郎がおはぎを買ってきてくれたの、大ヒットだよ。ありがとう」
璃斗の礼の言葉に、狛犬たちが一斉に叫んだ。
「真二郎、ありがとう、おいしかった!」
満面の笑みの狛犬たち。真二郎が照れくさそう笑う。
そんな様子を璃斗は嬉しくて仕方がない気持ちで見つめていた。
二日が経った。
「にいちゃん、学校行ってくる」
「え! 行きたくないって言ってなかったっけ?」
「大事なことだから、ちゃんと行く。にいちゃん、俺が留守の間、狛犬たちのこと頼んだよ」
「わかったよ。気をつけて。いってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
真二郎はきちんと挨拶をして部屋を出た。和菓子屋に行った時と同じように、鳥居のところにやってくる。大きく息を吸い、踏み出した。
(狛犬たち、嫌だとかしんどいとか言いながらも、一つもさぼらず、一生懸命修行頑張ってた。俺も頑張らないと)
ここに来て、なんだか楽しくて、心が弾む。この世界自体もそうだし、不思議な存在に関わっていることも、可愛い狛犬たちと触れ合っていることも。
そして璃斗が豊湧と過ごす時、嬉しそうにしている姿を見ると、豊湧が璃斗を守ってくれているように思えて、とてつもなく安堵するのだ。
だが、その反面、周囲が務めに勤しんでいるというのに、自分だけがのんべんだらりとしているのはいけないという気持ちが強くなってくるのだ。
(俺は小学生だから、学校に行って勉強しないといけないんだ。これが俺が一番やんなきゃいけないことだ)
そんなことを考えているうちに学校に到着。教室の扉を開けると、クラスメイトたちが一斉に振り返った。
「花巻じゃないか。どうしてたんだよ」
「病気してたのか?」
「入院してたとか?」
「もういいのか?」
あっちからもこっちからも声が飛んでくる。
「……なに?」
と、驚いて返すと、クラスメイトたちは一斉に、
「なにじゃないよ!!」
と叫んだ。その中の一人が慌てて教室を出ていったかと思ったら、担任の島《しま》を連れて戻ってきた。
「花巻君! 今までどうしていたの!? 家に電話をしても出ないし、お店は閉まっていて留守だし、心配したのよ!」
「……よくわからないんだけど」
「よく、って、今週ずっと休んでたじゃないの」
「え……先生こそ、なに言ってるのかぜんぜんわかんない。俺、学校休んでないけど」
「月曜から昨日まで四日間、連絡もなく学校休んで、先生もクラスのみんなも、どれだけ心配したことか」
「ごめんよ」
「…………」
璃斗が叩かれた手をさすっている。それを見て、南風のテンションが少し下がった。頭に生えている三角の耳の先がへちゃっとなっている。
「痛かった?」
「ちょっぴりね。でも大丈夫だよ」
にっこり優しく微笑む璃斗をじっと見つめる南風の顔がへにょっとなり、口が大きくへの字に曲がる。そしてまた涙がこぼれ始める。
「たたいて、ごめん、なさい」
「いいよ。大丈夫だよ、これくらい。南風は優しいね。それにとってもかわいいよ」
「…………」
「ホントだって。ほかの子たちも、反射的に言い返してしまったようだけど、本心じゃないよ。南風も本気でみんなに言ったわけじゃない。みんな、わかってるよ」
「…………」
ボロボロボロと涙が落ちる。そんな南風に璃斗は、うんうん、とうなずき、彼女の背中に手を回して優しくなでた。すると南風はのそのそと四つん這いの姿で前進し、璃斗の腹部に座り込んでしまった。服の裾をぎゅっと握っている。
「じゃあ、みんなでおはぎを食べよう。僕、豊湧さんを呼んでくるよ」
「ここで呼べばいいよ」「僕らが呼ぶよ」「すぐに来てくださるよ」
と一斉に返事が起こる。
「豊湧様を呼ぶぞ」と東風。すると三人が一斉に「よし」と同意し、煙とともに狛犬の姿になった。そして――
「わうぅーーーーーーーーーーーん!」
と、遠吠えを始めた。
「わうぅーーーーーーーーーーーん!」
声を合わせた四匹の遠吠えが響き渡る。驚いて目を丸くしている璃斗と真二郎。
間もなく小さな足音がして、障子が開いた。
「呼んだか? 狛犬たち」
と、本当に豊湧が現れた。
「あん!」
「あんあん!」
「あんあんあん!」
「あんあんあんあん!」
四匹が吠え、そして煙を伴って子どもの姿になる。
「真二郎がおはぎを用意してくれたの」
と言ったのは、璃斗の足の上に座って、腹元に収まっている南風だ。あれだけ泣いて騒いだのに、すっかりいつも通りの様子も戻っている。
「おはぎ?」
「真二郎が買ってきたんです。ここの和菓子はおいしいですよ。お茶をいれるので、豊湧さんも、ぜひ」
「そうか。では、いただこうか」
璃斗の横に腰を下ろす豊湧はいつもながらに優雅で美麗だ。
「真二郎、どうかしたか?」
真二郎はうっすら笑っていることに気づいた豊湧が問いかけた。真二郎ははっとしたほうに肩を跳ねさせ、激しくかぶりを振った。
「なにもないよ」
「なにもないなら、どうして笑っている?」
「笑ってないよ! 豊湧さん、ヘンなこと言わないでよ」
二人を横目に見ながら璃斗が湯呑みに茶を入れる。それから、おはぎの載った皿に和菓子用の楊枝である黒文字を置き、お茶とセットで座卓についている七人の前にスライドさせた。
しかしながら、四人の狛犬たちと真二郎は黒文字を使わず、手でつかんで元気いっぱいかぶりついた。
「うまーーい!」「おーーいしーー!」「うまうまーー」「これイケるっ」
狛犬たちが口々に叫んでいる。頬や唇にあんこをつけている者もいれば、なぜか額についている者もいる。
一方、おはぎを買ってきた真二郎は狛犬たちが喜んでいる姿に大満足のようだ。さらに視線を璃斗と豊湧に向け、また目を輝かせた。
璃斗と豊湧は並んで座っているだけではなく、今にも肩がつきそうなほど寄り添っている。二人とも黒文字を使っておはぎを一口大に切り、刺して口に運んでは顔を見合わせて笑う。
「真二郎、やっぱりご機嫌だよ。どうかした?」
今度は璃斗が問いかけた。すると真二郎は慌ててかぶりを振りながら、手に持っている半分に減ったおはぎを口の中にいれた。
「真二郎がおはぎを買ってきてくれたの、大ヒットだよ。ありがとう」
璃斗の礼の言葉に、狛犬たちが一斉に叫んだ。
「真二郎、ありがとう、おいしかった!」
満面の笑みの狛犬たち。真二郎が照れくさそう笑う。
そんな様子を璃斗は嬉しくて仕方がない気持ちで見つめていた。
二日が経った。
「にいちゃん、学校行ってくる」
「え! 行きたくないって言ってなかったっけ?」
「大事なことだから、ちゃんと行く。にいちゃん、俺が留守の間、狛犬たちのこと頼んだよ」
「わかったよ。気をつけて。いってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
真二郎はきちんと挨拶をして部屋を出た。和菓子屋に行った時と同じように、鳥居のところにやってくる。大きく息を吸い、踏み出した。
(狛犬たち、嫌だとかしんどいとか言いながらも、一つもさぼらず、一生懸命修行頑張ってた。俺も頑張らないと)
ここに来て、なんだか楽しくて、心が弾む。この世界自体もそうだし、不思議な存在に関わっていることも、可愛い狛犬たちと触れ合っていることも。
そして璃斗が豊湧と過ごす時、嬉しそうにしている姿を見ると、豊湧が璃斗を守ってくれているように思えて、とてつもなく安堵するのだ。
だが、その反面、周囲が務めに勤しんでいるというのに、自分だけがのんべんだらりとしているのはいけないという気持ちが強くなってくるのだ。
(俺は小学生だから、学校に行って勉強しないといけないんだ。これが俺が一番やんなきゃいけないことだ)
そんなことを考えているうちに学校に到着。教室の扉を開けると、クラスメイトたちが一斉に振り返った。
「花巻じゃないか。どうしてたんだよ」
「病気してたのか?」
「入院してたとか?」
「もういいのか?」
あっちからもこっちからも声が飛んでくる。
「……なに?」
と、驚いて返すと、クラスメイトたちは一斉に、
「なにじゃないよ!!」
と叫んだ。その中の一人が慌てて教室を出ていったかと思ったら、担任の島《しま》を連れて戻ってきた。
「花巻君! 今までどうしていたの!? 家に電話をしても出ないし、お店は閉まっていて留守だし、心配したのよ!」
「……よくわからないんだけど」
「よく、って、今週ずっと休んでたじゃないの」
「え……先生こそ、なに言ってるのかぜんぜんわかんない。俺、学校休んでないけど」
「月曜から昨日まで四日間、連絡もなく学校休んで、先生もクラスのみんなも、どれだけ心配したことか」



